一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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お米のアミロース含量

質問者:   一般   食育講師ボランティア
登録番号3084   登録日:2014-06-23
子供の学校で食育についてボランティアをしています。その過程でどんなに調べても分からないことが有り、質問させて頂きました。よろしくお願いします。
 お米のアミロース含量がもちもち感を決定してるということが分かりました。コシヒカリのようなお米とタイ米のようなお米の差はアミロースの量の違いで起こり、それは合成する遺伝子の違いによると書かれています。このことは説明しやすいですし、理解しやすいと思います。
 一方で、同じコシヒカリを違う場所で栽培すると、もちもち感も異なるとあります。この理由はどのように説明すればいいのでしょうか。同じコシヒカリなので遺伝子に違いはないと思いますし。かりにアミロースの違いを決める遺伝子の量の違いと考えてみると、どんなに悪い環境でもコシヒカリはタイ米のようにはなりませんので、分からなくなります。よろしくお願いします。
食育講師様

ご質問どうも有り難うございました。
イネを研究されている東京大学大学院理学系研究科の平野博之先生に御回答頂きました。


-- 一般的回答 --

 私たち日本人は,お米を炊飯してそのまま食べます.したがって,炊飯時のお米の性質や品質がおいしさと直結することになります.もちもち感や粘り気というのは,このお米の性質の最も大きな特徴の一つです.ご質問にあるように,もちもち感や粘り気は,お米のデンプン中のアミロースの割合が非常に大きな要因となっています.お米にはアミロースとアミロペクチンという2種類のデンプンが含まれており,全デンプンに対するアミロースの割合をアミロース含量といいます.炊飯したお米は,種子中のアミロース含量が高い(22-28%程度,高アミロース米)と粘り気がほとんどないパサパサな食感になり,中程度(16-18%程度,中アミロース米)だと,適度な粘り気になります.一方,アミロースがほとんど含まれておらずすべてアミロペクチンだけからなるお米もあります.これがモチ米で,ご存じのように,非常に強い粘り気のお米です.
 コシヒカリなどのジャポニカ米とタイ米などインディカ米の品質の違いは,アミロース含量の大きな差が原因です.コシヒカリは中アミロース米で,インディカ米は高アミロース米です.アミロースは,ワキシーという名前の遺伝子から作られる酵素の働きによって合成されますが,高アミロース,中アミロースのちがいは,このワキシー遺伝子のタイプ (対立遺伝子)が異なることが原因です.コシヒカリとタイ米ではワキシー遺伝子のタイプが違いますので,ご質問にあるように,「どんなに悪い環境でもコシヒカリはタイ米のようにはならない」というのは,その通りだと思います.(これは,タイ米がおいしくないという意味ではなく,炊飯したときに,日本人好みのもちもち感のあるお米には炊きあがらないと言う意味ですので,誤解がないようにお願いします.)なお,もち米では,ワキシー遺伝子は完全に機能を失ってしまっているため,アミロースが合成できないのです.
 一方,栽培場所によるコシヒカリの品質の違いも,アミロース含量が異なることが原因の一つと考えられます.ただし,そのアミロース含量の違いは,コシヒカリとタイ米のアミロース含量の違いとくらべると,わずかな違い(2-3%)なのです.コシヒカリは,同じタイプのワキシー遺伝子をもつにもかかわらず,なぜ,アミロース含量がちがうのでしょうか?それは,ワキシー遺伝子が温度に応答して,はたらきが変動するという性質を持っているからです.同じ場所で栽培していても,イネの種子が稔る時期に,寒い日が続いたり,暑い日が続いたりすると,その間,ワキシー遺伝子のはたらきが強くなり,いつもより多くのアミロースが合成されるようになります.栽培場所によるコシヒカリの品質の違いも,これと同じようなことが起きていると考えられます.栽培環境によるわずかなアミロース含量の増加が,コシヒカリのもちもち感が変わってくる一つの原因だと言って良いでしょう.ただし,コシヒカリの食感の良さ,おいしさは,アミロース含量だけで決まっているわけではありません.デンプン以外の他のお米の成分もその品質の良さに関わっていると考えられています.これらの成分も,温度などの環境要因によって,左右されることも充分考えられますので,栽培条件によるコシヒカリの品質の違いは,かなり複雑であると考えられています.


