一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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植物の嫌気呼吸について

質問者:   会社員   kuni
登録番号2687   登録日:2012-07-18
植物が成長するためには、根が酸素を吸収する必要がありますが、湛水や物理的な要因等により根域の酸素が少なくなり、いわゆる酸欠状態となると生育が悪くなります。
この症状について

・酸欠により、「解糖系」から酸素を使う「クエン酸回路」へ移ることが出来ず、発酵代謝を行う。しかし、嫌気呼吸は好気呼吸に比べ効率が悪く、光合成で得た糖の利用効率が悪くなり、生育が悪くなるという理解でよろしいのでしょうか?
・酸欠により、根が傷むと言われていますが、これは、嫌気呼吸による生成物(乳酸やエタノール)により、根の組織(または細胞?)が損傷を受けることからでしょうか?
・嫌気呼吸による生成物(乳酸やエタノール)により、土壌pHも下がる原因となりますでしょうか?
・トマトにおける根の嫌気呼吸に関する研究、知見はありますでしょうか?

以上よろしくお願いします。
kuni さん:

みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
まず、酸素欠乏によって生育が悪くなる理由として「嫌気呼吸は好気呼吸に比べ効率が悪く、光合成で得た糖の利用効率が悪くなる」とのご理解は基本的には間違いありません。しかし、「糖の利用効率が悪くなる」とどうして生育が悪くなるのでしょうか。呼吸という作業の本質は、生育を支える代謝反応へのエネルギーの供給です。生体反応におけるエネルギーはATPという物質のもつ自由エネルギーを使用していますので、呼吸は糖、脂質などの物質のもつ化学エネルギーをATPという物資の化学エネルギーに変換する過程です。無酸素状態では、ご指摘のようにクエン酸回路が廻りませんので、この回路へ投入される糖代謝物(ピルビン酸)が貯まることになりますが、ピルビン酸の蓄積は細胞に有害ですので解毒するために還元して(還元はエネルギーを消費します)より無毒な乳酸や、さらにはエタノールへ変換して終わります。植物では、乳酸発酵も無酸素の初期にはおこるようですが、多くの場合エタノール発酵をします。この反応過程の終始は、
1ブドウ糖 + 6酸素 + 2リン酸 = 2エタノール + 2二酸化炭素 + 2ATP
となり、ブドウ糖の化学エネルギーは2分子ATPと2分子のエタノールの化学エネルギーへと変換されます。つまり、ブドウ糖のエネルギーのうち生体反応に使用できるエネルギーは2分子ATPだけとなります。詳細は述べませんが酸素呼吸では、1分子ブドウ糖が完全酸化されると38分子のATPが生成されますので、嫌気呼吸(無酸素呼吸)だけでは正常な生育に必要なエネルギーを得ることができないことになります。
酸素欠乏によって「根が傷む」大きな原因はエネルギー不足による、正常な代謝が進行しないことから組織の部分的壊死などがおこるためで、単純に発酵産物による損傷とは言えません。ピルビン酸などのケト酸の蓄積は致命的ですが、植物では乳酸が損傷をあたえるほど蓄積する例は見あたりません。植物組織ではアルコール発酵は珍しい現象でなく、アルコール自体は細胞に大きな損傷をあたえません。例えば液果類が熟する後期にはいろいろなアルコール発酵がおき、発酵産物は香りの基となっています。
組織が「傷む」ことにはふつう細胞が死ぬことが含まれます。酸素が不足した場合、低酸素が刺激となって、細胞が積極的に死ぬ(プログラム細胞死)過程が開始することは多くの植物でも知られています。無酸素状態に対する耐性は、植物の種、器官によって異なり、冠水ストレス(flooding stress)への応答反応などは低酸素ストレスと関係があり、トマトについてもたくさんの研究報文があります(tomato, flooding stressあるいはwater loggingをキーワードとして報文検索を行って下さい)。
JSPPサイエンスアドバイザー
今関 英雅
回答日:2012-07-23
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