質問者:
教員
YW
登録番号2825
登録日:2013-02-19
新しく教科書に出てきたブラシノステロイドについて勉強をしています。みんなのひろば
ブラシノステロイドと花粉
花粉から発見されたとのことですが、なぜ、花粉に目を付けたのでしょうか?
色々調べてみましたが、わかりません。
きっかけを教えてただけないでしょうか。
YW様
質問コーナーへようこそ。歓迎いたします。最近の高校生物の教科書ではやっとブラシノステロイドにも触れられているのですね。大変結構なことです。高校の教科書に新しい事柄を加えるのはなかな難しいことですし、先生方も大変だろうとおもいます。しかし、生物学は自然科学の中でももっとも進展の早い分野ですから、どんどん新しい発見や情報を生徒さんに伝えていただけるといいですね。
ブラシノステロイドのことは既に調べておいでのようなので、ある程度の発見の歴史的経緯は御存知かと思います。重複するかもしれませんが、ここでも一応その歴史を辿ってみることにします。植物ホルモン(一般に天然植物生長調節物質)は、何かの形態的、生理的などの現象があり、その原因となっている、あるいはそれに関係しているホルモンのような物質があるはずだという前提で、その物質の探索がおこなわれた結果発見されたものです。ブラシノライドが発見される前は、オーキシン、ジベレリン、サイトカイニン、アブシシン酸、エチレンの5種類が植物ホルモンとして認められていました。いずれも、植物の示す現象からたどりついたものです。その発見の簡単な歴史は教科書あるいは教師用マニュアルにも記述されているかもしれません。その後、ブラシノステロイド、ジャスモン酸、ストリゴラクトンや各種のペプチドホルモンが植物ホルモンとして加えられました。最初のブラシノステロイドが化学的に同定された当時(1979年)は微量天然化合物の単離・精製・同定は、まだ、とても大変な作業でした。しかし、これらの作業に必要とされる技術の進歩は目覚ましく、いまでは微量の材料から超微量の物質を取り出すこともできるようになったため、新しいタイプの調節物質の発見が続いています。
さて、ブラシノステロイドのことに戻りましょう。発端は1940年〜50年頃まで遡ります。米国農務省(USDA)研究所にいたミッチェル博士(J.W.Mitchell)は、盛んな成長力を持ちうる植物組織にはそれに関わる特異的な植物ホルモンあるいは成長調節物質が存在するに違いないと考え、その探索を花粉と未熟種子を材料にして始めました。(本当はここまでで、回答を満たしているとおもいますが、更に話をつづけます。授業の資料になれば幸いです。)そのような物質の抽出・分離の過程で大切なことは、どの抽出分画にその物質が入っているかを確認することです。ミッチェルはある種の生物検定法(バイオアッセイ:下記参照*)を案出し、それによって物質の存在をモニターしました。
*生物検定法はそれぞれのホルモンについて考案され、利用されてきました。たとえば、オーキシンはオートムギ(アベナ)幼葉鞘の屈曲、幼葉鞘や黄化(もやし)エンドウの茎切片の伸長、ジベレリンはジベレリン欠損突然変異体イネ(短銀坊主,矮稲Cなど)の葉鞘伸長などです。ミッチェルはブラシノステロイドの検出のために、特にインゲンの上胚軸(茎)の切片の伸長促進などの形態変化を指標にしました。
その結果、ミッチェルと共同研究者はセイヨウアブラナ(Brassica napus L.)(実際にはいろいろな花粉を試したようですが、後述するようにセイヨウアブラナが主材料となりました。) の花粉のエチルエーテル抽出物中に生理的に活性な物質があることを見つけ「ブラッシン(Brassins)」 と名付けました(1970年)。勿論この時はまだ、その本体は不明でした。その後、ブラッシンの同定が試みられ、それはいく種類かの脂肪酸とそのグルコシルエステル(脂肪酸グルコースエステル)の混合物であることが判明しました。更に精製を加えていくと、生理活性はなくなって行くことがわかったのです。そこで結論として、ブラッシンの本体は脂肪酸グルコースエステルとは関係がなく、おそらく超微量であるために、抽出物の分画精製の過程で失われてしまったのだろうということでした。