一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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ウキクサの増殖と温度

質問者:   高校生   クマ
登録番号2793   登録日:2012-12-01
学校で一年間ウキクサの増殖と体内時計について研究をしています。
一つ上の先輩が短日植物L.gibbaG3と長日植物L.pausicostata6746の2種類のウキクサを対象に日照条件、温度変化によって増殖リズムどう変化しているか研究をしておりそれを引き継ぎ私は主に温度変化に着目をしています。


2種類のウキクサを30℃と25℃のインキュベーターにそれぞれいれて培養させ、2週間毎日観察しました。
  30℃
L.gibbaG3①②③
L.pausicostata6746①②③
  25℃
L.gibbaG3①②③
L.pausicostata6746①②③
三角フラスコ12個しました。
(一つのフラスコに3固体ずついれ培養)

その結果30℃で培養させた短日植物、長日植物ともに2週間後の葉の枚数が25℃で培養させたときの5,6倍近くなり、グラフにしてみると30℃の短日植物、長日植物ともに培養3日目あたりから急激に数値がのびました。
私の予想では、30℃はとても温度が高いので培養しないのではないかと思っていました。

質問
30℃でなぜ5,6倍もの差がでたのか、また3日目から急激に増殖したのはなぜか。この2つについてです。
お願いします。
クマさま

ご質問承りました。ウキクサの生物時計を研究している京都大学の小山時隆先生にご回答いただきました。ぜひ研究に役立ててください。


【小山先生の回答】
お使いの二種のウキクサは50年以上前から生長、花成、生物時計の研究に使われてきたものです。まず質問内容についての確認ですが、L. gibba G3株は長日植物で、L. paucicostata 6746は短日植物であることが知られています。お持ちのウキクサの花成について一度実験してみると良いかもしれません。ただし、実験条件や株の変化(元の株の種子から発芽した子孫など)により、一般的には花成が抑制される日長条件下でも花をつけることがあります。

さて、本題の温度と増殖の関係について考えてみたいと思います。植物はほ乳類のように個体の厳密な温度調節はできず、周りの環境の温度に個体の温度が大きく影響をうけます。ウキクサは水(培養液)の表面にいますので、個体の温度が周囲の水温に近いものになることが予想されます。このように個体温度が変化しても生長できる生き物では、それぞれの生き物にとって最適な温度がありますが、その最適な温度より温度が低くても高くても生長が抑制されてしまいます。また、最適な温度そのものは温度以外の環境要因(栄養分、光など)が影響する可能性があります。紹介していただいた実験条件では、25度はウキクサの生長にとって最適な温度より低かったと考えられます。生長を含め様々な生体反応は酵素と呼ばれるタンパク質の働きで進行します。酵素の働きは一般的に温度を上げると良くなりますが、ある温度以上になると急速に酵素の働きがなくなることが知られています。最適な温度は酵素ごとに異なっています。温度を上げると生長が促進されるのも、ある温度以上になると生長が進まなくなるのも、基本的には酵素活性が温度によって変化することによります。活性がなくならない範囲で、一般的な酵素は反応温度を10度上げると、酵素活性(反応速度)は2〜3倍になることが知られています。これらのことを前提に、ご質問内容についてもう少し詳しく解説してみます。

(1)生長の指標について(コロニー数 vs 表面積)
ここでは、今回の実験ではコロニー数を生長の指標としたと仮定して話を進めます。ウキクサのコロニーとはがひとつながりになっているフロンド(葉状体)の集合を意味します。コロニー数は測定しやすくわかりやすい指標ですが、今回行われた実験のように、実験開始時に少数のコロニーからスタートすると、スタート直後の生長指標が、移植したコロニーの形状や性質を大きく反映してしまいます。すぐに二つに分離しそうなウキクサコロニーと、分離した直後のウキクサとでは、その後のコロニー数の増え方が異なります。今回の実験の場合は、実験開始時に分離したてのものを用いた可能性があります。この問題点については、写真撮影で生長の記録を残して、表面積を生長の指標とすると、少ないコロニー数でも生長を比較することが可能になります。一方で、比較するコロニー数が多いときは、コロニー数も生長のよい指標になるので、3日目以降は生長が明確に測定できた可能性が考えられます。

