一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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塩分の吸収

質問者:   中学生   ももたろう
登録番号2501   登録日:2011-08-15
植物の塩ストレスなどについて調べています。
そこで、NaClの吸収について疑問が湧いたので質問致しました。
「植物は必要とする養分ほど強く吸収する」
(高橋英一.『「根」物語』.研成社.1994年)
といった記述があったのですが、
ならば、なぜ塩を限界濃度以上吸収してしまうのだろうと考えました。
化学的性質の近い元素と一緒に吸収される(ナトリウムNaならカリウムK?)と
解釈できる資料はあったのですが、
塩素Clは微量元素なので、単体の-イオンとしても吸収でき、
だとすればClの過剰症は基本的にみられず、
Naの過剰症のみがみられるように思いました
(Clは根の働きによって吸収量が調節され、
Naは多量元素Kと同じ位―限界濃度以上 吸収される?)
そもそも似た元素を間違えて吸収(イネにおけるケイ素とゲルマニウム等)
しない限り過剰症は起きないのでは、と思いました。

長くなりましたが、
・植物の塩の吸収はNaClとして行うなのか、
 NaとCl別々、または違った状態で吸収されているのか。
・根には養分の選択の働きがあるのに、なぜ過剰症が起きてしまうのか。

教えて頂けると幸いです。
ももたろう さん

当コーナーに質問ありがとうございました。
ご質問には植物のイオン吸収に大変お詳しい京都大学の間藤先生が回答文をご用意下さいましたので、ご参考になさって下さい。先生のご都合もあって回答が多少遅くなりましたがお許し下さい。


【間藤先生からの回答】
まず、わたしが出張していてお返事が遅くなったことをお詫びします。ごめんなさい。

さて、お聞きになりたいのは、「植物の根はイオンの選択吸収能力を持っているはずなのに、なぜ、塩が多い状態では(選択吸収できずに)根からたくさんの塩を吸収してしまうのか?」ということですね? 植物の根の養分吸収のしくみは、まだ全部が理解されていませんが、こういう考え方がありますということをお伝えします。

植物の細胞のpHはだいたい8くらいです。細胞内の代謝反応で水素イオンが生じると細胞のpHが低下します。このため、細胞膜にはATPによって駆動される水素イオンのポンプがあり、このポンプによって水素イオンは細胞の外に放出され、細胞内のpHが低くならないようにしています。

このポンプのことをATP-プロトンポンプとよびます。細胞から水素イオンがひとつ放出されると、同じ電荷をもったカリウムイオンがカリウムイオンチャネルを通って細胞内に取り込まれます。水素イオンは内から外、カリウムイオンは外から内に動きます。 カリウムイオンチャネルはタンパク質から出来たイオンの通り道で細胞膜などに存在し、特異的にカリウムイオンを通します。しかし、ナトリウムイオンやルビジウムイオン(どちらもアルカリ金属)は、カリウムイオンの量の1/100〜1/1000くらいは通ってしまいます。もちろん、カルシウムイオンやマグネシウムイオン(これらは二価のアルカリ土類金属)はほとんど通りません。

一方、根の周り(細胞外)のpHは5くらいです。細胞内のpHは8くらいです。そうなると、外の水素イオン濃度は内の水素イオン濃度の1000倍くらい濃いですから、周りにいる水素イオンのなかには、細胞の中に押し込まれるように侵入するものもあります。水素イオンは陽イオンで、水素イオンが細胞内に侵入すると細胞内の正電荷が増えてしまうので、塩化物イオンひとつをつれて細胞膜を横切ります。つまり、プロトンと塩化物イオンが、まるでイオンペア(イオン対)を作って細胞の中に入るように見えます。このとき塩化物イオンはやはり特異的な塩化物イオンチャネルを通ります。

このように陽イオンも陰イオンもそれぞれに特異的な、タンパク質でできたイオンチャネルを通って膜を通過します。ナトリウムイオンは植物にとっては重要なイオンではないので、ナトリウムイオンに特異的なイオンチャネルは細胞膜にはたくさんありません。しかし、根に周りにナトリウムイオンが高い濃度で存在する場合には、ナトリウムイオンはカリウムイオンと似ているので、カリウムイオンチャネルを通り抜けて細胞内に侵入してしまいます。

現在のところ、陽イオンと陰イオンの細胞膜を横切る仕組みはこのようにそれぞれ独立して生じると考えられていますので、NaClを与えても、NaClとして吸収されるのではなく、それぞれのイオンが独立して細胞内に取り込まれます。このため、NaClの多い培養液で植物を栽培した時、体内のナトリウムイオン濃度と塩化物イオン濃度には1:1の関係は見られず、多くの植物でナトリウムイオンの方が多くなります。では、多いナトリウムイオンと少ない塩化物イオンの濃度差はどうなっているか? というと、植物細胞はリンゴ酸やクエン酸などの有機酸を作り出し、これらのイオンが塩化物イオンの代わりに働いて、ナトリウムイオンとの電荷のバランスをとっています。

① 細胞による陽イオンと陰イオンの吸収は、それぞれ別々のチャネルで、それぞれ別々のエネルギーを用いて起こるので、ナトリウムイオンと塩化物イオンは塩化ナトリウムという塩の型では吸収されない、
② 細胞膜には優れた選択吸収能力がありますが、ナトリウムイオンとカリウムイオンのように似たイオンを完全に区別することはできません。ですから、根の周りにナトリウムイオンが高濃度に存在すると、ナトリウムイオンはカリウムイオンチャネルを通り抜けて細胞内に侵入してしまう、
③ 例えばマングローブのような植物では、イオンチャネルの数がすくなくてイオンの吸収そのものがゆっくりしていて、体内から余分の塩化ナトリウムを排出する仕組みがあって、細胞内では液胞という細胞内小器官にナトリウムイオンを閉じ込める仕組みをもっていたりするので、海水でも生育できるようです。さらに、根の周りにナトリウムイオンが多いと、細胞膜の外側に結合して細胞膜を安定化させているカルシウムイオンをイオン交換反応によって解離させてしまう、同じ陽イオンであるカリウムイオン、マグネシウムイオンやアンモニウムイオンの吸収を妨害する、などの仕組みで障害を起こすようです。

しかし、土壌中のカリウムイオンがすくなくて、作物がカリウム欠乏を起こすようなときには、作物によってはカリウムイオンとよく似たナトリウムイオンを吸収してカリウムイオンの不足を補うことがあることも忘れないでください。

間藤 徹(京都大学大学院農学研究科)
JSPPサイエンスアドバイザー
佐藤公行
回答日:2011-09-08
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