一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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細胞群体の認識について

質問者:   教員   my-sheep
登録番号2645   登録日:2012-05-11
高等学校教員です。ユードリナやボルボックスなどの細胞群体の説明のところで、資料集に「単細胞生物が集まって1つの集合体をつくっているもの」とか、問題集にも「多数の単細胞生物の個体がつながりあって集団をつくり、あたかも1つの個体のように生活している場合」の記述が見られます。登録番号1413(2007-09-01)の質問の方に対する京都大学の幡野先生のご回答に照らし合わせると全くの間違いであると思えますが、どうでしょうか。私としては『クラミドモナスは単細胞生物、ユードリナやボルボックスは細胞群体でこれらは互いに別種(属)』と認識しているのですが・・・・。どうぞよろしくお願い致します。
my-sheep さん:

みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
長らくお待たせしました。ご質問は登録番号1413にお答えいただいた、京都大学・幡野恭子先生に解説をお願いいたしました。いろいろとお調べ下さり、最近の研究成果をも加味されて解説されていますので大いにご参考になると思います。



【幡野先生の解説】
細胞群体の認識について
「細胞群体」という用語は、現代の生物学ではあまり使われていないように思いましたので、まずこの言葉について調べてみました。
学術用語集植物学編(増訂版)(1990年発行)、同動物学編(1989年発行)、同遺伝学編(1993年発行)では、「英文表記:cell colony、和文表記:細胞群体」と記載されています。岩波生物学辞典第4版(1996年発行)や微生物学辞典(日本微生物協会編)(1989年発行)には「細胞群体」という項目は収録されていません。生物教育用語集(日本動物学会・日本植物学会編)(1998年発行)には採録され、「細胞群体」は、「群体の一種で、単細胞生物が2個体以上集まってできた連結体のこと。緑藻類のオオヒゲマワリが代表例。」と解説されています。米沢義彦 (鳴門教大)氏・半本秀博 (大宮市大宮西高)氏による文献(生物教育 Vol.41, No.1, Page21-24 (2000))では、「岩波生物学辞典」および「日本淡水藻図鑑」などでは、用語「細胞群体」から「連結生活体」および「定数群体」に変遷したこと、「細胞群体」は高等学校生物の教科書のみで使用していること、が記述されています。このように「細胞群体」という言葉は、主に高校の生物教育用語として使われるようです。
また、「群体」という用語は、岩波生物学辞典第4版で「分裂または出芽によって生じた新個体が互いに体の一部分、または体から外方に分泌した構造により連結されている場合に、この個体の集合。」と記載されています。群体とは、同種の生物の個体が集合している状態を意味しますが、この個体には多細胞体や細胞などの場合があり、群体にはいろいろな生物の例が知られています。
「単細胞生物」という言葉は、岩波生物学辞典第4版で「全生活史を通じて単一の細胞を個体とする生物の総称。」と記載されています。生物教育用語集の「単細胞生物」の項目では、「生活史の全過程を通じて単一の細胞から成る生物の総称。多細胞生物の対語。」と解説されています。つまり、ある生物が単細胞生物であるかどうかは、生活史全体を1個の細胞で1個体としてすごすかどうかで判断することになります。

言葉の説明が長くなりましたが、my-sheepさんのご質問は、「細胞群体」について「単細胞生物が集まって一つの集合体をつくっているもの」等の説明が妥当かどうかでした。ご質問の中で、クラミドモナス、ユードリナ、ボルボックスの生物名がありましたので、ここでは藻類を例にあげてご説明します。
登録番号1413の回答でも書きましたように、ユードリナ、ボルボックス、クンショウモなどの定数群体では、親群体中の個々の細胞(ユードリナ、クンショウモ)または決まった細胞(ボルボックス)の中で、親個体と同数の細胞がつくられ、これらが親と同じ形につながり、子供の小さな群体となります。この無性生殖過程では、個々の細胞が隣の細胞と離れて、単細胞の状態で生きる時期はありません。したがって、この場合、群体中の細胞は単細胞生物であるとは言えないと思います。
ただし、定数群体の中には、補食や傷害などにより単独の細胞となっても、生き続ける能力を持っている場合があります。私たちの実験で、緑藻のアミミドロ(分類学上、クンショウモと近縁な種)という網状の群体中の細胞を機械的にばらばらにしたところ、しばらく単独の細胞でも成長を続け、やがてその内部に娘群体が形成されました。アミミドロの場合、群体中の細胞は単独でも生きることができますが、次世代でも単細胞状態を継続することはありません。やはり、この群体中の個々の細胞を単細胞生物というのは不適当だと考えます。

黄金色藻綱のサヤツナギの仲間には、単細胞性の種と、群体性の種がいます。群体性のサヤツナギでは、同形同大の遊泳細胞が単に寄り集まって生きており、偽群体と呼ばれています。この場合、一時的に単独の細胞の時期はありますが、生活史を通じて1細胞だけで生活することはなく、個々の個体が単細胞生物といえるかどうか難しいところです。
ところで、クラミドモナスは生活史の大部分を他の細胞と連結すること無く、単細胞で過ごします。my-sheepさんのおっしゃるように、クラミドモナスは単細胞生物と考えてよいと思います。
これらのことから、ユードリナやボルボックスなどを例として、「細胞群体は単細胞生物が集まって1つの集合体をつくっているもの」と表現するのは適切ではないと私は考えます。生物教育用語集の「細胞群体」の項目で「群体の一種で、単細胞生物が2個体以上集まってできた連結体のこと。緑藻類のオオヒゲマワリが代表例。」とする解説文には矛盾を感じます。

幡野 恭子(京都大学大学院・人間・環境学研究科)
JSPPサイエンスアドバイザー
今関 英雅
回答日:2012-05-29
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