一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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カサノリの実験について

質問者:   高校生   ぴーたーぱん
登録番号2424   登録日:2011-04-24
 カサノリの実験について、詳しく知りたいです。
 特にカサを切断する実験です。(M種とC種を混ぜたりせず、一種のカサノリだけで行う実験の方です。)柄の部分だけでカサを再生するようですが、それは何故ですか。
 「カサを除去すると、体内でカサの形成に必要な遺伝情報を転写したmRNAが合成され、柄に送り出される。このmRNAが柄に残っている間は、核がなくてもカサはできる。」と図鑑にはありました。しかし、カサと柄、柄と仮根の切断を同時に行ってしまったら、仮根にある核からmRNAが合成され、柄に送り出すことができないのではないでしょうか。切断には時間差をつけているのですか。また、mRNAは普段から柄に存在するが、カサがある間は何らかのカサからの酵素により、タンパク質合成が抑制されていたが、カサを切断したことにより、抑制する物質がなくなり、タンパク質合成ができ、カサが作られるということも考えましたが、mRNAは寿命が短いので柄に浮遊しているとは考えにくい気がします。
 よろしくお願いいたします。
ぴーたーぱん様

みんなのひろばへのご質問ありがとうございました。頂いたご質問の回答をカサノリの研究を続けてこられた元東京学芸大学教授の石川依久子先生にお願いいたしましたところ、ご自分の実験・観察の結果も含めた以下のご回答をお寄せ下さいました。しっかりと読んで勉強なさるとともに先生のお考えを味わって下さい。


石川先生からのご回答
私の、ホソエガサの実験・観察結果からお答えします。(M種、C種はヘマリングというドイツの研究者が1940年ごろ、地中海産のカサノリ2種で行った実験から引用されています。)私は、日本産のカサノリの一種、ホソエガサを用いて、細胞生物学の研究をしました。接ぎ木の実験は、沖縄産のカサノリとホソエガサで行いました。その結果、ヘマリングさんの論文とほぼ同じ結果を得ましたから、ホソエガサは、教科書に書かれているM種、C種、と細胞生物学上は全く同じ営みをしていると確信しています。,  質問の要点、「カサノリの柄(stoke)だけでも、柄にmRNAが残っていればカサが形成されるか」という点について、理論的には、「全くの間違い」ではありません。しかし、これはカサノリの生活環の、一時期で可能なことです。 核は仮根の中に一つあるだけです。接合子の核は、1μmぐらいですが、どんどん巨大化して、直径100μmぐらいになります。その過程で、核はmRNAとrRNA(リボソームRNA)を大量につくります。一度に両方を転写するのではなく、はじめにmRNAを大量に転写します。mRNAの大量生産は、ランプブラシ染色体という形で行います。大量のmRNAは核孔を通って細胞質に出て、原形質流動によって柄の上部に送られます。mRNA の大量生産が終わると、今度はrRNAを大量生産します。核はどんどん巨大化します。核の巨大化は核小体(nucleoles)の巨大化によるものです。核小体というのは、大量のリボソームを作る場です。リボソームを作る遺伝子が、大量に増幅されて、それがどんどん転写されるので、短期間に大量のリボソーム(正確にはリボソームのサブユニット)がつくられます。これらも核孔を通って細胞質に送り出されます。細胞質内で、完全なリボソームとなり、原形質流動で上に送られますから、柄の先端部は、リボソームでいっぱいになります。先に作られて待機していたmRNAは、リボソームの上でタンパク質の合成をおこないます。したがってカサを作るタンパク質が柄の先端部でいっぱいできます。「大量に・・・」という言葉を繰り返し使いましたが、それは、カサノリが巨大単細胞体だからです。仮根にある一個の核が数十万細胞の営みを一手に引き受けているからです。, 柄の先端部にカサ形成のタンパク質が蓄えられた時期に、仮根を除き、カサを切り取れば、二度目のカサができるでしょう。ただ、柄の先端でカサを切りとる必要があり、柄の中間で切ってしまったらカサはできないでしょう。要は、この時期なら、カサと仮根を両方取り去っても、理論的には、二度目のカサを作るでしょう。でも、一般的には、二度目のカサは仮根の核がないとできないと考えます。, 「理論的には・・・」、というのは、生きものは、かならずしも紙に書いた様にはならないものです。その時の、環境(温度とか光とか細胞体の中のほかの因子など)が大きくかかわります。教科書を暗記して“生命”が解ったように思いこんではいけません。研究すればするほど、“生命”とは深いものです。

石川 依久子(元東京学芸大学教授)
JSPPサイエンスアドバイザー
柴岡 弘郎
回答日:2011-05-10