一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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葉はなぜ枝についていられるのか?

質問者:   その他   まさみ
登録番号0253   登録日:2005-05-20
どうしてあの細い枝で何枚もの葉を支えているコトができるんですか?

枝が支えてる・・・というより葉を葉柄が支えているのでしょうか?

あの重たい葉をどうやって支えているのか・・・

理由が知りたいです。教えてください!!
まさみ様
みんなの広場へ質問された件遅くなりましたしたが、以下に回答ができましたのでおくります。

 葉には、薄くてひらひらと風に舞う、そんな軽いイメージがあります。けれども、その重さは決して無視できるほど軽いものではありません。庭木を剪定して、たくさんの葉のついた枝を手に取ってみましょう。そのずっしりとした重さを実感できるはずです。もちろん、サトイモの葉のように大きく、それ1枚で十分重く感じる葉もあります。じつは、植物は光を求めて葉を展開しますが、その重さのために、無制限に枝を伸ばし葉をつけることはできません。つまり、光を受けるという生理的な要請と、植物体を支えるという力学的な要請とが互いに拮抗しながら、植物の形が決まるのです。葉の重さに注目された質問者の非凡さには驚きです。
 力学的な要請としては、葉や枝の自重だけでなく、風を受けて生じる力や雨や雪の付着による重量増加にも耐えられ必要もあります。植物はこれらの要請を満たすよう、葉や茎のデザインに巧みな工夫を凝らしています。
 ものの力学的強度を理解するには2つのポイントがあります。一つは形で、もう一つは材質です。形については、ものの丈夫さは断面の面積や形に支配されるという点が重要です。断面積が大きいほど力学的強度は増しますが、同時に重くなります。断面積を増やさず断面の形を工夫すれば軽くて丈夫な構造がつくれます。たとえば、板に桟(さん)をつけて断面をT字形にするとあまり重量を増さずに板をたわみにくくできます。
 材質的観点から重要なことは、植物体には強度の異なる組織があって、そうした組織の強度は、主に、構成する細胞の細胞壁の厚さと成分に依存しているということです。高等植物の細胞壁の主な成分はセルロースです。セルロースは繊維状の物質なので引っ張りに対しては丈夫ですが、押されると簡単に変形します。厚壁組織という組織は細胞壁が厚く、成分にセルロースの他、リグニンという強固なポリマー物質を含みます。リグニンはセルロースの繊維の間を埋め、コンクリートのようにがっちりと細胞壁を固めます。そのため厚壁組織は引っ張りにも圧縮にも強い、植物体の中でもっとも丈夫な組織です。維管束(水や光合成産物の通り道となる植物体内の構造:たとえば葉の維管束が葉脈)は道管や師管を含む以外に、この厚壁組織も含むので力学的に高い強度をもちます。住宅や家具の素材である木材は、植物が太くなる過程で形成された維管束の組織です。
 厚角組織も厚い細胞壁をもち、やはり植物体を支える上で重要な組織です。しかし、成分にリグニンを含まないために厚壁組織ほど強くはありません。これらに対し、細胞壁が薄くて柔らかい(ふつうの)細胞からなる組織は柔組織と呼ばれ、力学的に軟弱です。ただし、細胞が水を吸ってぱんぱんに膨らめば、膨圧の力で植物体を支えるのに多少は役立つと考えられます。
 以上を念頭においていただいた上で、葉が自らを支えるしくみ、茎が葉を支えるしくみ、樹木が枝を支えるしくみなどについて、順にお話ししましょう。
 葉は、光合成を効率的におこなうとともに自重を軽くするために扁平な形態をとっています。そのままでは重力で下へ垂れた格好になってしまいますが、光を受けるためには葉面が水平あるいは斜めに保たれている必要があります。そこで葉脈が補強の役割を果たしています。葉の裏側は葉脈に沿って出っ張っていることが多く、その部分の葉の断面がT字形になって葉がしなりにくくなっています。この出っ張りには、しばしば厚角組織や厚壁組織が含まれており、力学的に強度があります。また、ススキなど細長い葉をもつ単子葉植物の多くでは、葉が谷型に曲がって断面がV字型になることにより、下に垂れにくくなっています。
 夏の日中など水が不足すると葉がしおれて垂れることがあります。このことから逆に、水分が十分ある状態では、柔組織などの細胞の膨圧が葉の支持に役立っていることがわかります。ただし、ツバキなど常緑で硬い葉をもつ植物では、水分欠乏下でも葉が垂れないことが多く、断面形態や細胞壁の強度だけで葉が支持されているといえます。
 多くの葉では、葉の基部に柄(葉柄)があり、葉身(葉の扁平な部分)に比べ断面の形が縦方向に厚くなることにより、形態上曲がりにくくなっています。組織的にも、葉柄には柔組織が少なく、維管束や厚角組織、厚壁組織という力学的に強固な組織が主になって、葉を支えるようになっています。
 葉柄が茎に付着する部分は、構造上大きな力がかかります。したがって、大きな葉ではしばしば葉柄基部が膨らんだり、茎を取り囲んだりして接続部分が補強されています(ヤツデ、ナンテン)。葉柄を長くして茎から葉身までの距離を大きくすると、葉身が互いに重ならず受光効率は上がりますが、てこの原理により付着部の力学的負担が大きくなるので、やたらと葉柄を長くできないのが普通です。シロイヌナズナというアブラナ科の植物は、地際に広がるロゼット葉には葉柄がありますが、上に伸びた花茎上の葉には葉柄がありません。ロゼット葉の部分は、葉が多数密集しているので受光効率上、葉の重なりがとくに問題になりやすいことと、ロゼット葉のすぐ下には地面があり茎のかわりに葉を支えてくれることが、ロゼット葉に葉柄が発達する理由と考えられるかもしれません。
