一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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根の障害と温度

質問者:   会社員   ガーデナー
登録番号2803   登録日:2012-12-20
 園芸の世界ではよく「真夏の日中の水やりは根を傷める」や「真冬の観葉植物への水やりは「死に水」を与えることになる」と言われます。これは特に、生育限界の高温状態(30〜35℃位)にある亜寒帯〜冷温帯原産植物や生育限界の低温状態(5〜10℃位)にある熱帯〜亜熱帯原産植物の根の障害に対しての言葉だと思いますが、具体的な仕組みについては、私を含め園芸をしている者でも知らない人が多いと思います。
 低温や高温による植物の障害についてはこのコーナーでもいくつか回答がありましたが、「水を与える」ということによる障害促進の仕組みは分かりませんでした。
 これは単に細根が接している部分が液体か気体かによる温度の伝わり方の違い、(人間の感覚に例えるなら80℃のお湯とサウナの違い)によるものでしょうか。それとも限界温度状態での酸欠等が影響しているのでしょうか。
 ご教示いただければ幸いです。
ガーデナー様

 みんなのひろばへのご質問、有り難うございました。大変お待たせしてしまいましたが、ようやく回答をお送りする事ができるようになりました。遅れてしまったのは頂いたご質問がとても難しかったからです。まず、頂いたご質問の回答を根の生長についてのご研究を続けてこられた名古屋市立大学名誉教授の谷本英一先生にお願いいたしましたが、谷本先生お一人での回答は困難と云うことで、先生が所属しておられる根研究学会の方々に相談して下さり、その方々からのご意見を、以下の様にまとめて下さいました。お役に立つに違いないと思います。


【谷本先生からのご回答】

【回答・その1】まず、本コーナーの以前の質問(登録番号2735)とその回答をご参照下さい。回答に書かれていることが理由で、夏場の日中の水やりは傷害促進の原因になると思われます。加えて、以下のような考察をつけくわえます。

不適切な温度での給水の良否は、「ケースバイケース」で単純ではなさそうです。つまり、植物の種類、その植物の状態(地植えか鉢植えか、土壌の水はけ、通気など)、さらに、乾燥・渇水の程度によって、対応は異なります。農学部の作物学の研究者や、樹木医の方々の現場体験から寄せられた意見を参考にして、私(根の成長生理学専攻+家庭菜園の実践者)が以下のようにまとめてみました。

鉢植えやプランター植えのアサガオ・ゴーヤー(ニガウリ/ツルレイシ)などの場合、乾燥の程度により対応は異なります。根のある部分の土に指を差し込んでみて、乾燥している場合は、直ちに水をやり、根を湿らせる。給水後、水が溜まらないように撒水する必要がある。土壌がある程度湿っていて、根が干からびる心配がなければ、夕刻まで待ってから給水する。早朝に水をたっぷり与えた場合(鉢底やプランターの排水孔から水が流れ出す給水)でも、日中に萎れるほど、排水のよい(保水力の小さい)土壌では、日中でも給水する。

これに対して、鉢やプランターに水が溜まり、数分待ってもなかなか水が引かないような水はけの悪い土壌では、土壌の通気性も悪いので、日中の高温時に給水すると根が長時間水浸しになり、酸素欠乏に陥ります。また、鉢やプランターの設置場所によっては、撒水後も高温状態が続き、熱容量の大きい高温度の水が根に直接・長時間接触することになり、根が死んでしまうこともあります。

圃場や花壇でも、土壌が深く水はけが良い場合は、十分な撒水によって地表の温度が直接根に傷害を与えることは少ないようですが、土壌が浅く、排水が悪いと、高温の水に根が浸されることになります。夏の高温時期には呼吸が上昇しており、水浸しになると根が過度の酸素欠乏に陥り、致命的になることがあるようです。

以下、少し長くなりますが、作物学者、樹木医、生理学者(家庭菜園)の経験談を紹介します。

【回答・続き】登録番号2735 での回答のように、根からの水の供給と、葉の気孔からの水の蒸散および気孔以外からの水の蒸発(合わせて蒸発散という)とのバランスによって、葉が萎れるか否かが決まります。

アサガオをはじめ、畑のサツマイモや、カボチャなど、真夏に葉を展開して成長する植物は、晴天が続くと、多くの場合、日中は葉が萎れていますが、翌朝までには回復して葉を広げています。日中は葉からの蒸発散に根からの水の供給が追いつかず、萎れますが、夕刻から早朝にかけては、蒸発散が少なくなるため根から葉への給水が足りて葉が展開すると考えられます。つまり、給水と蒸発散のバランスによる訳です。前日に十分な降雨や撒水があり、根への給水が十分で、発達した根が機能していれば、翌日の日中に晴天となっても、根からの地上部への給水が活発なので萎れることはありません。我が家の菜園のサツマイモやカボチャは、毎夏、そのように挙動しますし、晴天が続き、萎れが激しい場合は日中にも撒水しますが、枯れたことはありません。

