質問者:
高校生
Taguchi
登録番号3172
登録日:2014-11-06
私は埼玉県の高等学校に通っているものです。みんなのひろば
「一度屈曲した部分がまっすぐになろうとする力」とは
現在私は、高等学校の卒業論文におきまして、光屈性により一度屈曲した部分が立ち上がってくる現象をヒマワリを対象に研究しております。その研究の過程で、日本植物生理学会様がホームページにおける質問コーナーにおいて「植物のふしぎ」に関する質問にお答えしていることを知りました。
これまでのところ、講談社から出版されている『これでナットク! 植物の謎-植木屋さんも知らないたくましいその生き方』を拝読し、光屈性によって屈曲した部分は主に負の重力屈性によって立ち上がってくると考えられていることを理解しました。しかし、このなかで、以下の点において疑問に思った箇所がありましたのでお答えいただけないでしょうか。
1)『これでナットク! 植物の謎-植木屋さんも知らないたくましいその生き方』のp.248のQ80に対する回答文のなかで「ところで、一度アーク状にまがった器官の上側がまっすぐに近づくのには、重力屈性の他に、一度屈曲した部分がまっすぐになろうとする力も働くと考えられています。この力の存在は昔から知られていますが、そのメカニズムはまだよく分かっていません。」とありますが、この文中の「一度屈曲した部分がまっすぐになろうとする力」とは具体的にはどのような力のことを指しているのでしょうか。正式な名称があるのであればお教えください。
2)「一度屈曲した部分がまっすぐになろうとする力」に関して、現在までに解明されていることがございましたらお教えください。
また、本研究にこちらの回答を役立てたいので、データの引用元も明記していただけると幸いです。
不躾な依頼となり誠に恐縮ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします。
Taguchiさま
みんなのひろばへのご質問ありがとうございました。頂いたご質問の回答は『これでナットク!』のp.248 Q80を担当して下さった大阪市立大学付属植物園園長の飯野先生にお願いしました。ご覧になって分かると思いますが、飯野先生以外に、これ以上の回答が出せる人はいないと思います。引用文献もしっかりとリスト.アップされていますので、しっかりと勉強してください。
「一度屈曲した部分がまっすぐになろうとする力」とは
屈性で一度屈曲した器官が真っすぐになる現象はとくに大きく注目されることはありませんでしたが、もし植物の器官が真っすぐになるための特別な機構をもっているとすると、それは植物の“姿勢制御”を理解するうえで重要なものであると言えます。本回答者も真っすぐになる特別な機構の存在を過去に追究しました。最近はほとんど研究されておらず、私たちのそれほど最近のものではない研究成果がほぼ最新の知見です。
真っすぐになるための特別な機構の存在は最初に重力屈性の研究で示唆されました。縦方向に伸長成長している器官(若い茎や芽ばえの胚軸・幼葉鞘など)は植物体を横に倒すと負の重力屈性によりほぼ全体で上方に屈曲しますが、最終的には、基部が曲がった状態で上の方は真っすぐに戻ります。重力屈性の性質そのもので真っすぐ戻ることも考えられますが、重力屈性とは別な生理機構の存在が示唆されてきました。その存在を示す最初の根拠はクリノスタット(脚注)を用いた1930年代ごろの研究で示されました。重力で屈曲反応を示しているオートムギ芽ばえをクリノスタットで回転させても幼葉鞘上部が真っすぐに戻る反応は起こるというのがその根拠でした(Dolk、1936)。このことはその後の宇宙実験でも裏付けられています(Chapmanら 1994)。もう一つの重要な知見は、重力屈性で上方に屈曲している器官において、先端が垂直位置に戻る前に真っすぐに戻る反応が開始するという事実です。オートムギ・コムギの幼葉鞘、エンドウのエピコチル(芽ばえで最初に伸びる節間)などで観測することができます(Tarui and Iino 1997, Haga and Iino 1998)。更に、真っすぐになる現象には重力屈性に拮抗する力が働いていること(Tarui and Iino 1997)、また、重力屈性にはオーキシンの不均等分配が関与するが、真っすぐに戻る反応にはオーキシンの不均等分配が関与しない(むしろ反応はオーキシン不均等分配に逆らうように起こる)こと(Haga and Iino 1998)が示されています。
上記生理現象(重力屈性で屈曲した器官が重力屈性とは異なる生理機構で真っすぐになる現象)を示す用語ですが、autotropism(自己屈性、自律的屈性)が用いられてきました。しかし、tropism(屈性)は外部刺激に応答した屈曲反応に与えられた用語なので、toropismをここで用いるのは適切ではないという指摘もされました(Stankovicら 1998)。そこで、autostraighteningという用語を提案しました(Tarui and Iino 1999)。日本語でどう呼ぶかですが、いい案がないため今のところ英語だけになっています(いい案がありましたら、ご提案ください)。
