質問者:
公務員
karakara
登録番号2473
登録日:2011-07-01
温室で植物を栽培している農家の方から、エアコン等により夜温を下げた場合など、環境をある程度制御する場合、植物の生育に適した温度には、やはり、人と同じように、体感温度というものがあると考えた方がよいのでしょうか。いわゆる生育適温に入るように管理しているのですが、特に、夏場に夜温をエアコンで下げる場合等、人で言う「寝冷え」のような感じで、逆に生育が悪くなるときがあるようです。植物にもあってもおかしくなような感じはあるのですが、何か根拠があるようでしたら、お知らせいただければ、幸いです。よろしくお願いいたします。
みんなのひろば
植物にも体感温度というものもあるのでしょうか
karakara さん:
みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
面白く、また難しいご質問ですね。ヒトはいつもヒトの立場で考えてしまいますが、植物を研究していると植物の立場で考えることになります。反応の仕方は動物ほど「速やか」ではありませんが、植物は環境条件とその変化にとても敏感に反応します。環境からの刺激を「感じて」いるのです。ご質問は植物の温度変化への反応性を広く研究されている岩手大学の上村松生先生に伺い、次のような丁寧な回答をいただきました。
【登録番号2473 への回答】
karakara 様
なかなか難しい問題です。お聞きになりたいことを答えられるかどうかわかりませんが、植物の寒冷気候での生育に興味を持つ研究者として答えてみます。
植物には私たちが持っている神経系のような情報を伝える仕組みは持っていませんが、細胞や組織、器官は、温度を感知する仕組みを持っていると考えられています。まず、季節の違いを考えてみましょう。冬と夏では、(たぶん)、植物は同じ温度でも異なったように感知し、細胞内の代謝活動や遺伝子発現を変えているように思えます。例えば、私たちが夏の20度と冬の20度を違う温度のように感じるのと同じです。まだ、植物に存在する温度そのものを感知する分子は見つかっていませんが、その仕組みの一つは、秋から冬にかけての温度低下を感知して、細胞膜の脂質を作り変え、柔らかい脂質を増やし、低い温度でも細胞膜を柔らかいまま保つことができるようになること、と考えられています。ですから、同じ20度でも、夏に比べて冬の細胞膜は柔らかく、夏ならばもっと高い温度(例えば25度)と同じような細胞膜の柔らかさを保つことができるわけです。この細胞膜の脂質の作り変えには、温度の低下に加えて日長が短くなることも関与しています。従って、植物は光を受け取る感知システムと温度を感じるシステムを組み合わせて、季節変化に応答して、体を作り変えているわけです。
では、karakaraさんがおっしゃるように、昼と夜でほぼ同じ気温におかれても、生育に悪い影響を与えることがあるのでしょうか? これについての明確な回答は持ち合わせていませんが、「あってもいいかな」と私は考えています。例えば、昼夜同じ気温に置かれた植物の体内温度は、本当に昼夜同じと考えて良いのでしょうか?昼間と夜で同じ周囲温度でも、植物体の中の温度が異なっているということは考えられないでしょうか?例えば、非常に大雑把に言うと、葉の表面にある気孔は、昼間は開いていて、夜に閉じます(もちろん、他にも水分、二酸化炭素などの影響で気孔の開閉度は変わりますので、あくまでも一般的な話です)。気孔が開けば、水分は蒸散し、気孔の周囲の温度は低下することが考えられます。また、組織や器官の温度も水分状態が変化することによって影響を受けるかもしれません。そうすると、同じ周辺温度でも植物体内温度は異なり、「至適温度」だと思われる温度でも、実際はその範囲を逸脱していることも考えられます。
あるいは、昼夜継続して至適温度に植物を晒すことによって、植物の代謝活性あるいは様々なストレスに応答するシステムの能力を低下させてしまい、ちょっとした周辺環境の変動について行けない状況を作り出してはいないでしょうか? 同じ温度でも、植物体内の生理的な状況が変わることによって温度に対する感じ方が異なっていることは、夏と冬の例を出して上でお話ししました。それは一日の中でも起こることだと思うのです。最近、私たちの研究室で植物の凍結耐性能力を測定していて、面白いことに気がつきました。通常、実験室の中で秋から冬にかけての気温低下を模倣して植物に凍結に耐える能力をつけるために、一定の低温(4度、あるいは2度といった)で一定期間処理を行う処理をします。しかし、あるとき、植物の低温処理をする人工気象室の温度制御がうまくいかなくなり、一日に何回か温度が上昇してしまうという日が数日続きました。そのような普段とは違った低温処理をされた植物の凍結耐性能力を測定したところ、一定温度で低温処理をしたものよりやや高い値を示したのです。私たちは、この結果に大変驚きました。低温処理の温度は低ければ低いほど植物の凍結耐性能力は大きくなると考えていたからです。しかし、よく考えてみると、気温が上昇した間に細胞の中の代謝活動を活性化し、必要なものを作り出し、またやってくる低温に備えるということをした方が、成長に悪い影響を与えるストレスがやってきた時にも優れた応答をすることができるのです。時々、ストレスを感じる環境に晒してあげた方が、環境が変化しても適応可能で、生長速度が落ちないような植物を作ることができるのかもしれません。これは、私たちヒトでも同じですね。
