一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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頂芽優勢の仕組

質問者:   一般   砂川
登録番号2465   登録日:2011-06-18
「頂芽有性」は、植物学と農学では、同じ言葉でも微妙に意味が違っているよ
うに思います。
 植物学:頂芽で生成されるサイトカニンが基部に極性輸送されるときに、頂
     芽の下にある腋芽作用して、成長を促進さすオーキシンの生成を抑
     制している。
 農学 :果実の枝を斜め45度に倒すと、頂芽の成長が抑制され、栄養成長
     から生殖成長に切り替わり、花芽が付きやすくなる。

私は、この間には微妙なギャップが有ると思います。特に

 ・頂芽部分の成長が優先されていて、枝が倒れると頂芽の成長が抑制される
 ・栄養成長から、生殖成長に切り替わる
 (栄養成長しなくなるので養分が余り、生殖成長に切り替わるとも考えら
  れますので、頂芽の成長が抑制される事で説明できるかもしれません。)

点だと思います。この為には、

  ・頂芽部分(樹木の最も高い部分)を見つける仕組み
  ・頂芽の成長を促進さす仕組み

が必要になります。この点について、どこまで解明されているのでしょうか。
砂川さま

大変お待たせして、済みませんでした。頂いたご質問の回答を、名古屋大学農学部の森 仁志先生にお願い致しました所、以下のような詳細なご回答をお寄せ下さいました。森先生は、頂芽優勢の機構について、分子生物学的な研究を展開させ、世界中の教科書を書き換えさせるような新しい発見をなさった先生です。しっかりと勉強して下さい。


森 仁志先生からのご回答
「頂芽有性」は、植物学と農学では、同じ言葉でも微妙に意味が違っているように思います。

植物学:頂芽で生成されるサイトカニンが基部に極性輸送されるときに、頂芽の下にある腋芽に作用して、成長を促進さすオーキシンの生成を抑制している。

まず、この点ですが、正確には
「頂芽で生成されて、基部に極性輸送される(専門用語では「求低的」とか「求基的」といいます)オーキシンが、腋芽の成長を抑制している。」と従来の教科書には記載されています。オーキシンとサイトカイニンが逆になっています。

さて、従来の知見を整理すると

・頂芽で生成されたオーキシンは茎を求低的に極性移動する。但し腋芽には供給されない。
・頂芽切除後、切り口にオーキシンを与えると腋芽は休眠を維持する(頂芽優勢が維持される)。
・頂芽切除後、腋芽にオーキシンを与えても腋芽の成長を抑制することはできない。
・頂芽が存在していても、休眠腋芽にサイトカイニンを与えると腋芽は成長を開始する。(頂芽優勢が維持されない)。

ということです。つまり直接オーキシンが腋芽の成長を抑制しているわけではありません。

これらのことを考慮して私たちが解析した結果、頂芽から流れてきたオーキシンは、茎においてサイトカイニン生成に関わる遺伝子(IPTという遺伝子です)の発現を抑制することが分かりました。逆に頂芽が切除されると、茎へのオーキシンの供給が絶たれるので、IPT遺伝子の発現抑制が解除され、IPTが働きサイトカイニンが生成されます。この生成されたサイトカイニンが腋芽に供給され、腋芽の休眠は打破され成長を開始します。

この頂芽優勢という現象やその仕組み、解釈に、植物学、農学は関係ありません。特に農学という場合には農業上の植物、つまり何かの作物を意識していると思いますが、キュウリもピーマンもシソも同じです。

以下のご指摘の点ですが、農学というよりも温帯落葉果樹の例で、どこまでこの操作(新梢を傾ける)に一般性があるのか、知りませんが、少なくともニホンナシで知られている現象です。

「農学:果実の枝を斜め45度に倒すと、頂芽の成長が抑制され、栄養成長から生殖成長に切り替わり、花芽が付きやすくなる。」

果樹研の伊東さんの研究によれば、新梢を斜めに傾けると頂芽が生成するオーキシン量が減少し、腋芽のサイトカイニン量が増加すると報告されています。そのことによって花芽形成率が上がるようです。しかし、ご存じのように花芽が形成されても次の年の春まで休眠し、花芽にしろ葉芽にしろ成長を続けるわけではありません。また、新梢の成長も既に止まっています。そういう意味からも頂芽優勢という現象とは違うことが分かります。

私は、この間には微妙なギャップが有ると思います。特に

・頂芽部分の成長が優先されていて、枝が倒れると頂芽の成長が抑制される

新梢を傾けるタイミングは伸長停止期ですから、枝を倒したから頂芽の成長が抑制されるわけではありません。

・栄養成長から、生殖成長に切り替わる

(栄養成長しなくなるので養分が余り、生殖成長に切り替わるとも考えられますので、頂芽の成長が抑制される事で説明できるかもしれません。)

リンゴやニホンナシの芽は花の原基と葉の原基の両方を含む混合花芽で、芽の中の鱗片葉が一定以上になると、花への形態的な変化が始めると報告されています。つまり新梢の芽が花芽になるか葉芽にとどまるかは、その芽が休眠期までの間に必要な鱗片数を確保されるかどうかで決まると言われています。おそらく鱗片葉の発達にサイトカイニンが役立っていると推測しますが、明確にされているわけではありません。

さて、傾けることと、頂芽を切除することは違いますが、植物を直立から傾けるあるいは水平にすることによって、腋芽の成長が促進されることはよくあります。これは頂芽優勢が維持されなくなったと考えていいでしょう。典型的な例はアサガオで茎(ツル)を曲げて、頂芽を下に向けると、最も高い位置にある節の腋芽が伸びてきます。この場合は、特に茎のサイトカイニン量が増加しているわけではなく、どのような仕組みで腋芽の休眠が打破されるのか分かっていません。

また、頂芽優勢の維持、つまり腋芽の休眠にはストリゴラクトンという新しい植物ホルモンが関わっていることが最近明らかにされました。まだまだ頂芽優勢には分からないことがたくさんあるようです。

森 仁志(名古屋大学農学部)
JSPPサイエンスアドバイザー
柴岡 弘郎
回答日:2011-07-14
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