--- 専門的な内容を含む回答 ---

 まず,結論から最初に申し上げます.栽培場所によるコシヒカリの品質の違い(もちもち感の差)には,アミロース含量--全デンプンに対するアミロースの割合 -- が原因の1つと考えられます.しかし,そのアミロース含量の違いは,コシヒカリとタイ米のアミロース含量の違いとくらべると,わずかな違いなのです.もう少し専門的な言葉で表現すると,コシヒカリとタイ米の違いはアミロース合成を支配する遺伝子の対立遺伝子が異なっているのに対し,栽培場所によるアミロース含量の違いは,同じ対立遺伝子をもっているにもかかわらず,環境要因によりそのはたらきがわずかに違うことに起因しています.また,栽培場所によるコシヒカリの食感のちがいは,アミロース含量だけでなく他の要因(成分)も関わってくるのです.
 お米の品質や遺伝子について,良く理解されていると思いますので,もう少し詳しく説明していきます.その前に,タイ米と言うと特定の国のお米を指すことになりますので,この言葉を使わないために,まず,イネの分類について説明します.世界中で広く栽培されているイネは,サティバ (Oryza sativa) といわれる種です.このサティバには,ジャポニカとインディカという亜種に大きく分類されます.日本で栽培されているイネのほとんどは,ジャポニカであり,この中に品種として,コシヒカリ,あきたこまちなどがあります.インディカは,東南アジアや中国の南部などで主に栽培されており,タイ米もインディカに含まれます.
 ジャポニカとインディカは,ともに,ルフィポゴン (O. rufipogon) という野生イネに由来しており,栽培化の過程でいろいろな性質が変わってきています.お米に含まれるアミロースの量もその1つです.お米には,アミロースとアミロペクチンという2つのタイプの異なるデンプンがあり,その割合が大きくお米の品質に影響します.例えば,モチ米は,ウルチ米と較べると非常に粘り気が強いですが,そのデンプンは、ほとんどすべてアミロペクチンだけから構成されています.一方,ジャポニカのウルチ米には,15-18%のアミロースが含まれており,炊飯すると適度な粘り気になります.これに対し,インディカ米(ウルチ性)には,22-28%程度のアミロースが含まれています.このようにアミロース含量が高いと,パサパサな食感の原因となります.ここでは、インディカのようなアミロースの割合を持つお米を高アミロース米、ジャポニカのようなものを中アミロース米と呼ぶことにします。私たち日本人の多くは,適度な粘り気をもつ中アミロース米をおいしいと感じますが,高アミロースであるインディカ米は水分や油分を比較的吸い取りやすいため,ピラフやカレーなどと非常に良く合うという人もいます.また,東南アジアなどでは,好んで食されています.
 これらのお米の性質の違いは,アミロースの合成に関わるワキシーという遺伝子のはたらきにより決定されています.正確に言うと,ジャポニカ,インディカ,モチ性の各イネは,それぞれ異なる対立遺伝子をもっています.つまり,ABO式血液型のように,アミロース含量は複対立遺伝子によって調節されているのです.インディカは強い働きの対立遺伝子(ここでは,Iと呼ぶことにします)を,ジャポニカは中程度の働きの対立遺伝子(J)をもっています.対立遺伝子Iをもつインディカは高アミロース米を,対立遺伝子Jをもつジャポニカは中アミロース米を作ることになります.モチ性のイネでは,アミロースが全く作られませんので,その対立遺伝子(M)は全くはたらいていないことになります.すなわち,もち性のイネは,ワキシー遺伝子の機能が失われた突然変異体ということになります.このように,ジャポニカとインディカのお米の品質の違いは,対立遺伝子によって決まっていますので,ご質問にあるように,「どんなに悪い環境でもコシヒカリはタイ米のようにはならない」というのは,その通りだと思います.ところで,祖先イネの野生祖先種であるのルフィポゴンもインディカと同じように,対立遺伝子Iをもち,アミロース含量が高いお米をつくります.ジャポニカは,ルフィポゴンから栽培化の過程でミニ進化してきたわけですから,対立遺伝子Jは,対立遺伝子Iの機能がやや弱くなった突然変異遺伝子であるとも考えられるのです.
