一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物カルスの色について(色の違いと再分化能の関係)

質問者:   大学生   長谷川 望
登録番号3082   登録日:2014-06-20
大学で植物細胞について専攻しています。そこで、実験をする中で、以下の3点に疑問を感じました。
1.カルスが色づく理由
 実験で、カルス(葉片培養)に様々な色が現れます。例えば、スミレ葉片をオーキシン(NAA)+サイトカイニン(ZEATIN)培地で培養すると、葉は緑ですが紫色のカルスが誘導されました。他植物でも培養したところ、カラーバリエーションは茶・緑・白・半透明・透明・黄色(クリーム色、ECではない)・紫(濃淡)などでした。そもそも、なぜカルスが色づくのでしょうか。

2.カルスのそれぞれの色について
 色が、白・透明などの無色系、緑・紫などの有色系に、再分化に関する違いはありますか?実験では、緑カルスで不定芽が目立ち、透明などの無色系は反応がなかったように思われます。ガラス質化は色に関係なく起こりました。
 色の違いと再分化に関して、ぜひ教えてください。

3.カルスの形態について
 濡れたような艶感のやわらかいカルス(触るとシャリシャリ)、乾いた固いカルス(触るとポロポロばらける)が観察されました。前者の表面は滑らかで、水飴のように凹凸が曖昧でした。後者の表面は凹凸がはっきりしており、艶はありませんでした。これらの違いがなぜ生まれ、何を意味しているのか、疑問に思いました。

インターネットやグーグルスカラーで検索したり、研究室の先生に聞いたりしましたが、疑問は解消されず、納得のいく答えは得られませんでした。実験で使うカルスのことについて、もっと詳しく知りたいと思い、「みんなのひろば」に質問を寄せました。
過去の質問の回答でカルスについて詳しく解説していたものがありました。その回答を見て、「みんなのひろば」なら解決できると考えました。上記の質問に、ぜひ詳しくご回答いただければと思っています。答えられる範囲で結構ですので、よろしくお願いいたします。
長谷川 望 様

ご質問どうも有難うございました。
カルスを研究されている小関良宏先生に御回答頂きました。


大学で実際に植物からカルスを誘導して培養されているのですね。私自身、経験を積んで植物を見る目を養うために、「趣味の園芸」ならぬ「趣味の組織培養」をやっていた時期があり、その時は、毎月、今月は何科の植物、次の月は別の科の植物、というように様々な植物種を培養してみました。その経験からお話ししますと、ハッキリ言って、植物種の違いのみならず、同じ植物種であっても品種の違い、同じ植物個体でも、どのぐらいの成長時期にどの組織から切片を切り出すか、さらには培地の基本組成の違い、植物成長調節物質の質と量比の違い、さらに光照射下で培養するか暗所下で培養するかによって、全く異なった反応を示し、絶対にこれだ、という共通理論のようなものはない、というのが率直な感想です。確かに高校の教科書にも載っているタバコからの器官分化はオーキシンとサイトカイニンの量比が決定しているという傾向は多くの植物種で見られますが、すべてがこれに従うものではないというのが論文としては発表しておりませんが、私の経験からの結論になります。

 まず植物細胞の全能性について観察する時、どのような現象を見ているのか、2 つに区別する必要があると思います。これは 1 個の培養細胞(カルス)から不定胚形成(すなわち 1 個の細胞が受精胚と同様に茎および根を同時に再生していく)を行なって元の植物体を再分化する現象を見ているのか、それとも不定芽を分化させ、次にこの不定芽から発根培地に移植することで根を分化させるという 2 段階の現象を見ているのかを区別する必要があります。今回のご質問は後者の現象についてのご質問ですので、こちらに絞ってお話しさせていただきます。
 