(2)生長率について(ねずみ算式で広がる差異)
ここでの生長率は、ある培養時間の後に元のコロニー数の何倍になったかで定義することにします。例えば、『2日間で2倍の生長率』ということができます。この場合は、4日後には4倍、6日後には8倍、、、と2日ごとに倍々になっていき、2週間後には128倍(2の7乗倍)になります。このようにコロニー数はねずみ算式で増えていくことがわかります。また、二つの条件下でのコロニー数の比も同様にねずみ算式で変わっていきます。今回の実験では2週間での5倍程度の差(比)になったということですので、二つの温度条件下で、それぞれの生長率が2週間ずっと同じだったと仮定すると、1日あたり5の1/14乗倍、つまり一日あたりの両条件のコロニー数の比が1.12程度になっていたことになります。この程度の差ですと、実験開始後数日は生長の差がはっきり見えないかもしれません。この場合、30度で育てたときが25度で育てたときと比べて、実験開始後1日目には、1.12倍、2日目には1.25倍(1.12 x 1.12)、3日目には1.4倍 (1.12 x 1.12 x 1.12)、4日目には1.6倍(1.12の4乗)のコロニー数を生じることになります。このペースで行くと2週間後には5倍程度の違いになります。
それでは、温度変化に対する生長速度の変化を酵素活性の変化で説明してみます。酵素活性(反応速度)は反応温度を10度上げると2〜3倍速くなりますので、それと同じように生長も促進されると仮定してみます。25度から30度と5度変化させたときは、その速度の差の5/10倍(1〜1.5)ではなく、5/10乗倍(1.4〜1.7)になります。例えば温度を10度上げて(瞬間的な)生長率が2倍、つまり5度上げて1.4倍になったと仮定してみます。計算は省きますが、この条件では、25度でのコロニー数が2.5日程度で2倍になる生長をする場合に、2週間で5倍程度の差を生じることが予想されます。また、10度上げて(瞬間的な)生長率が3倍になると仮定すると、25度でのコロニー数が4.5日程度で2倍になると予想されます。実験において、この程度の生長率(2倍になるのに2.5〜4.5日かかる)だった場合は、生長に関わる酵素活性の温度に依存した反応速度の一般的な違いとして、2週間で5倍程度の生長の差を解釈できます。実際にはどの程度の生長率だったでしょうか?また、コロニー数を培養時間に対してグラフ化する場合に、コロニー数の対数をとってプロットすると、生長率の違い・変動がわかりやすくなります。

(3)ウキクサを植え代えた直後の環境変化について
実験を始めるときに、三角フラスコに新しい培養液をいれて、そこに別のフラスコで育てていたウキクサを移植したのではないでしょうか。移植前のウキクサはどのような条件で育てましたか?移植前と移植後のウキクサの条件が異なっていると、新しい環境下で一時的に生長が抑制される場合があります。条件の違いとしては、ウキクサの密度や(移植前の)長期間培養による培養液の劣化などが考えられます。実験開始後の生長を正確に測定するには、移植前後の環境が変わらないようにする必要があります。

(4)花成の影響について
ウキクサもそうですが、植物の花成は温度の影響をうけます。花成が起こるとコロニーの生長が強く抑制されます。25度と30度の条件下で花成の程度に違いがある場合は、その生長への影響を考慮する必要があります。特に、(2)で想定した生長率(コロニーが2倍になるのに2.5〜4.5倍)と比較して、実験時の生長率が大きく異なる場合は、花成の影響が考えられます。

上記、(1)と(3)が『3日目以降の急激な増殖』の解釈方法で、(2)と(4)が温度の異なるときの5倍のコロニー数の差を生じた理由として考えられることを述べました。

小山 時隆(京都大学大学院・理学研究科)
JSPP広報委員長
長谷部 光泰
回答日:2012-12-18
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