 高温で萎びているときに、水をやることの良否については、残念ながら一般的な回答としては「ケースバイケース」です。

水やりによって傷害が現れた場合の仕組みについては、質問文でも述べられているように、水は空気よりも熱容量が大きいので、地表で温められた高温の水に根が浸ってしまうと直接高温の傷害が起こり得ます。 また、高温の水は溶存酸素も少ないので、根が酸素欠乏に陥り、窒息死する場合があります。このような現象は、排水の悪い、浅い土壌で起こりやすいと考えられます。排水が良く、根が水浸しにならなければ、たとえ日中でも大量の(熱くない)水をかけてやれば、土壌温度も下がり、高温で酸欠になることも起こりにくいと考えられます。ただし、葉面だけに水がかかり、根の深部に水が行き届かない撒水方法では、前述の登録番号2735の回答のような現象が起こります。根が水浸しになり酸素欠乏に陥る可能性は、農学部の作物栽培の専門家からの指摘です。

一方、樹木の管理に携わっている樹木医さんからのコメントでは、アジサイの庭園管理の例で、朝夕に加えて、日中にも撒水するが、問題はないとのことです。ただし、亜熱帯地方でのアジサイの移植経験では、土壌の水はけが良い場合は問題なかったが、水はけの悪い土壌の場合は枯れたそうです。

また、屋上緑化での日中の撒水でも問題は起こっていないそうです。この場合も、土壌の水はけなど、良く管理された土に植えられた樹木であれば、酸素欠乏や高温障害が起こらないと考えられます。重要なことは、土と根が乾ききってしまうと致死的な傷害が起こりますから、たとえ、日中でも、一刻も早く給水する方が良いということです。ただし、水はけの悪い土壌では、酸素欠乏のリスクが伴います。

次は、関連すると思われる植物生理学的な考察です。

水浸しによる酸素欠乏の他に、高温に遭遇したときの動物・植物の反応として次のようなものがあります。

生物は高温にさらされると、「ヒートショックタンパク質群とよばれる数種類のタンパク質を合成して、それらが生命維持に重要な装置や分子の構造を安定化させることが知られています。その結果、通常の代謝活動や生理反応は抑制され、休止あるいは休眠状態に入ります。休眠はこの他にも植物ホルモン・アブシジン酸の蓄積などによって起こります。休眠によって、高温の時期をやり過ごし、生命維持をはかると考えられています。移動できない植物は特にこのような耐性機構が発達していて、多くの植物は不適当な高温期や低温期には活動を低下させます。このため、高温/低温/乾燥などにさらされた土壌中の根も様々な機能が抑制されると考えられます。生理的な活動が抑制されているときは、病原菌への抵抗機能も低下します。これは、我々の免疫機能が低下する現象とも共通性があります。近年の遺伝子発現解析では、根で働いている遺伝子の半分以上が病原菌への抵抗機能にかかわっていることが分かっています。したがって、生理機能の低下は、病原菌への抵抗力の低下を意味します。 紫外線が届かない土壌中には様々な病原菌が多数生存しています。この状態で、土壌が湿潤になると瞬く間に病原菌の繁殖が盛んとなり、活力を落とした根が感染を受けやすくなることが考えられます。

結局、日中の水やりに関しては、渇水の程度と土壌などの状況次第で、対応は異なり、極度な渇水の場合は、たとえ日中でも一刻も早く給水する必要があります。葉が萎れるだけでなく、土壌と根が乾燥してしまっている場合は、夕刻まで待つ余裕はありません。根は、接触している土壌が乾くと、短時間に干からびてしまいます。茎や葉には、クチクラ層(疎水性の皮膜)が水の蒸発を防ぎ、気孔を閉じれば蒸散は少なくなりますが、根にはクチクラ層がなく、水が自由に透過しますから、空気中に置くとすぐに干からびて縮れてしまいます。このことは、細根の付いたモヤシを空気中に放置すると、茎が萎びる前に根が縮れてしまうことで分かります。

低温の場合、 地上部地下部を問わず、水の凍結は致命的です。耐寒性の強い植物は、凍結しないように、ショ糖やソルビトールなどの耐凍結性物質を蓄積して凍結を防ぐ能力があります。しかし、地表に近い部分の土壌は凍結しやすいので、根や茎が水浸しになると、細胞の外側は浸透圧調節されていないため水が凍結し、組織が損傷を受けることがあり、地際部分が腐ってしまいます。また、高温の場合ほどではないが、水浸しの根は酸素不足に陥ります。

さらに、低温では、植物体の生理活性(代謝反応の速度など)が低下しており、様々な抗菌反応も低下しています。そこに、土壌が水浸しになって病原菌などの発生が助長されると、根が冒されやすくなります。サボテンなどの多肉植物では、冬の休眠期に給水すると腐敗してしまいますので特に注意が必要です。

以上、高温・低温障害と水やり方法に関する考察と知見を紹介しました。

谷本 英一(名古屋市立大学名誉教授)
JSPPサイエンスアドバイザー
柴岡 弘郎
回答日:2013-01-21
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