 さらにカルスの色、というご質問なのですが、植物が合成する色素は 4 大色素と言われるクロロフィル、カロテノイド、アントシアニン、ベタレインによります。クロロフィルは緑色、カロテノイドは黄色から赤橙色、アントシアニンはオレンジ色〜紅色〜紫色〜青色、ベタレインは赤色と黄色を発色します。まず、特にこれら植物色素はクロロフィルとカロテノイドの一部を除いて二次代謝産物と呼ばれています(カロテノイドは光合成に必要とされる分子があり、これ以外のトマトの実の赤色やニンジンの根の橙色が二次代謝産物になります)。実は、植物がカルス化して無限増殖するようになると二次代謝産物の合成能は消失するというのが一般的です。植物の二次代謝産物の中には人にとって有用な化合物(生薬成分など)があるため、このような化合物をカルスで生産させようとする試みが 1970 年代後半から世界中で盛んに行なわれました。しかし、多くの試みは失敗に終わりました。植物細胞が脱分化して盛んに無限増殖を始めると、多くの培養細胞において、二次代謝産物の合成能は低下、消失します。ほとんどの植物において、二次代謝産物の合成系は分化した特定の組織・器官でのみ発現するのが一般的です。たとえば「花はなぜ赤い?」という質問に対して、答えは「それは花だから」です。すなわち花弁に分化した細胞において開花という特定の時期に伴って赤色色素を合成する酵素群が発現するから赤い花が緑色の植物体に咲きます。このことからわかりますように、脱分化状態にある多くの植物種のカルスにおいて、二次代謝合成系の発現は抑制されるため、白色から黄色の二次代謝産物としての色素のないカルスとなります。これは上記の 4 大色素はアルコールもしくはアセトンなどの有機溶媒で抽出されますので、植物の組織をこれら有機溶媒で抽出した後の透明・白色・黄色が脱分化した状態のカルスの色と同じとお考えください。

 ただし、この脱分化状態の細胞として非常に増殖が早くなるのは培養を開始してからの継代培養の継代数が重要なポイントとなります。今回のご質問 1. にあるスミレ葉片からのカルス誘導における紫色(アントシアニン)の合成は初代培養において見られた現象であると思います。このカルスをとって植え継いでいくと、光照射培養条件下では薄い緑色〜黄色のカルスとなっていくと想像されます。暗所培養条件下では白色か黄色カルスになると想像されます。光照射培養条件下では若干ながらもクロロフィル合成をするカルスを生じる植物種が多く、暗所培養条件下ではそれが起こらないため、前述のように有機溶媒で脱色されたような状態の白・半透明・透明・黄色となります。また光照射条件下でもカルスとなって培地中のショ糖を炭素源として盛んに細胞分裂して増殖を繰り返すようになると、クロロフィル合成も低下・消失する植物種も多く見受けられます。さらに緑色をしていても、ショ糖を含む培地で生育しているカルスや不定芽のほとんどは、光合成能力は著しく低下し、光合成によって固定した炭素源を利用して生長しているのではなく、培地中のショ糖を炭素源として利用して生長しています。また、光合成で生きている植物なのだから、光を与えずに暗所培養をするというのは、ちょっとおかしいと思われるかもしれませんが、細胞分裂のスピード(カルスの生育)において、実は光が阻害的に働くことがあり、私どもは光照射をして育てる明培養室と光を照射しない暗培養室を持っていて、実験の目的やカルスの生育状態に適した培養室で培養しています。
 
 さらにどのような品種のスミレの葉を初代培養の切片として用いられたのかがポイントになります。用いられた品種が、たとえば茎が紫色をしている(アントシアニンを合成蓄積している)ものであれば、特に初代培養において最初に出てくるカルスは完全に脱分化したものではなく、どうも茎の表皮細胞という形態的秩序を持った分化した細胞ではなくなっているのに、中途半端に個々の細胞において茎の細胞で発現している遺伝子群がこのようなカルスにおいて発現した状態になっていることがあるようです。私はこのような現象も含め、細胞がたとえば茎という形をなした形態的分化をしない状態であっても、培養条件によっては個々の細胞が秩序だった形態をなしていないが、分化に伴って発現する二次代謝系の遺伝子が発現することによって「代謝的分化」が不定形の培養細胞で生じるということを示してきました。茎が紫色をしていないスミレの品種の葉切片からカルス誘導をしたら、二次代謝系(アントシアニン合成系)が分化状態で発現しない品種であるために、初代培養で得られたカルスにおいては二次代謝系の分化が発現せず、無色もしくは緑色のカルスが得られるのかもしれません。これについては、あくまでも私の想像であり、最初の作業仮説の状態です。これが正しいかどうかは実際に実験して実証するしかありません。ぜひ科学的に実証すべく、実験されてみてください。その結果として私のこの作業仮説は間違っていることが立証されるかもしれませんが、その時は、その仮説は棄却して、科学的事実の下に、新たなメカニズムを考えて、それを実証していくようにしてください。
 
