一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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葉の厚さ

質問者:   教員   しの
登録番号2366   登録日:2010-12-15
大学入試問題をみていたら光合成の問題で「・・陽生植物の葉は陰生植物の葉よりも厚く、これは柵状組織が発達しているためである。・・」という文章がありました。同じ樹の陰葉より陽葉のほうが厚いというのは理解できますがスダジイ、シラカシ、クスノキ、などの照葉樹の陰樹のほうがケヤキ、ヤマサクラ、クヌギなどの夏緑樹の葉より厚く感じるのですが違うのでしょうか?
しの 様

 みんなの広場へのご質問ありがとうございました。種生物学会(編)の「光と水と植物のかたち」(文一総合出版)という本を読んで、自分で回答を作ろうと思ったのですが、とても無理だと悟り、著者の東京大学の寺島一郎先生に回答をお願いしました。本より、ずっと分かりやい回答をお寄せ下さいましたが、やっぱり、この問題は生易しいものではなさそうです。頑張って読んで下さい。




寺島先生のご回答

 多くの高校の教科書には、陽葉の方が陰葉よりも厚いと書いてあります。ご質問にもありますように、同じ樹木のなかで(したがって、もちろん同じ植物種です)、直射日光のあたるところと日陰の部分の葉を比べると、ほぼ間違いなく明るいところにある葉の方が厚いでしょう。そして多くの場合それは柵状組織が厚くなるからです。しかし、柵状組織が厚くなることの「意義」がはっきりしてきたのは、ごく最近のことです。これを先ず説明して、陽葉でも種がことなると厚さが違うのはなぜだかを考えてみましょう。


 光合成を行うのは葉緑体で、その中にカルビン-ベンソン回路の酵素が存在します。その中でCO2を固定する酵素、リブロース1、5-二リン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ(Rubisco)は、大きい割には反応速度が大変遅く、しかも、CO2に対する親和性が悪い酵素です。さらに、この酵素の炭酸固定反応はO2に阻害されます。リブロース1、5-二リン酸のCO2との反応がO2によって阻害された場合には酸素化反応がおこり、1分子のホスホグリセリン酸(炭酸固定の場合の産物は2分子のホスホグリセリン酸)に加えてホスホグリコール酸が生成します。なんと、ホスホグリコール酸はカルビン-ベンソン回路の阻害剤です。植物は光呼吸経路によって、このホスホグリコール酸を代謝・解毒するとともに、もとはといえばエネルギーを使って固定したホスホグリコール酸(炭素2個を含む)の炭素の75%を回収します。しかし、これは非常に多くのエネルギーを使う反応です(ホスホグリコール酸をすててしまうよりは得ですが)。したがって、O2になるべく阻害されないように、しかも、高い速度でRubiscoがCO2固定反応を行えるようにするためには、Rubiscoになるべく高い濃度でCO2を供給するのが有利なはずです。C3植物の葉の断面を見ると、葉緑体の多くは細胞表層の細胞間隙に直接接する部分にきれいに並んでいます。さらに、葉緑体あたりのRubiscoは一定量以下に抑えられているようです。細胞壁に面した葉緑体表面積あたりのRubisco量が多くなりすぎると、葉緑体内のCO2濃度が著しく低下してしまいます。このため、葉緑体は厚くなりすぎてはいけないのです。


 葉が受ける光は、陰葉よりも陽葉で強いのは明らかでしょう。葉面積あたりの光合成速度もそれに応じて高めるとすれば、葉面積あたりのRubiscoも陽葉で多くならなければなりません。したがって、葉緑体が細胞間隙に接する面積も大きくなります。葉緑体はかなりびっしりと細胞表層にへばりついていますので、葉面積あたりの細胞表面積の合計も大きくしなければなりません。細胞の直径が同じであれば、陽葉の方が厚くなる意義は、葉面積あたりの細胞間隙に接する細胞表面積および葉緑体表面積を大きくし、細胞間隙のCO2が溶解しやすく、さらに細胞壁中の水にいったん溶込んだCO2がRubiscoまで拡散するのに有利であることでしょう。ちなみに、葉面積あたりの細胞間隙に接する葉緑体を持つ細胞表面積の総和は、ごく暗いところに生育する植物では5程度、明るいところに生育する植物の陽葉では50程度以上にもなります。光合成がさかんな時期には、その表面積の大部分に葉緑体がへばりついているのです。


 葉面積あたりの細胞表面積を大きくするためには、葉を厚くすることも有効ですが、細胞を小さくすることも有効です。もちろん、葉が早く展開するためには、細胞は大きい方が有利でしょう。一方、小さい細胞をもつ葉の方が、力学的には強く、細胞間隙の気相中のCO2の拡散にも有利です。などなど、どちらにも有利な点、不利な点があり、それは環境によっても違います。したがって、同じ積算細胞表面積をもつ葉でも、厚さは細胞のサイズによって異なることになります。クスノキは細胞がそれほど大きくないので、陽葉もそれほど厚くないですが、シラカシやスダジイは、細胞がかなり大きく、しかも海綿状組織がすかすかで葉緑体表面積の拡大にそれほど貢献していません。これらによって陽葉はかなり厚くなります。一方、ケヤキ、ヤマザクラ、クヌギの細胞は大きくはありませんので、陽葉もそれほど厚くなりません。


 このように、葉の厚さの「生態学的な意義」は、Rubiscoの研究や葉緑体中のCO2濃度の研究からだんだん明らかになってきました。一方、細胞サイズの問題にはすっきりとした説明が与えられていません。さらに、細胞のサイズがどのようにして決まるのか、陽葉では柵状組織がどのような仕組みで厚くなるのか、などの分子メカニズムについては、まだまだ情報が不足しています。今後の課題です。

寺島一郎(東京大学)
JSPPサイエンスアドバイザー
柴岡弘郎
回答日:2011-01-07