一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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細胞壁について

質問者:   高校生   カフカ
登録番号3072   登録日:2014-06-03
高校の授業で、共生説を習いました。そのときに疑問に思い、分からなかった点を先生に尋ねたところ、この学会に聞けば分かると言われました。
少々専門から外れるかもしれませんが、できる限りで良いので答えてください。

 
 さて、マーグリスの唱えた共生説によれば、まず初めに、嫌気性原核細胞が膜陥入を起こし、核膜を持って嫌気性真核細胞になり、そこにミトコンドリアの起源である好気性細菌が取り込まれて、好気性真核細胞になります。そして動物細胞はそのまま、植物細胞は葉緑体の起源であるシアノバクテリアを取り込みます。

 そこで僕が疑問に思ったのは、「細胞壁」についてです。原核細胞は細胞壁を持っています。それが真核細胞になり、好気性を持ち、植物細胞、もしくは動物細胞になる過程で、原核細胞の細胞壁はどうなったのでしょうか?
 原核細胞と真核細胞の細胞壁の構造には違いがあります。そのために、何らかの段階で、細胞壁の構造に変化が生じると思うのですが、それは原核細胞が真核細胞になる時点でしょうか?それとも、真核細胞がシアノバクテリアを取り込んで植物細胞になる際のことでしょうか?
 さらに、こうも考えられると思います。原核細胞の細胞壁は、何らかの段階で消滅し、植物細胞になる際に、新しく細胞壁が作られたのではないでしょうか?
 要するに、僕が知りたいのは、「原核細胞の細胞壁は、いつ、変化または消滅、再構築され、植物細胞の細胞壁に至ったのか」ということです。
 僕の勝手な仮説を入れてしまい、かえって質問の趣旨からずれてしまったかもしれませんが、よろしくお願いします。
カフカ様

ご質問どうも有り難うございます。
細胞壁を研究されている西谷和彦先生(東北大学大学院生命科学研究科)に
御回答頂きました。


高校生とは思えないほどに鋭く本質を突いたものですね。感心しました。しかも,その疑問を解くために自身で考えられた2つの仮説は,共に非常に合理的ですね。以下,仮説に沿って,お答えします。

20億年の植物進化の過程を遡ってその過程を観察することは,残念ながら出来ないので,現存するシアノバクテリアと植物細胞について,それらの細胞壁を比較し,同時に植物細胞中の葉緑体に細胞壁があるか無いかを見ることから始めましょう。

その前に,細胞内共生説を少し補足しておきます。シアノバクテリアが真核細胞に取り込まれて出来た植物を一次植物といいます。現存する一次植物は,緑色植物,灰色植物,紅色植物の三系統に分かれます。緑色植物はすべての陸上植物を含む植物集団で私たちには最も馴染みの深いものです。一方,灰色植物,紅色植物は陸上に上がることの無かった植物群です。

先ず,これらの生物の細胞壁から見ていきましょう。シアノバクテリアの細胞壁の特徴はペプチドグリカンと呼ばれる高分子の層を持つことです。ペプチドグリカンはアミノ糖(窒素原子を含んだ糖類)とアミノ酸からなる高分子化合物で,真正細菌に共通の細胞壁成分です。一方,一次植物の細胞壁はペプチドグリカンを含みません。また,緑色植物や紅色植物の葉緑体にはシアノバクテリアの様な細胞壁構造はありません。したがって,シアノバクテリアが一次共生により真核細胞に取り込まれた後,その細胞壁は消失し,一次植物自身はペプチドグリカンを含まない独自の細胞壁を創り上げたことになります。特に陸上に進出した緑色植物の細胞壁はセルロースやペクチン,ヘミセルロースなどが主要成分で,いずれもアミノ糖を全く含まないのが特徴です。

それでは,シアノバクテリアの細胞壁は,どのような経緯で真核細胞の中で消失したのでしょうか。実は,全て消失したわけではないのです。その事実は,マーグリスが細胞内共生説を提唱した1967年よりも半世紀近く前にすでに知られていました。1924年に,ロシアのコルシコフ(A.A. Korshikoff) が,シアノバクテリアに似た細胞内小器官を持つ灰色植物を発見し,Cyanophora paradoxaと命名していたのです。この細胞内小器官はその後,葉緑体であることが明らかにされました。したがって,この灰色植物では一次共生によって真核細胞内に取り込まれたシアノバクテリアの細胞壁が20億年の間消失せず,今に至っていることになります。生きた化石と言ってよいでしょう。

一方,緑色植物や紅色植物では,葉緑体膜にはペプチドグリカンが無いことから,先ほど言った通り,すでに消失したことになります。しかし,緑色植物であるシロイヌナズナやヒメツリガネゴケなどのゲノムを調べると,ペプチドグリカンの合成に関わる遺伝子が存在することが分かってきました。2006年に熊本大学の高野博嘉教授らが,ヒメツリガネゴケでは,ペプチドグリカン合成に関わる遺伝子が葉緑体の分裂に必須の働きをしていることを明らかにしています。したがって,緑色植物である陸上植物は,陸上進出に際して,細胞壁を刷新し,葉緑体もペプチドグリカンを含まないのですが,それでもなお,葉緑体は,先祖のシアノバクテリアの細胞壁の名残をどこかに留めているということになります。

結論としては,緑色植物では岡部君が考えた通りで,原核細胞の細胞壁は、何らかの段階で消滅し、植物細胞になる際に、新しく細胞壁が作られました。一方,生きた化石の灰色植物では,葉緑体の膜の中に,今もシアノバクテリアの名残の細胞壁が残っているということになります。

下記の先生方の研究室ホームページも参考になりますので見てください。
東京大学の河野重行教授・研究室HP
http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/pls/

熊本大学の高野博嘉教授・研究室HP 
http://www.sci.kumamoto-u.ac.jp/~takano/takano/

西谷和彦(東北大学大学院生命科学研究科)
JSPP広報委員
出村拓
回答日:2014-06-26