さて、autostraighteningは光屈性で屈曲した器官でも起こるかです。光屈性で屈曲した器官(胚軸、幼葉鞘など)は、基部の屈曲を残して、先端部は真っすぐに戻ります。しかし、この現象だけでしたら、重力屈性でも説明できます。すなわち、正の光屈性で光源側に曲がっている器官は負の重力屈性で真っすぐに戻ろうとし、結局、先端部は真っすぐになるという解釈です。光屈性で屈曲しているオートムギなどの芽ばえをクリノスタットで回転して重力屈性が起こらないようにしても幼葉鞘先端部が真っすぐに戻る現象は観測することができます。ただ、重力屈性の場合に比較すると、真っすぐにもどるまで長時間を要することも明らかになりました。この観測結果だけですと、幼葉鞘が伸びきってしまうため(器官両側が最終長に近づくため)真っすぐになってしまうという可能性も排除できません。ところで、光屈性刺激は重力屈性刺激よりも長時間保存されるという性質があります。そこで光屈性刺激(器官片側からの短時間照射)でオートムギ幼葉鞘の屈曲を誘導した後(25分後)に両側を短時間照射して光屈性刺激をキャンセルさせてクリノスタットで回転させると、重力屈性で観測された場合と同様に、早い時間で一度屈曲した先端部が真っすぐに戻ることが示されました(Tarui and Iino 1999)。現時点では、これが光屈性でもautostraighteningが起こることを示す最も強い証拠と言えます。この光屈性の実験結果は分かりにくいと思いますので、少し補足しておきます。光屈性による幼葉鞘の屈曲は光屈性刺激から20分ほどのラグタイムを経て開始し、25分後に刺激をキャンセルする処理をしたため、屈曲開始から30分も経たないうちに屈曲するのを止めてしまいます。そして、クリノスタット上において、屈曲を止めるだけではなく真っすぐに戻るというのは、重力屈性以外に真っすぐになる力が働いているためと考えるわけです。回答者の総説(Iino 2006)でも、植物の姿勢制御におけるautostraighteningの重要性を論じていますので、参考にしてください。
Autostraighteningの存在はこれまで生理学的研究でのみ示されてきました。Autostraighteningが重力屈性で屈曲した器官に生じることを示す証拠は強いと言えます。光屈性にも関与しているかは、実際のところ、これからの研究課題と言えましょう。いま強く望まれているのは、autostraighteningの存在を示す遺伝学的証拠です。重力屈性で屈曲した器官に生じるautostraighteningが特異的に欠損した(成長や重力屈性は正常な)突然変異体の分離は、遺伝的証明に向けての大きな一歩になります。また、その突然変異体が光屈性で起こるautostraighteningも欠損していれば、autostraighteningは屈性の性質にかかわらず、屈曲した器官を真っすぐに戻すために働く共通の機構であることが強く示唆されることになります。
突然変異体の分離は、簡便な選抜法さえ考案できれば、高校生にも十分に実施できる実験でしょう。Autostraightening現象の場合は、突然変異体の分離だけで貴重な研究成果になります。
飯野 盛利(大阪市立大学大学院理学研究科)
(注)クリノスタット:植物を水平方向の軸に沿ってゆっくり回転する装置で、通常、横に倒した植物の成長軸を軸にして回転します。19世紀から利用されている装置です。クリノスタット上における回転により、植物体は微小重力環境(重力がほとんどない条件)に置かれたようになると考えられています。植物の平衡石であるアミロプラストが重力の方向に沈殿することができず、宙に浮いたような状態になるためと考えられ、宇宙実験との比較からもこの考えが支持されています。近年は3次元で植物を回転する3次元クリノスタットも利用されています。
回答で用いた文献:
Chapman, D.K., A. Johnson, C. Karlsson, A. Brown, and D. Heathcote, (1994) Gravitropically-stimulated sedlings show autotropism in weightlessness. Physiol. Plant. 90, 157-162.
Dolk, H.E. (1936) Geotropism and the growth substance. Rec.Trav. Bot. Neerl. 33, 509-585.
Firn, R.D. and J. Digby (1979) A study of the autotropic straightening reaction of a shoot previously curved during geotropism. Plant Cell Environ. 2, 149-154.
Haga, K. and M. Iino (1998) Auxin-growth relationships in maize coleoptiles and pea internodes and control by auxin of the tissue sensitivity to auxin. Plant Physiol. 117, 1473-1486.
