一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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綿花収穫の機械化と落葉剤と植物ホルモン

質問者:   教員   中平
登録番号2781   登録日:2012-11-05
世界史の教員です。
世界史で「綿花」といいますと、南北戦争頃のアメリカの綿プランテーションで、黒人奴隷が綿つみの重労働に追われている姿が思い浮かぶのですが、現在は収穫も機械化されていると思います。

収穫の機械化を可能にする条件として、植物ホルモンの働きは関係しているのでしょうか。

昔の植物図鑑(1980年代くらいに朝日新聞社が週刊で出していたもの)の「ワタ」の項目に、
「果実は同時に熟さないので、これまでは手で摘み取るしか仕方がなかった。しかし、アメリカなどでは化学薬品をまいて、葉を落としてしまうとともに、いっせいに果実を熟させるようになったので、機械による摘みとりが可能になった」とありました。
この記述からは「何らかの化学薬品によって落葉させる」ことによって「いっせいに果実を熟させることができるようになった」ように読めたのですが、いくつかの本を調べても「機械で摘み取るのに邪魔になる葉を落とすために落葉剤を用いる(ワタの落葉剤としてThidiazuron、トリブホスなど)」ことは書いてあるのですが、その薬品に「いっせいに果実を熟させる作用がある」という記述は見つけられませんでした。

現在、以下の3つの可能性を考えています。

①何らかの薬品によっていっせいにワタの果実が熟す(この場合、この薬品は何らかの植物ホルモンの働きをしている?)
②薬品の直接の効果ではなく、(薬品によって)葉をいっせいに落とすことが、ワタの実が同時に熟成する条件である(ワタの実の成熟を阻害している物質が除去される?)。
③薬品、もしくは葉を落とすことは、ワタの実の熟成時期とは関係ない(落葉は機械作業をたやすくするためにおこなう)。

もし綿花収穫の機械化と植物ホルモンの機制の発見(少なくとも落葉との関連)が関わっているなら、授業で話をするにもおもしろいなあと期待しているのですが、ワタと植物ホルモンの組み合わせですと、アブシシン酸の発見の話しか見つけられませんでした。
ワタの実が未成熟で落下してしまう原因としてのアブシシン酸が葉で形成されるならば、熟しはじめる時期を見はからって葉を落としてしまえば、未成熟なまま落下はしない、つまりすべて成熟するまで木についている(成熟の時期がそろう)ということなのかとも考えましたが、根拠の乏しい推測の域を出ません。

ご回答をどうぞよろしくお願いいたします。
中平 様

 質問コーナーへようこそ。歓迎致します。世界史の中で植物ホルモンに触れていただけるのは嬉しいことです。さて「棉」の栽培はアメリカをはじめインド、ウズベキスタン、中国、ブラジル、トルコ,パキスタン、オーストラリアなどの国々で大規模に行われています。アメリカでは、アラバマ、ミシシッピー、ルイジアナ、ジョージア等の南部の諸州のほか、アリゾナ、カリフォルニア、ニューメキシコ、オクラホマ、テキサスなどの西部の州など17の州で大規模な栽培が行われています。これらの地域では何れも栽培は機械化されており、特に収穫のプロセスはアメリカでは各州などでそれぞれに使用する薬剤、時期、収穫の方法*などが標準化されています。それは収穫された棉の品質(例えば繊維の長さなど)が高く、且つ均一であることが必要だからです。どこでも共通の薬剤を用いて、また同じように作業している訳ではありません。栽培する綿の品種も同じではありません。したがって、収穫に先立ちまず脱葉剤を散布して、それから棉花を機械で摘取るというほど単純簡単な収穫過程ではありません。そこで、基本的なことを概略説明して回答といたします。

*収穫機械は紡錘型摘取り機(spindle picker) と剝ぎ取り型摘取機(stripper picker) があります。前者では刃の付いた何列もの紡錘器が高速で回転してコットンをボール(棉花の莢)から引き離し、圧縮して密詰した固まりを作る所まで自動化されています。機械の操作も自動です。(圧縮する機械が別の場合も在ります.― cotton module builder) 後者は主にテキサスとアーカンサスなど南部の州で使われているもので、植物体の部分(未開裂の棉花、莢、葉など)も一緒に剝ぎ取り、機械上で選別して同様処理します。南部では小型の植物体の品種を用いているためのようです。

