一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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樹木の根はどうして舗石まで持ち上げられる?

質問者:   自営業   閃緑藻
登録番号2764   登録日:2012-10-29
街路樹の根によって舗石などが持ち上がっているのを良く見掛けます。根上がりと言うのだそうですが、ネット上でその防止策の説明を幾つか読んだ限りでは、「栄養を求めて根が伸びるに従って、その根元が太くなって舗石が持ち上がる」としか書いてありません。

しかし根元が太くなると言っても、微視レベルで見れば細胞が分裂して数が増えるのだと思います。根の表面がある程度固い皮で覆われているとは理解していますが、細胞分裂に必要な数分なり数十分の間の一瞬一瞬を考えると、土や舗石の重みは皮を通して連続的に個々の細胞に掛かっているわけで、細胞分裂で少しでも根の体積が増えること自体、不思議です。ましてや、舗石などを持ち上げるような機械的な力が発生することは、どうしても想像できません。

筑波大学のサイトに「根の内部構造」という項目があり、「根の最外層は表皮で覆われており、その内側には皮層がある。皮層の最内層には内皮があり、木部と篩部を含む中心柱を囲んでいる。根の先端には根冠で保護された根端分裂組織があり、根はここで成長している」とあります。

ということは、根元では私の想像するような細胞分裂は起きておらず、既に機械的抵抗力を備えた組織が水分を吸収して肥大するだけなのでしょうか。それでも、皮層を構成する細胞はまだ生きているようですし、そうなると細胞膜と内部の繊細・複雑な構造が機能しているわけで、細胞が既に死んでいる木材が水で膨張するようなわけには行かないと思います。

それとも舗石や土の重みも、細胞レベルの面積当りに配分されれば、充分耐えられるほど軽い、ということでしょうか。例えばごく単純化して 1m2 に 1T 掛かっているとすると、1000mm×1000mm に 1,000,000g、1mm平方に 1g、細胞を上から見て 1ミクロン平方とすると、この表面に掛かる重量は1g/1,000,000、となります。細胞骨格の強度や、分裂時の染色体の動き等にとって、これは耐えられるレベルの圧力なのでしょうか。

以上、宜しくお願い致します。
閃緑藻様
 大変お待たせしました。回答を植物形態学を専門分野としておられる奈良女子大学研究院自然科学の坂口修一先生にお願いして作成していただきました。植物の構造・形態が示す力学的な性質には思いもよらぬことがあります。本コーナーの他の質問にもそのような例(登録番号0253)がありますので、読んで見て下さい。


【坂口先生の回答】
街路樹の根元の敷石がもちあがっていたり、雑草がアスファルトの隙間を突き破って伸び出してきたり、「植物って力持ちだな」と感じる場面出会うことってありますね。そのことを理論的に理解されたいというご質問かと思います。

 さて、根が太くなるときに組織を膨張させようとしてはたらく力が、舗石を持ち上げるわけですが、ご質問では、そうした力が細胞分裂で細胞が増えるとき発生すると考えておられるように思います。しかし、植物の細胞分裂の場合、細胞の中央に仕切りが入って元の半分の大きさの細胞が2つできるだけなので、細胞分裂それ自体では組織の拡大とそれに伴う力の発生はありません。むしろ細胞分裂の結果大きさが半減した細胞が、再び成長し、大きさを回復して次の細胞分裂に備える過程で組織が拡大し、そのとき、力が必要となります。つまり組織を膨張させる力は、細胞分裂ではなく細胞成長においてはたらくと考えられます。

 植物細胞の成長は、細胞内外の浸透圧の差に応じて細胞外から細胞内に水が流入し、細胞を膨らまそうとする力(膨圧)が発生することによります。浸透圧は、細胞膜のような半透性の膜をへだてて、溶けている物質の濃度が薄い方から濃い方へ水が移動しようとして生ずる圧力です。多くの場合、植物細胞のまわりの液は純水に近く、その浸透圧はほぼ0なのに対し、細胞内の浸透圧は、一般に数気圧あるので、外から細胞内に数気圧の力で水が流入し、細胞壁に同じだけの大きさの膨圧がかかります。この膨圧が、植物細胞を成長させる原動力、ひいては敷石を動かす力となります。今、仮に細胞の浸透圧が7気圧(ユキノシタの表皮細胞など)の場合、1気圧はほぼ1kg/平方cmに等しいので、膨圧は7kg/平方cmとなります。10cm四方で700kg(!)ですから街路樹の根が敷石を動かすのに十分な力を潜在的にもっているといえるでしょう。

 ご質問中、細胞骨格や染色体との関連ですが、上述のとおり、舗石を動かす力として細胞分裂に関わる細胞内の構造は無関係と考えられます。ただ、圧力が細胞骨格や染色体に何らかの影響を与えないかという問題は別にあるでしょう。ご質問中の1g/平方mmは、自然に存在する、上述で計算した膨圧値7kg/平方cm=70g/平方mmよりもはるかに小さいので、特別な悪影響はないと考えられます。ただし、間期の細胞の表層に存在する微小管の配列が浸透圧や外部から与えた力によって変化することが最近報告されています。

 なお、根が太くなるしくみですが、根には先端部に根端分裂組織があるだけでなく、根の側面全体に沿って、維管束形成層とコルク形成層という分裂組織があります。前者は、いわゆる形成層のことで木部(道管などを含む)と師部(師管などを含む)の細胞をつくり出しながら根を太くします。後者は太くなった根の皮の部分をつくります。地上部の幹が太くなるのと同じしくみです。

坂口 修一(奈良女子大学研究院・自然科学)
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2012-10-29
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