Iino, M. (2006) Toward understanding the ecological functions of tropisms: interactions among and effects of light on tropisms. Curr. Opin. Plant Biol. 9, 89-93.
Stankovic, B., D. Volkmann, and F.D. Sack (1998) Autotropism, automorphogenesis and gravity. Physiol. Plant. 102, 328-335.
Tarui, Y. and M. Iino (1997) Gravitropism of oat and wheat coleoptiles: dependence on the stimulation angle and involvement of autotropic straightening. Plant Cell Physiol. 38, 1346-1353.
Tarui, Y. and M. Iino (1999) Gravitropism and phototropism of oat coleoptiles: post-tropic autostraightening and tissue shrinkage during tropism. Adv. Space Res. 24, 743-753.
みんなのひろばへのご質問ありがとうございました。頂いたご質問の回答は『これでナットク!』のp.248 Q80を担当して下さった大阪市立大学付属植物園園長の飯野先生にお願いしました。ご覧になって分かると思いますが、飯野先生以外に、これ以上の回答が出せる人はいないと思います。引用文献もしっかりとリスト.アップされていますので、しっかりと勉強してください。
「一度屈曲した部分がまっすぐになろうとする力」とは
屈性で一度屈曲した器官が真っすぐになる現象はとくに大きく注目されることはありませんでしたが、もし植物の器官が真っすぐになるための特別な機構をもっているとすると、それは植物の“姿勢制御”を理解するうえで重要なものであると言えます。本回答者も真っすぐになる特別な機構の存在を過去に追究しました。最近はほとんど研究されておらず、私たちのそれほど最近のものではない研究成果がほぼ最新の知見です。
真っすぐになるための特別な機構の存在は最初に重力屈性の研究で示唆されました。縦方向に伸長成長している器官(若い茎や芽ばえの胚軸・幼葉鞘など)は植物体を横に倒すと負の重力屈性によりほぼ全体で上方に屈曲しますが、最終的には、基部が曲がった状態で上の方は真っすぐに戻ります。重力屈性の性質そのもので真っすぐ戻ることも考えられますが、重力屈性とは別な生理機構の存在が示唆されてきました。その存在を示す最初の根拠はクリノスタット(脚注)を用いた1930年代ごろの研究で示されました。重力で屈曲反応を示しているオートムギ芽ばえをクリノスタットで回転させても幼葉鞘上部が真っすぐに戻る反応は起こるというのがその根拠でした(Dolk、1936)。このことはその後の宇宙実験でも裏付けられています(Chapmanら 1994)。もう一つの重要な知見は、重力屈性で上方に屈曲している器官において、先端が垂直位置に戻る前に真っすぐに戻る反応が開始するという事実です。オートムギ・コムギの幼葉鞘、エンドウのエピコチル(芽ばえで最初に伸びる節間)などで観測することができます(Tarui and Iino 1997, Haga and Iino 1998)。更に、真っすぐになる現象には重力屈性に拮抗する力が働いていること(Tarui and Iino 1997)、また、重力屈性にはオーキシンの不均等分配が関与するが、真っすぐに戻る反応にはオーキシンの不均等分配が関与しない(むしろ反応はオーキシン不均等分配に逆らうように起こる)こと(Haga and Iino 1998)が示されています。
上記生理現象(重力屈性で屈曲した器官が重力屈性とは異なる生理機構で真っすぐになる現象)を示す用語ですが、autotropism(自己屈性、自律的屈性)が用いられてきました。しかし、tropism(屈性)は外部刺激に応答した屈曲反応に与えられた用語なので、toropismをここで用いるのは適切ではないという指摘もされました(Stankovicら 1998)。そこで、autostraighteningという用語を提案しました(Tarui and Iino 1999)。日本語でどう呼ぶかですが、いい案がないため今のところ英語だけになっています(いい案がありましたら、ご提案ください)。
さて、autostraighteningは光屈性で屈曲した器官でも起こるかです。光屈性で屈曲した器官(胚軸、幼葉鞘など)は、基部の屈曲を残して、先端部は真っすぐに戻ります。しかし、この現象だけでしたら、重力屈性でも説明できます。すなわち、正の光屈性で光源側に曲がっている器官は負の重力屈性で真っすぐに戻ろうとし、結局、先端部は真っすぐになるという解釈です。光屈性で屈曲しているオートムギなどの芽ばえをクリノスタットで回転して重力屈性が起こらないようにしても幼葉鞘先端部が真っすぐに戻る現象は観測することができます。ただ、重力屈性の場合に比較すると、真っすぐにもどるまで長時間を要することも明らかになりました。この観測結果だけですと、幼葉鞘が伸びきってしまうため(器官両側が最終長に近づくため)真っすぐになってしまうという可能性も排除できません。ところで、光屈性刺激は重力屈性刺激よりも長時間保存されるという性質があります。