 さて上記のことからご質問の「2.カルスのそれぞれの色について」についての答えが出てきていると思います。有色ということはカルスが代謝的分化とともに形態的分化状態を維持している状態であろうと推定することができます。従って、有色カルスからの方が不定芽は出やすい傾向にあり、無色の脱分化が進んだカルスからは不定芽分化は起こりにくくなっていると言えるかと思います。ガラス質化については、私は理論的なメカニズムについてはわからないのですが、少なくとも経験上では、有色であろうがなかろうが、すなわち分化的能力を持っていた細胞であろうがなかろうが、何らかの原因で細胞内の代謝が狂ってしまって、一見、不定芽のような形態になっても、その狂いによって、それ以上の細胞分裂できなくなってしまい、形は保っていても、成長しない状態になっていくように観察していました。
 
 最後の「3.カルスの形態について」は難しい質問です。私が行なっている研究では、寒天やゲルライトのような固形剤を含む固体培地で生育させているカルスでは細胞分裂速度が遅い(1 年間にできる実験の回数が少なくなってしまう)ので、何とかして細胞分裂速度、すなわち増殖速度の速い液体懸濁培養細胞系にしようと努力することが多いです。この時、たとえばニンジン液体懸濁培養細胞の確立ですと、ニンジンを暗所下で無菌発芽させたモヤシのように白い下胚軸を固体培地に置床してカルスを得てから液体培地に入れて液体懸濁培養細胞系を確立するのではなく、モヤシのようになったニンジン下胚軸の切片を、直接、液体培地に入れて、暗培養室でカルスを経由することなく、液体懸濁細胞系を確立することを行なっています。これはすべての植物種でうまくいくとは限りません。さまざまな植物種のカルスと液体培養細胞系を確立したのですが、やはり最初は固体培地上で、カルスを誘導した方が成功率は高く、得られたカルスについて、最初は固めのカルスであっても、ヘンな言い方ですが、騙し騙し、固形剤の濃度を徐々に下げた水気の多い柔らかい固体培地に継代していって、柔らかいカルスにして、最終的に液体培地に入れて液体懸濁培養細胞系の確立にもっていくということをした経験があります。しかし植物種によっては「騙されず」、いくら水気の多い柔らかい固体培地に植え継ついでも柔らかくならなかったことは多々あります。これまでに私が起こした培養細胞で一番固かったのはクララの葉から誘導したカルスで、これは増殖が非常に遅く、とにかくカルスとしては育ってくれたのですが、これを植え継ぐ時には、そのカルスをメスで思いっきり力を入れて切って、小さくしてから新しい培地に移植する、という状態でした。このクララの固いカルスを直接、液体培地に入れて震盪すると、ゴロゴロと固いまま液体の中を転がるだけで、液体懸濁培養細胞系になるどころか、死んでしまいました。
 
 ご質問にある「濡れたような艶感のやわらかいカルス(触るとシャリシャリ)、乾いた固いカルス(触るとポロポロばらける)」の違いですが、これは細胞壁の構成成分の違い、特にそれら成分の糖の重合度が一番大きく寄与していると思います。濡れたようなカルスや液体懸濁培養細胞においては細胞壁のセルロースやヘミセルロースの重合が進んでおらず、緩衝液に溶解しやすい状態であり、このような細胞から DNA や RNA を抽出しようとすると、抽出時にこのような重合度の低い細胞壁成分が DNA や RNA とともに溶け出してきて、これらが分子生物学的な実験における酵素の活性を阻害することがあります。DNA や RNA も見方によっては、(デオキシ)リボースという糖がフォスフォジエステル結合で結合した「多糖類」であるため、重合度の低い多糖類が存在すると、DNA や RNA とともに抽出されてくるようです。一方で、乾いたポロポロばらけるカルスにおいては、おそらく細胞壁の構成成分がしっかりと長い分子として重合しているため、さらにはクララのような非常に固いカルスにおいては、リグニンの蓄積が進行していて、さらに固くなるとともに、黒っぽいカルスとなっていると考えられます。またニンジンにおいて「触るとポロポロばらける」カルスを得たことがあるのですが、これは実は培養変異が起こっていて、不定胚形成を途中まで起こしたものの集まりで、この途中まで不定胚となったものがポロポロとばらけてきたカルスを見たことがあります。このようなことがあるので、肉眼だけでなく、実体顕微鏡で細部まで見てみる必要があると思います。肉眼だけで観察していると重要なことを見落とすことがあります。ぜひ顕微鏡による観察も並行して行なうようにしてください。

小関良宏(東京農工大学大学院工学研究院生命機能科学部門)
JSPP広報委員長
松永幸大
回答日:2014-07-08
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