一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物片を用いた組織培養時の変異体発生の可能性

質問者:   高校生   清廉潔白
登録番号2634   登録日:2012-04-26
 私は高校で植物バイオテクノロジーの研究活動をしています。実験でオリーブや果樹の葉片や枝を用いて多芽体を形成させ、再生させて圃場にだして親株にしようと考えましたが変異体が発生する可能性があると指摘されました。
 
 ここで質問なのですが、カルス由来の組織培養で再生させた植物体は変異が発生するものなのでしょうか?そして再生した植物体は必ず遺伝子調査をすべきなのでしょうか?もし別品種となった場合、それはオリジナル品種であるとしてよいのでしょうか? タイトルにそぐわない不躾な質問で恐縮ですが返答のほうよろしくお願いします。
清廉潔白 さん:

みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
園芸の分野では器官培養(茎頂培養を含む)や組織培養によって植物個体を増やす手法を頻繁に使います。ご質問もこの線に沿ったものです。組織培養では、組織片を一旦カルスへ脱分化させ、生じた細胞塊から個体再生を誘導する点で器官培養とは状況がかなり異なります。カルスを人工培地上で増殖させるためと増殖させたカルスから植物個体を再生させるためにそれぞれ最適の植物ホルモン処理を必要とします。問題は、カルスの培養は植物ホルモンを含む薬剤中でのいわば「強制的」細胞分裂ですので、染色体の組み替え、部分欠失、部分増加、塩基変異などの異常が低頻度ですがおこることです。そのため、再生個体に、形質変異が現れることがあります。この現象を培養変異と言って、育種では変異幅を広げるために利用してきたものです。培養変異は常におきているようで、どの培養細胞も継代培養を長期間続けると、もはや個体再生能力を失ってしまうことからも推定できます。培養変異がおこる原因が明らかにされているものの1つにトランスポソン(動く遺伝子)の活動があります。トランスポソンには幾つかの型がありますが、染色体の一部が培養中(おそらく分裂中と思われますが)に切り出されて、他の部位に飛び込むもの、あるいは染色体の一部が増殖して、増殖した断片が他の部位に飛び込むものなどがあります。どちらも、飛び込まれた部分に形質発現に重要な意味のある遺伝子(あるいは遺伝子発現制御領域)があれば、その遺伝子の働きが変化しますので、再生個体には変異が現れます。また、遺伝子の一部が切り出されて他の部位に飛ぶ型では、飛び出すトランスポソンが遺伝子の中にあってその遺伝子を抑制していた場合には、トランポソンが飛び出したことによって、それまで抑制されていた遺伝子が働き出しますから、いままで隠れていた形質が現れる場合もあります。
培養変異で生じた再生個体に、人が喜ぶ形質が加わって(喜ばない形質が隠されて)いれば新しい品種として取り扱うことがあります。新品種としては安定した表現形質が問題になりますから、その原因、つまりどの遺伝子がどのように変化していたかを調査(遺伝子調査)する必要はないでしょう。ただし、この点は知的財産権の問題でもありますので、類似の新規形質が新規の遺伝子変異によるものか、既知の遺伝子変異によるものかによって権利形態が違ってきますので、権利を主張する場合には遺伝子調査をすることに越したことはありません。しかし、これはかなり手数のかかるものです。
培養によって変異体が出現する可能性がありますので、積極的に有用な変異形質を見つけだすとの方向性は当然あり得ることです。培養、再生によって個体を増殖することはできますが、新形質を見つけだす(新品種開発)機会もあることを念頭においてください。
JSPPサイエンスアドバイザー
今関 英雅
回答日:2012-05-08