 つぎに茎が葉や枝を支えるしくみです。わかりやすくするため草本と木本の場合に分けて考えたいと思います。
 草本の場合、茎が1本直立し、それに葉が付着しているのが基本形といえます。このとき、まず注目すべきポイントは、葉の付き方が茎の一方に偏らずにバランスよく付いていることです。茎への葉の付き方を葉序といい、茎の同じ位置(節)に葉が1枚ずつ付いたり、2枚ずつ付いたりなど、いろいろな形式が知られています。しかし、いずれの場合も葉の付き方には、幾何学的対称性があり、葉が出る方向を平均するとその重心はつねに茎の中心付近になります。このことは、茎が葉の重さによって横方向へ倒れる力を受けないことを意味します。茎から枝が側方へ出る場合を考えてみても、枝は葉と同じ方向に生ずるので、多数の枝の重心を平均するとそれは茎の中心に来る傾向があります。
 茎の断面の形は多くの場合円形ですが、ドーナツ型(つまり立体的には中空のパイプ)のこともあります。中心から離れた部分の方が、補強効果が高いので、同じ断面積であっても、円形よりドーナツ型の方が自重を増さずに力学的強度を増すことができます。ただし、パイプがつぶれて断面が扁平になると強度はがくんと低下します。そのためタケなどでは茎のところどころ(節の部分)に隔壁が入ってつぶれにくくなっています。多くの植物の茎の断面は円形ですが、ときに四角や三角のこともあります。断面が四角形の茎はシソの茎などにその例が見られます。断面が円形よりも四角形の方が同じ断面積でも若干力学的強度が高くなるという計算結果があります。このような非円形の断面をもつ茎の多くは、角ばった部分に厚角組織が発達し補強効果を高めています。
 茎が丈夫なのは、葉柄と同じく、維管束組織や厚角組織、厚壁組織など力学的に強固な組織の割合が高いことが原因です。一般に維管束組織は茎の内方、厚角組織は茎の外周近くに位置します(厚壁組織の位置はいろいろ)。厚角組織は茎が曲げられたとき外周部分で破断することを防ぎ、維管束組織や厚壁組織は茎が垂直方向の荷重でつぶれるのを防いでいるといえるでしょう。
 つぎに木本の場合です。木本植物は毎年新たに葉をつくりながら、上へあるいは横へと茎を伸長させてゆきます。同時に茎の皮の下には、形成層と呼ばれる細胞分裂を盛んにおこなう細胞層があって、茎は毎年太くなってゆきます。形成層からつくられた細胞は維管束の細胞に変化し、どんどん大きくなる体を内側から支えます。これが木材です。木材はリグニン化した繊維細胞を含み力学的に強靱、かつ茎の中で占める割合が高いので、木本の茎を支えているのはもっぱらこの木材の組織です。
 木本は草本にくらべ、はるかに複雑で大きく、重い植物体をつくります。荷重が偏ったり特定の部分に集中すれば、強靱な木材といえども荷重を支えきれず破壊されたり木が倒れたりしてしまいます。そこで、たとえば、木の形は全体に対称的でバランスのとれた形になっています。また、木の又(幹の分岐部分)の形は注意深くみるとV字形ではなく、先の開いたU字形になっています。コンピュータで計算すると、なめらかなカーブを描くこの形がもっとも均一に力を分散させ、又の部分に裂け目が入りにくい形であることがわかります。あるいは、幹の上部に枝や葉が集中しているような樹形と、幹全体から枝がでているような樹形を比較すると、風による幹各部への負荷のパターンが異なり、このパターンに対応するようにそれぞれ幹の太さが分布することがわかっています。このように樹木は体の形を最適化することによって荷重をうまく振り分けて体を支えているのです。
 いま、最適化ということばを使いましたが、植物には脳もなく、コンピュータのように実際に力を計算しているはずはありません。植物の形が人工の建造物の形と違うのは、一旦つくられた後も常に変化し続ける点です。木はなんらかの原因で傾いても、梢が逆方向に曲がりながら成長することにより、バランスを回復します。また、傾いたり曲がったりした木の側面には、「あて材」と呼ばれる木材組織が発達し木を補強することが知られています。あて材の存在から、形成層は負荷がかかるとそれを何らかのしくみで検知して、木材組織の量を調節する能力があると推定されます。太さ不足で荷重が過大になった部分では木材組織をたくさんつくり、負荷が緩和されると木材組織をつくる率が低下する、といったフィードバック機構がはたらくことによって、結果的に木の形が力学的に最適化されるというしくみが考えられるかもしれません。
 以上、植物の力学特性に係わる話をしてきましたが、この分野はまだまだ研究の不十分な分野です。実験なしで理論だけ、あるいは直感的な想像だけで議論が進められている部分もあり、その意味でこの回答も科学的にあやふやと感じられるかもしれません。最近、植物の力学的側面に関連した分子生物学的な研究がなされはじめています。たとえば、リグニンを合成する酵素の遺伝子を欠損した突然変異体や、厚壁組織の発達が悪い突然変異体のシロイヌナズナでは、茎の力学的強度が低下し直立できなくなることが報告されています。つまりリグニンや厚壁組織が茎を支えるのに必須であることが実証されたといえます。今後、分子生物学、植物形態学、生態学、工学、あるいはコンピュータサイエンスが融合する形で研究が進められる必要があると思います。
 坂口 修一(奈良女子大学理学部生物科学科)
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2009-07-03