上村 松生(岩手大学 寒冷バイオフロンティア研究センター)
みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
面白く、また難しいご質問ですね。ヒトはいつもヒトの立場で考えてしまいますが、植物を研究していると植物の立場で考えることになります。反応の仕方は動物ほど「速やか」ではありませんが、植物は環境条件とその変化にとても敏感に反応します。環境からの刺激を「感じて」いるのです。ご質問は植物の温度変化への反応性を広く研究されている岩手大学の上村松生先生に伺い、次のような丁寧な回答をいただきました。
【登録番号2473 への回答】
karakara 様
なかなか難しい問題です。お聞きになりたいことを答えられるかどうかわかりませんが、植物の寒冷気候での生育に興味を持つ研究者として答えてみます。
植物には私たちが持っている神経系のような情報を伝える仕組みは持っていませんが、細胞や組織、器官は、温度を感知する仕組みを持っていると考えられています。まず、季節の違いを考えてみましょう。冬と夏では、(たぶん)、植物は同じ温度でも異なったように感知し、細胞内の代謝活動や遺伝子発現を変えているように思えます。例えば、私たちが夏の20度と冬の20度を違う温度のように感じるのと同じです。まだ、植物に存在する温度そのものを感知する分子は見つかっていませんが、その仕組みの一つは、秋から冬にかけての温度低下を感知して、細胞膜の脂質を作り変え、柔らかい脂質を増やし、低い温度でも細胞膜を柔らかいまま保つことができるようになること、と考えられています。ですから、同じ20度でも、夏に比べて冬の細胞膜は柔らかく、夏ならばもっと高い温度(例えば25度)と同じような細胞膜の柔らかさを保つことができるわけです。この細胞膜の脂質の作り変えには、温度の低下に加えて日長が短くなることも関与しています。従って、植物は光を受け取る感知システムと温度を感じるシステムを組み合わせて、季節変化に応答して、体を作り変えているわけです。
では、karakaraさんがおっしゃるように、昼と夜でほぼ同じ気温におかれても、生育に悪い影響を与えることがあるのでしょうか? これについての明確な回答は持ち合わせていませんが、「あってもいいかな」と私は考えています。例えば、昼夜同じ気温に置かれた植物の体内温度は、本当に昼夜同じと考えて良いのでしょうか?昼間と夜で同じ周囲温度でも、植物体の中の温度が異なっているということは考えられないでしょうか?例えば、非常に大雑把に言うと、葉の表面にある気孔は、昼間は開いていて、夜に閉じます(もちろん、他にも水分、二酸化炭素などの影響で気孔の開閉度は変わりますので、あくまでも一般的な話です)。気孔が開けば、水分は蒸散し、気孔の周囲の温度は低下することが考えられます。また、組織や器官の温度も水分状態が変化することによって影響を受けるかもしれません。そうすると、同じ周辺温度でも植物体内温度は異なり、「至適温度」だと思われる温度でも、実際はその範囲を逸脱していることも考えられます。
あるいは、昼夜継続して至適温度に植物を晒すことによって、植物の代謝活性あるいは様々なストレスに応答するシステムの能力を低下させてしまい、ちょっとした周辺環境の変動について行けない状況を作り出してはいないでしょうか? 同じ温度でも、植物体内の生理的な状況が変わることによって温度に対する感じ方が異なっていることは、夏と冬の例を出して上でお話ししました。それは一日の中でも起こることだと思うのです。最近、私たちの研究室で植物の凍結耐性能力を測定していて、面白いことに気がつきました。通常、実験室の中で秋から冬にかけての気温低下を模倣して植物に凍結に耐える能力をつけるために、一定の低温(4度、あるいは2度といった)で一定期間処理を行う処理をします。しかし、あるとき、植物の低温処理をする人工気象室の温度制御がうまくいかなくなり、一日に何回か温度が上昇してしまうという日が数日続きました。そのような普段とは違った低温処理をされた植物の凍結耐性能力を測定したところ、一定温度で低温処理をしたものよりやや高い値を示したのです。私たちは、この結果に大変驚きました。低温処理の温度は低ければ低いほど植物の凍結耐性能力は大きくなると考えていたからです。しかし、よく考えてみると、気温が上昇した間に細胞の中の代謝活動を活性化し、必要なものを作り出し、またやってくる低温に備えるということをした方が、成長に悪い影響を与えるストレスがやってきた時にも優れた応答をすることができるのです。時々、ストレスを感じる環境に晒してあげた方が、環境が変化しても適応可能で、生長速度が落ちないような植物を作ることができるのかもしれません。これは、私たちヒトでも同じですね。
上村 松生(岩手大学 寒冷バイオフロンティア研究センター)
JSPPサイエンスアドバイザー
今関 英雅
回答日:2011-07-13
今関 英雅
回答日:2011-07-13