そこで光屈性刺激(器官片側からの短時間照射)でオートムギ幼葉鞘の屈曲を誘導した後(25分後)に両側を短時間照射して光屈性刺激をキャンセルさせてクリノスタットで回転させると、重力屈性で観測された場合と同様に、早い時間で一度屈曲した先端部が真っすぐに戻ることが示されました(Tarui and Iino 1999)。現時点では、これが光屈性でもautostraighteningが起こることを示す最も強い証拠と言えます。この光屈性の実験結果は分かりにくいと思いますので、少し補足しておきます。光屈性による幼葉鞘の屈曲は光屈性刺激から20分ほどのラグタイムを経て開始し、25分後に刺激をキャンセルする処理をしたため、屈曲開始から30分も経たないうちに屈曲するのを止めてしまいます。そして、クリノスタット上において、屈曲を止めるだけではなく真っすぐに戻るというのは、重力屈性以外に真っすぐになる力が働いているためと考えるわけです。回答者の総説(Iino 2006)でも、植物の姿勢制御におけるautostraighteningの重要性を論じていますので、参考にしてください。
Autostraighteningの存在はこれまで生理学的研究でのみ示されてきました。Autostraighteningが重力屈性で屈曲した器官に生じることを示す証拠は強いと言えます。光屈性にも関与しているかは、実際のところ、これからの研究課題と言えましょう。いま強く望まれているのは、autostraighteningの存在を示す遺伝学的証拠です。重力屈性で屈曲した器官に生じるautostraighteningが特異的に欠損した(成長や重力屈性は正常な)突然変異体の分離は、遺伝的証明に向けての大きな一歩になります。また、その突然変異体が光屈性で起こるautostraighteningも欠損していれば、autostraighteningは屈性の性質にかかわらず、屈曲した器官を真っすぐに戻すために働く共通の機構であることが強く示唆されることになります。
突然変異体の分離は、簡便な選抜法さえ考案できれば、高校生にも十分に実施できる実験でしょう。Autostraightening現象の場合は、突然変異体の分離だけで貴重な研究成果になります。
飯野 盛利(大阪市立大学大学院理学研究科)
(注)クリノスタット:植物を水平方向の軸に沿ってゆっくり回転する装置で、通常、横に倒した植物の成長軸を軸にして回転します。19世紀から利用されている装置です。クリノスタット上における回転により、植物体は微小重力環境(重力がほとんどない条件)に置かれたようになると考えられています。植物の平衡石であるアミロプラストが重力の方向に沈殿することができず、宙に浮いたような状態になるためと考えられ、宇宙実験との比較からもこの考えが支持されています。近年は3次元で植物を回転する3次元クリノスタットも利用されています。
回答で用いた文献:
Chapman, D.K., A. Johnson, C. Karlsson, A. Brown, and D. Heathcote, (1994) Gravitropically-stimulated sedlings show autotropism in weightlessness. Physiol. Plant. 90, 157-162.
Dolk, H.E. (1936) Geotropism and the growth substance. Rec.Trav. Bot. Neerl. 33, 509-585.
Firn, R.D. and J. Digby (1979) A study of the autotropic straightening reaction of a shoot previously curved during geotropism. Plant Cell Environ. 2, 149-154.
Haga, K. and M. Iino (1998) Auxin-growth relationships in maize coleoptiles and pea internodes and control by auxin of the tissue sensitivity to auxin. Plant Physiol. 117, 1473-1486.
Iino, M. (2006) Toward understanding the ecological functions of tropisms: interactions among and effects of light on tropisms. Curr. Opin. Plant Biol. 9, 89-93.
Stankovic, B., D. Volkmann, and F.D. Sack (1998) Autotropism, automorphogenesis and gravity. Physiol. Plant. 102, 328-335.
Tarui, Y. and M. Iino (1997) Gravitropism of oat and wheat coleoptiles: dependence on the stimulation angle and involvement of autotropic straightening. Plant Cell Physiol. 38, 1346-1353.
Tarui, Y. and M. Iino (1999) Gravitropism and phototropism of oat coleoptiles: post-tropic autostraightening and tissue shrinkage during tropism. Adv. Space Res. 24, 743-753.
JSPPサイエンス・アドバイザー
柴岡 弘郎
回答日:2014-11-17
柴岡 弘郎
回答日:2014-11-17