そこで、大規模な抽出計画が策定されたのです。そのためには大量のセイヨウアブラナの花粉が必要です。そこで、ミツバチが集めたセイヨウアブラナの花粉を自然食品に用いているカナダのある会社から調達することになりました。御存知のようにうカナダでは菜種油(キャノーラオイル)の生産のために大規模なセイヨウアブラナの栽培が行われています。USDAの研究グループは最初227kgの花粉から出発して、抽出・分離・精製を繰り返し,最終的に約40kgの花粉から約4mg(227kgから23mgに相当する)の結晶を得ることができました。つまり、本体の含有量は1千万分の1重量ということですから、やはり、きわめて微量だったのです。動物も含めて生体のホルモンなどの生理活性物質は超微量なことが一般的です。この結晶は分析の結果新しい物質であることが判明しました。しかも、ステロイド化合物だったのです。植物ではそれまでに、生理活性をもつステロイド化合物は見つかっていませんでした。研究を進めたグローブ(M.D.Grove)らはこの物質を「ブラシノライド(Brassinolide)] 命名しました。その後、ブラシノライド及び関連化合物の合成、ブラシノライド関連ステロイド化合物が各種の植物から続々と単離され、これ等をまとめてブラシノステロイドと呼んでいます。ブラシノライドの生合成経路も解明されました。これらの研究は主として日本で行われました。なお、ブラシノステロイドが植物ホルモンであると断言するには、それが植物の成長などに必要だということが証明されねばなりません。その内に、エンドウのある種の矮性がブラシノステロイドを与えると正常成長を回復出来ることが明らかにされました。調べてみると、この矮性突然変異体はブラシノライド合成系に異常があるため、自身で必要量のブラシノライドを生産出来ないため矮性になっていることが分かりました。つまり、ブラシノステロイドはジベレリンと同じように、植物の伸長成長に必要なホルモンであることが証明されたのです。この研究も日本でなされました。ブラシノステロイドは他にもいろいろな作用をもっていますが、それについては御存知だと思い,ここでは触れないことにします。。
質問コーナーへようこそ。歓迎いたします。最近の高校生物の教科書ではやっとブラシノステロイドにも触れられているのですね。大変結構なことです。高校の教科書に新しい事柄を加えるのはなかな難しいことですし、先生方も大変だろうとおもいます。しかし、生物学は自然科学の中でももっとも進展の早い分野ですから、どんどん新しい発見や情報を生徒さんに伝えていただけるといいですね。
ブラシノステロイドのことは既に調べておいでのようなので、ある程度の発見の歴史的経緯は御存知かと思います。重複するかもしれませんが、ここでも一応その歴史を辿ってみることにします。植物ホルモン(一般に天然植物生長調節物質)は、何かの形態的、生理的などの現象があり、その原因となっている、あるいはそれに関係しているホルモンのような物質があるはずだという前提で、その物質の探索がおこなわれた結果発見されたものです。ブラシノライドが発見される前は、オーキシン、ジベレリン、サイトカイニン、アブシシン酸、エチレンの5種類が植物ホルモンとして認められていました。いずれも、植物の示す現象からたどりついたものです。その発見の簡単な歴史は教科書あるいは教師用マニュアルにも記述されているかもしれません。その後、ブラシノステロイド、ジャスモン酸、ストリゴラクトンや各種のペプチドホルモンが植物ホルモンとして加えられました。最初のブラシノステロイドが化学的に同定された当時(1979年)は微量天然化合物の単離・精製・同定は、まだ、とても大変な作業でした。しかし、これらの作業に必要とされる技術の進歩は目覚ましく、いまでは微量の材料から超微量の物質を取り出すこともできるようになったため、新しいタイプの調節物質の発見が続いています。
