質問者:
その他
堀 口 達 朗
登録番号0026
登録日:2004-02-12
73才の素人の質問で恐縮ですが教えて下さい。みんなのひろば
絶滅危惧種の保存戦略に就いて御教示下さい。
近年、レッドペーパーブックにリストアップされる絶滅危惧植物が話題になっており、私が子供の頃に馴染みの深い雑草等も含まれる様です。
絶滅の心配のある植物をその土地にもどすには、他の地域の同種の植物を移植する事はその土地固有の純系種を保存する上では具合が悪い様ですが、他方では環境の変化に順応進化出来る様な能力も大切な様な気が致します。
世界人口が増え続け、地球環境の変化が心配される昨今では、絶滅危惧植物もDNAのバラツキを拡げて種の生き残り戦略を模索する事も必要かと思いますが、植物界の(とき)や(シーラカンス)を出さない為の研究動向、植物種のDNAのバンク、先生方の御方策を一般人にも分かりやすくご解説いただければ幸です。
(勿論、その植物の絶滅危惧の度合いや、土地の違いによるその植物の固有な特性の方向等が保存対策に重要な関わりがあるとは思いますが、マニュアルの様なものを作る事は出来るのでしょうか?)
堀口 達朗さま
私共の学会へ、貴重なご質問を有り難うございました。
植物生理学会の関係者でも、関連の仕事をしている研究者はいます。例えば、希少種の保存・個体数の増大にバイオテクノロジーによる手法を使う仕事があります。また大学のみならず、農水省や環境省では、希少種の種子の保存や系統の保存を系統的に進めているところもあります。ただ、あまりに大きなテーマなので、全体像をすぐにはお答えできそうにありません。とりあえずこの分野を専門にしている研究者の方に照会をかけますので、今しばらくお待ち下さるようお願いします。
三村 徹郎(広報委員、奈良女子大学)
堀口 達朗さま
基礎生物学研究所の塚谷裕一先生から回答が戻ってまいりましたので、転送させていただきます。塚谷先生は、植物の形態や分布について、分子生物学的手法から分類学的手法まで幅広く活用しながら研究をされていて、環境省の「希少野生動植物保存推進員」もされている方です。
三村 徹郎(広報委員、奈良女子大学)
堀口 達朗様
ご質問ありがとうございます。難しい問いですね。
ただ、「他の地域の同種の植物を移植する事はその土地固有の純系種を保存する上では具合が悪い」というご指摘の点、これはやはり正解です。もちろんこれに対し、ご指摘のように「環境の変化に順応進化出来る様な能力も大切」という視点から、他の土地のものでも移植し交雑を進め、とにかく個体数を増やそう、という立場もありましょう(正確には、順応進化という点には疑問もありますが)。
しかし、ここで保全というものを考え直してみたいと思います。それは、ある特定の「種」だけを保護し増やしさえすればいい、というものなのでしょうか?もしそう考えるのであれば、由来に関係なく移植で個体数を増やそうというプランも、あるいは間違いではないのかも知れません。でも少し待っていただきたいのです。
例えば各地で問題になっている例として、市販のサギソウを湿地に植えるという行為があります。これは多分、サギソウが絶滅に瀕してはまずい、とにかくサギソウが生えている状態を維持しよう、そのためにはとにかく植えることが先決だ、というものでしょう。しかしこの考え(特定の種類の個体数が増えて、絶滅の心配が無くなりさえすればいい、という考え)を突き詰めてゆけば、何もその場所、自然の湿地に植える必要は無くなってしまいます。極端な話、どこかのフラワーセンターに大きな池を作って、そこに何万という株を植えさえすれば、それで良いということになります。しかしそれは保全というものでしょうか。
こういう例もあります。愛知県のある池は、古くからカキツバタの名所として知られており、天然記念物の指定もされています。そこで土地の有志の方々が、カキツバタの生育を促すような手入れを毎年行ってきました。その結果、どうなったでしょうか。たしかにカキツバタは増えて元気です。見事になりました。しかし反面、カキツバタと共に生育していた数多くの水生植物が激減し、極端なものは絶滅してしまいました。本来の天然記念物の指定は、それら他の種も含めた「自生地」への指定だったのですが、結果として今のその場所は、公園の池にどこかからカキツバタを持ってきて、植え広げた姿とほとんど変わらなくなってしまいました。これは保全と言えるでしょうか。上述のサギソウの花壇と、どこが違うのでしょうか。
これでお分かりいただけると思います。保全というものは、その土地の自然環境を丸ごと保護し、守ろうという試みです。いくら貴重な種といえども、その特定の種類だけをたくさん増やしたのでは、これはむしろ自然破壊です。
では環境の保全というものはどうしたらいいのでしょうか。お訊ねのようなアニュアルは作れるのでしょうか。