 さて,一般に,遺伝子の働きは常に一定しているわけではなく,環境要因に影響されます.とくに,ワキシー遺伝子(対立遺伝子J)は温度の影響を受けやすく,普通の栽培気温より,低い温度や高い温度では,そのはたらきが強くなるという性質があります.たとえば,種子が稔る期間中に,寒い日がつづくと,ワキシー遺伝子の働きが強くなり,普通の栽培条件ならアミロース含量が17%程度のジャポニカ品種であっても,20%を超すようなことが起こります.また,最近のように猛暑の年に,暑い日が秋口まで続くと同じようなことが起こります.ですから,栽培場所によるコシヒカリの品質の差は,この数パーセントのアミロース含量の違いに起因していると考えられます.さらに極端な例として,私は,種子が稔る大部分の期間,人工的な栽培装置を用いて,通常の野外の栽培温度よりも10度程度低い温度でイネを栽培したことがあります.そのようにして長期間低温で栽培したジャポニカでは,インディカと同じくらいの含量のアミロースが蓄積していました.これは,野外の栽培条件下ではあり得ないことですが,このような極端な栽培をすると,「コシヒカリもタイ米のように」なってしまう可能性もあるのです.
 また,コシヒカリの食感の良さ,おいしさは,アミロース含量だけで決まっているわけではありません.デンプン以外の他のお米の成分もその品質の良さに関わっていると考えられています.これらの成分も,温度などの環境要因によって,左右されることも充分考えられますので,栽培条件によるコシヒカリの品質の違いは,かなり複雑であると言って良いでしょう.アミロース含量が一定の範囲内にあることは,おいしいお米の必要条件ではあるけれど,それだけでは,充分と言うわけではないのです.最近の分子遺伝学的な手法を駆使した研究によると,コシヒカリの食味の良さを決定する遺伝子のひとつが,染色体上の特定の位置にあることがわかってきたと言うことが報告されています.この研究がすすめば,食味の良さをきめる遺伝子がどのようなものかがわかってくると思います.どのような遺伝子や成分が,コシヒカリがコシヒカリたるゆえんとなる食味の良さを決定しているのか,非常に興味深いと思っています.
 さらに,ワキシー遺伝子が温度に応答してその働きが変動することをうまく利用した品種も開発されています.ミルキークィーンという品種は,普通の栽培条件下では10%以下のアミロース含量のお米をつくります.このミルキークィーンは,ワキシー遺伝子は正常にはたらいていますが,他の遺伝子の機能がなくなったために,このような低アミロース米に成ります.このミルキークィーンを寒暖の差の激しい山間地で栽培すると,もちもち感の強いとてもおいしいお米になるそうです.ミルキークィーンは,全国のお米の食味試験で何度も優勝したことのある優良品種です.このようなお米ができるのは,この栽培地では夜に非常に低温になるため,ワキシー遺伝子のはたらきが強くなり,アミロース含量が適度に上昇した結果だと考えられています.
 このように,アミロース合成を制御するワキシー遺伝子には,働きの異なる複対立遺伝子があり,さらに,その遺伝子の働きは温度などの環境要因によっても左右されます.この複雑さが,お米の品質のちがいとその遺伝子のはたらきが,ややわかりにくくなっている原因かもしれませんね.


平野博之(東京大学大学院理学系研究科)
JSPP広報委員長
松永幸大
回答日:2014-07-29