 棉花の収穫に関連して用いられる薬剤(収穫補助薬剤)は普通3種類に分けられます。 脱葉剤(落葉促進剤 - defoliants)、乾燥剤(desiccants)、成長抑制剤(成長阻害剤 - growth inhibitors)です。この他に莢開裂調整剤(cotton boll openers/conditioners)、同増強剤(cotton boll openers/enhancers)が使われることもあります。この二つは両方とも似たようなものですが、増強剤の方は植物体の栄養成長を抑えることにも使われます。いずれも、収穫時に出来るだけ多くの棉花の莢が開いているようにするもので、大体脱葉剤との組み合わせで用いることが多いようです。
 脱葉剤は葉の脱離(落葉)に関係する植物ホルモンの作用へ影響を与えるか、直接葉を殺してしまうことにより結果的に落葉を促進させる薬剤です。塩素酸ナトリウム、(ブチルチオ)ジチチオホスホン酸S,S-ジブチル(Folex 有機リン化合物)、N-フェニル-N'-(1,2,3-チアジアゾール-5-イル)尿素(Ginstar チディアズラオン)などの薬剤があります。葉の脱離は葉柄の基部に離層が出来ることが原因です(離層については質問コーナーで検索して下さい)。葉が健全である間は葉身で植物ホルモンのオーキシンが合成されそれが葉柄に送られて基部での離層形成を抑制しています。アブシシン酸とエチレンはオーキシンの輸送を阻害し、離層で細胞壁を分解する酵素を誘導します。エチレンは傷害やストレスによって合成がおきます。これらの脱葉剤いずれもいろいろな形で葉や植物体に傷害やストレスを与えてエチレンを誘導し、落葉を促します。また、チディアズラオンは合成サイトカイニンの一種とみなされていますが、ワタや同じ仲間のオクラなどではこれを与えると多量のエチレンの発生を促します。
 
 乾燥剤は急速に脱水を起こさせて葉を殺してしまうものですから、脱葉剤よりも強力です。薬剤施用後1〜数日で効きます。葉は植物体に残ったままですので、剝ぎ取り型の機械に向いています。パラコート(ジメチルビピリジニウム 二塩化物)という毒性の強い除草剤が使われます。脱葉剤と同じ塩素酸ナトリウムも使われますが,施用のタイミングと割合が大切でパラコートと混用が薦められています。
  
 成長抑制剤は主に後期栄養成長を抑えたり、脱葉剤の作用を助長する目的で使われます。エンドタール(毒性有り)とかグリホサート(ラウンドアップなど)などのいわゆる除草剤が用いられます。
 
 アブシシン酸が使われることはありませんが、エチレンは筴開裂剤としてエセホンの形で使われます。エセホンは (2-クロロエチル)ホスホン酸でエスレルという商品名もあります。水溶液で加水分解してエチレンを発生するので、エチレン処理に使われます。エセホンとアミノメタンアミド・ディハイドロジェン・テトラオキシサルフェート(AMADS)を混用は開裂促進剤として使われています。

質問の中にあります「一斉に果実を熟させるようになって」という記述については何ともいえません。果実の熟成はエチレンが関係しています。エスレルを散布して熟成を促すというやり方が報告されていますが、タイミングなど大変むつかしいようです。果実の生育段階が揃っていないのに、成熟だけすすめると、繊維の長さなどの品質が落ちたり揃わなかったりするでしょうから、成熟を同調的に薬剤で起こさせるということは実用的に行われているかどうかは現時点では分かりませんでした。

以上のように、棉花収穫に関わる薬剤の利用は複雑で、実際の施用は温度などによっても影響を受けますし,一種類の薬剤が脱葉剤としても乾燥剤としても、また莢開裂剤としても使われます。また、単独ではなく混用されることが多いのです。しかし、視点を変えてみると、ワタの栽培は薬浸けと言ってよいですね。
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2012-11-15
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