実は、これはまだ試行錯誤の段階です。例えばいわゆる里山の復活という点ですら、現在、うまくいった例は極めて稀です。里山の復活を目指して森の手入れをするボランティアを募り、活動を始めたものの、笹が大繁茂してむしろ荒廃させてしまった、という悲しい報告が多いのが実際です。保全生態学という学問ジャンルは、ようやく試行錯誤を始め、連敗続きながら何とか活路を見いだそうとしている、そういう段階にあるとご理解下さい。
とにかく、その土地の環境を全体一体として守ること、それを全ての基本に置くのが、精神として大事かと存じます。
お返事になりましたでしょうか。また疑問がありましたら学会にお寄せ下さい。
塚谷 裕一
私共の学会へ、貴重なご質問を有り難うございました。
植物生理学会の関係者でも、関連の仕事をしている研究者はいます。例えば、希少種の保存・個体数の増大にバイオテクノロジーによる手法を使う仕事があります。また大学のみならず、農水省や環境省では、希少種の種子の保存や系統の保存を系統的に進めているところもあります。ただ、あまりに大きなテーマなので、全体像をすぐにはお答えできそうにありません。とりあえずこの分野を専門にしている研究者の方に照会をかけますので、今しばらくお待ち下さるようお願いします。
三村 徹郎(広報委員、奈良女子大学)
堀口 達朗さま
基礎生物学研究所の塚谷裕一先生から回答が戻ってまいりましたので、転送させていただきます。塚谷先生は、植物の形態や分布について、分子生物学的手法から分類学的手法まで幅広く活用しながら研究をされていて、環境省の「希少野生動植物保存推進員」もされている方です。
三村 徹郎(広報委員、奈良女子大学)
堀口 達朗様
ご質問ありがとうございます。難しい問いですね。
ただ、「他の地域の同種の植物を移植する事はその土地固有の純系種を保存する上では具合が悪い」というご指摘の点、これはやはり正解です。もちろんこれに対し、ご指摘のように「環境の変化に順応進化出来る様な能力も大切」という視点から、他の土地のものでも移植し交雑を進め、とにかく個体数を増やそう、という立場もありましょう(正確には、順応進化という点には疑問もありますが)。
しかし、ここで保全というものを考え直してみたいと思います。それは、ある特定の「種」だけを保護し増やしさえすればいい、というものなのでしょうか?もしそう考えるのであれば、由来に関係なく移植で個体数を増やそうというプランも、あるいは間違いではないのかも知れません。でも少し待っていただきたいのです。
例えば各地で問題になっている例として、市販のサギソウを湿地に植えるという行為があります。これは多分、サギソウが絶滅に瀕してはまずい、とにかくサギソウが生えている状態を維持しよう、そのためにはとにかく植えることが先決だ、というものでしょう。しかしこの考え(特定の種類の個体数が増えて、絶滅の心配が無くなりさえすればいい、という考え)を突き詰めてゆけば、何もその場所、自然の湿地に植える必要は無くなってしまいます。極端な話、どこかのフラワーセンターに大きな池を作って、そこに何万という株を植えさえすれば、それで良いということになります。しかしそれは保全というものでしょうか。
こういう例もあります。愛知県のある池は、古くからカキツバタの名所として知られており、天然記念物の指定もされています。そこで土地の有志の方々が、カキツバタの生育を促すような手入れを毎年行ってきました。その結果、どうなったでしょうか。たしかにカキツバタは増えて元気です。見事になりました。しかし反面、カキツバタと共に生育していた数多くの水生植物が激減し、極端なものは絶滅してしまいました。本来の天然記念物の指定は、それら他の種も含めた「自生地」への指定だったのですが、結果として今のその場所は、公園の池にどこかからカキツバタを持ってきて、植え広げた姿とほとんど変わらなくなってしまいました。これは保全と言えるでしょうか。上述のサギソウの花壇と、どこが違うのでしょうか。
これでお分かりいただけると思います。保全というものは、その土地の自然環境を丸ごと保護し、守ろうという試みです。いくら貴重な種といえども、その特定の種類だけをたくさん増やしたのでは、これはむしろ自然破壊です。
では環境の保全というものはどうしたらいいのでしょうか。お訊ねのようなアニュアルは作れるのでしょうか。
実は、これはまだ試行錯誤の段階です。例えばいわゆる里山の復活という点ですら、現在、うまくいった例は極めて稀です。里山の復活を目指して森の手入れをするボランティアを募り、活動を始めたものの、笹が大繁茂してむしろ荒廃させてしまった、という悲しい報告が多いのが実際です。保全生態学という学問ジャンルは、ようやく試行錯誤を始め、連敗続きながら何とか活路を見いだそうとしている、そういう段階にあるとご理解下さい。
とにかく、その土地の環境を全体一体として守ること、それを全ての基本に置くのが、精神として大事かと存じます。
お返事になりましたでしょうか。また疑問がありましたら学会にお寄せ下さい。
塚谷 裕一
回答日:2006-08-10