さて、ブラシノステロイドのことに戻りましょう。発端は1940年〜50年頃まで遡ります。米国農務省(USDA)研究所にいたミッチェル博士(J.W.Mitchell)は、盛んな成長力を持ちうる植物組織にはそれに関わる特異的な植物ホルモンあるいは成長調節物質が存在するに違いないと考え、その探索を花粉と未熟種子を材料にして始めました。(本当はここまでで、回答を満たしているとおもいますが、更に話をつづけます。授業の資料になれば幸いです。)そのような物質の抽出・分離の過程で大切なことは、どの抽出分画にその物質が入っているかを確認することです。ミッチェルはある種の生物検定法(バイオアッセイ:下記参照*)を案出し、それによって物質の存在をモニターしました。
*生物検定法はそれぞれのホルモンについて考案され、利用されてきました。たとえば、オーキシンはオートムギ(アベナ)幼葉鞘の屈曲、幼葉鞘や黄化(もやし)エンドウの茎切片の伸長、ジベレリンはジベレリン欠損突然変異体イネ(短銀坊主,矮稲Cなど)の葉鞘伸長などです。ミッチェルはブラシノステロイドの検出のために、特にインゲンの上胚軸(茎)の切片の伸長促進などの形態変化を指標にしました。
その結果、ミッチェルと共同研究者はセイヨウアブラナ(Brassica napus L.)(実際にはいろいろな花粉を試したようですが、後述するようにセイヨウアブラナが主材料となりました。) の花粉のエチルエーテル抽出物中に生理的に活性な物質があることを見つけ「ブラッシン(Brassins)」 と名付けました(1970年)。勿論この時はまだ、その本体は不明でした。その後、ブラッシンの同定が試みられ、それはいく種類かの脂肪酸とそのグルコシルエステル(脂肪酸グルコースエステル)の混合物であることが判明しました。更に精製を加えていくと、生理活性はなくなって行くことがわかったのです。そこで結論として、ブラッシンの本体は脂肪酸グルコースエステルとは関係がなく、おそらく超微量であるために、抽出物の分画精製の過程で失われてしまったのだろうということでした。そこで、大規模な抽出計画が策定されたのです。そのためには大量のセイヨウアブラナの花粉が必要です。そこで、ミツバチが集めたセイヨウアブラナの花粉を自然食品に用いているカナダのある会社から調達することになりました。御存知のようにうカナダでは菜種油(キャノーラオイル)の生産のために大規模なセイヨウアブラナの栽培が行われています。USDAの研究グループは最初227kgの花粉から出発して、抽出・分離・精製を繰り返し,最終的に約40kgの花粉から約4mg(227kgから23mgに相当する)の結晶を得ることができました。つまり、本体の含有量は1千万分の1重量ということですから、やはり、きわめて微量だったのです。動物も含めて生体のホルモンなどの生理活性物質は超微量なことが一般的です。この結晶は分析の結果新しい物質であることが判明しました。しかも、ステロイド化合物だったのです。植物ではそれまでに、生理活性をもつステロイド化合物は見つかっていませんでした。研究を進めたグローブ(M.D.Grove)らはこの物質を「ブラシノライド(Brassinolide)] 命名しました。その後、ブラシノライド及び関連化合物の合成、ブラシノライド関連ステロイド化合物が各種の植物から続々と単離され、これ等をまとめてブラシノステロイドと呼んでいます。ブラシノライドの生合成経路も解明されました。これらの研究は主として日本で行われました。なお、ブラシノステロイドが植物ホルモンであると断言するには、それが植物の成長などに必要だということが証明されねばなりません。その内に、エンドウのある種の矮性がブラシノステロイドを与えると正常成長を回復出来ることが明らかにされました。調べてみると、この矮性突然変異体はブラシノライド合成系に異常があるため、自身で必要量のブラシノライドを生産出来ないため矮性になっていることが分かりました。つまり、ブラシノステロイドはジベレリンと同じように、植物の伸長成長に必要なホルモンであることが証明されたのです。この研究も日本でなされました。ブラシノステロイドは他にもいろいろな作用をもっていますが、それについては御存知だと思い,ここでは触れないことにします。。
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2013-02-27
勝見 允行
回答日:2013-02-27