一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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脂肪酸の炭素数の長さは陸上生物か水中生物かで決まるでしょうか?

質問者:   一般   でくの坊
登録番号3036   登録日:2014-03-17
例えば五訂の脂肪酸組成表をザックリと見ますと、陸上動物、陸上植物と水中植物、魚類でその脂肪酸の長さと不飽和の数が大きく別れて分類されますが、これは生物としての呼吸方法の違いによってもたらされているものでしょうか。或はもっとほかの原因に由来しているものでしょうか?

もちろんそのために、それぞれの長い進化の過程でそのような脂肪酸代謝酵素を獲得したことによるものかと思いますが、どのような原理でこのような違いが出来て来たと、言えるのでしょうか。

大変不思議で、是非ともお教え戴きたいと思います。
でくの坊様

ご質問どうも有難うございます。
植物の脂肪酸を御研究されている埼玉大学大学院理工学研究科生命科学部・西田生郎先生に御回答頂きました。


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脂肪酸は生物の体を作る細胞の細胞膜やオルガネラ膜に由来します。細胞膜やオルガネラ膜は総称で生体膜と呼びますので以下、生体膜という用語を使います。

生体膜は、グリセリン(炭素数3で水酸基を3つもっている化合物)の水酸基に脂肪酸を2つ結合し、残りの一つに極性基(水に溶けやすいリン酸や糖の化合物)を結合した極性脂質という分子からできています。生体膜はおおよそ7〜10 nmの厚さががありますが、その厚さを決めているのが極性脂質に結合した脂肪酸の長さです。たいていは、炭素数が16か18です。したがって、脂肪酸の多くは炭層数がC16かC18です。

動物や藻類、植物には炭素鎖長がC20を超える脂肪酸があり、例えば、EPA,DHAと呼ばれる脂肪酸はそれぞれ炭素数がC20およびC22です。しかし、これらの脂肪酸はシス二重結合をそれぞれ5つおよび6つもっているので、分子の形は直線にならず、巻き込むような形になるので、C18の生体膜にもきちんとおさまります。シス二重結合は、脂肪酸合成の途中で導入される場合もありますが、脂肪酸不飽和化酵素(デサチュラーゼ)のはたらきによります。生物による脂肪酸の種類に違いは、呼吸とは関係ありません。

生体膜には、一部、特に長い脂肪酸を結合した脂質が固まって集合する場所があり、脂質ラフトと呼ばれています。これらは、長い脂肪酸がお互いに結合して、他の部分とは異なる集合体を形成すると考えられます。また、ワックスと呼ばれる物質は、炭素鎖がC30ぐらいの脂肪酸から合成されます。

脂肪酸の長さを決めるしくみは2つあります。脂肪酸は脂肪酸合成酵素に結合したアシルキャリアータンパク質に結合して鎖長が伸長します。これをアシルACPと呼びます。(脂肪酸合成酵素自身がACPドメインをもつものもあります)。脂肪酸合成酵素による脂肪酸の鎖長伸長を止めるためには、1)アシル-ACPを脂肪酸合成酵素から奪い取って遊離脂肪酸に加水分解する、あるいは、2)アシル-ACPをアシルトランスフェラーゼという酵素に渡して、グリセロール骨格に結合させる必要があります。1)の反応を触媒する酵素は、アシル-ACPハイドロラーゼあるいはアシルACPチオエステラーゼと呼ばれており、これらの酵素がどの長さのアシルーACPを好むかによって脂肪酸の長さが決まります。

脂肪酸合成の最初の反応は、アセチルCoA(C2)とマロニルCoA(C3)が反応して、炭層数2つ分を伸長します。C2+C3=C5ですが、C1分炭酸ガスとして失われます。その後、C4→C6→C8→・・・というように、炭層数が2つずつ増えてゆきます。したがって、天然の脂肪酸には偶数鎖のものが主となるわけです。


脂肪酸を合成する酵素群ですが、C2→C18までを合成する酵素と、C18→C20→C22→・・・と伸長する酵素があります。前者は水溶性であるのに対し、後者は膜に埋め込まれているので容易に溶かし出せない酵素です。

西田生郎(埼玉大学大学院理工学研究科生命科学部門)
JSPP広報委員長
松永幸大
回答日:2014-03-25