一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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葉序の進化に関して

質問者:   一般   PAPYRUS
登録番号3181   登録日:2014-11-10
定年退職後に趣味で樹木の観察を始めた者です。
コクサギ型葉序の疑問点を調べ始めましたが、最近になって対生葉序から互生葉序へと移行するプロセスがあるのではないかと考えるようになりました。詳細は以下のブログ等を御参照下さい。http://blogs.yahoo.co.jp/ashikawapapyrus/12146661.html
そこで質問です。葉序の進化は、輪生→対生→コクサギ形葉序→互生との説があるそうですが、その根拠はどのような事象に基づいているのでしょうか?
自分で観察した内容だけで、葉序の進化に関する推論を立てておりますが、素人の悲しさで、見落としや勘違いなどの懸念を拭いきれません。相談する人もおりませんので、このコーナーを利用して質問させて頂きます。
芦川勝様

 東京大学大学院理学系研究科附属植物園(小石川植物園)の杉山と申します。ブログを拝見しましたが、小石川植物園によくお越しいただいているようで、どうも有り難うございます。私、ふだんは植物の器官再生にかかわる遺伝子などを研究しておりますが、葉序の規則性には以前から非常に興味があり、予備的ながらコクサギ型葉序の理論的検討を行ったりもしております。その関係から、今回の回答を担当させていただくことになりました。どうぞよろしくお願いします。
 さて、ご質問の「葉序の進化は、輪生→対生→コクサギ型→互生との説」ですが、おそらく元になっているのは前川文夫先生が1948年に植物学雑誌に発表された論文「コクサギ型葉序と其意義」ではないかと思われます。コクサギ型葉序という用語も、この論文が初出です。ここで用語について、まず整理しておきます。コクサギ型葉序は、一般には葉が2枚ずつ互い違いに(右、右、左、左、右、右、・・・というように)出る葉序と捉えられていますが、前川先生が述べられたコクサギ型葉序とは、開度が180°、90°、180°、270°、180°、90°、・・・と特異なパターンで周期的に変化するものです(芦川さんがブログの中で命名された「旋回葉序」がまさに本来のコクサギ型葉序に相当します)。前川先生は、このコクサギ型葉序を十字対生と通常の互生との中間型と解釈し、葉序の移行過程について見解を述べておられます。そもそも当時、十字対生を葉序の原型と見て、互生は十字対生から移行したとの考えがあり、移行過程についていくつかの議論がなされていました。前川先生はこれにコクサギ型葉序を加え、十字対生からコクサギ型を経由して互生への移行が起きたとされたわけです。もう少し丁寧に前川先生の説をご紹介すると、十字対生の対になっている葉の間で上下のズレが生じてコクサギ型となり、続いて葉の列が4列から2列に減少、さらに水平方向のズレ(回旋)によってらせん性の互生に移行した、という考え方です。これら葉序の移行に関する説は、今から見れば多分に直感的ですが、根拠もありました。主な根拠になっていたのは、植物の成長に伴う葉序の変化です。十字対生や二列互生かららせん葉序への変化は、いろいろな植物で見られます。前川先生はこれに加えて、コクサギの芽では鱗片葉が十字対生で、それに続く普通葉がコクサギ型葉序であることに注目し、十字対生→コクサギ型→互生という移行があると考察されています。熊沢正夫先生の「植物器官学」(1979年)によれば、コモチマンネングサでは十字対生→コクサギ型→らせんという変化が見られるとのことで、前川説によく合っているようにも思われます。
 葉序の理論的な研究についても、簡単にご説明します。葉序のパターンは、茎頂で葉のもと(葉原基)が他の葉原基とどういう関係でどこに発生するかで決まります。この関係について、葉原基間には互いに反発し合う作用があり、先にできた葉原基は近傍に新たな葉原基ができるのを妨げる、という考え方が古くからありました。1996年にDouady博士とCouder博士は、この考え方を発展させて数理モデルに組み上げ、コンピュータシミュレーションによる徹底的な解析を行っています。このモデルの重要な仮定は、次の通りです。
1.葉原基は他の葉原基の発生を抑制する作用を周囲に及ぼす。
2.葉原基が発する葉原基発生抑制作用は、距離とともに減衰する。
3.新たな葉原基が発生し得るのは、茎頂の頂点から少し離れた場所(茎頂頂点を中心とする円周上)に限られる。
4.この円周上に、先行する葉原基からの抑制作用の合計がある閾値を下回るところが現れたら、すかさずそこに新たな葉原基が発生する。
これらの仮定に基づき、コンピュータシミュレーションにより、葉原基が発する葉原基発生抑制作用の強さや葉原基発生の閾値の大きさ、茎頂頂点から葉原基発生可能域までの距離によって決まるパラメータΓについて、少しずつ設定を変えて、どのような葉序が安定パターンとして得られるかが調べられました。その結果、Γの設定を大きな値から小さな値に変えていくと、二列互生→らせん(開度は180°→黄金角の約137.5°)→十字対生→らせん(開度は約137.5°)→三輪生→らせん(開度は約99.5°)→四輪生→・・・というように変化し、ふつうに見られる葉序のほとんどを再現できることが示されました。また、植物の成長に伴う葉序の変化が、パラメータの変化で説明可能であることもわかりました。植物種によっては、個体ごとに葉序が異なることもあります。例えば、小石川植物園の分類標本園に植栽されているオオベンケイソウには、らせん葉序、三輪生、十字対生が混在しています。こうしたものでは、葉序が切り替わる領域でパラメータの個体間変異が大きいことが考えられます。このシミュレーション解析で注目していただきたいことを改めて特記しますと、パラメータを変化させたときの葉序の移行は、単純に節あたりの葉の数が次第に減っていったり増えていったりするものではないという点です。
 この10年ほどの間に、分子生物学的研究が進み、葉原基の発生に茎頂域表層におけるオーキシンの分布が重要であることがわかってきました。こうした分子生物学の知見を取り入れた数理解析の結果から、茎頂域表層では、隣接細胞のオーキシン濃度に依存したオーキシン輸送系の再編により、自律的にオーキシン集中部位が形成され、このオーキシン集中部位に葉原基が発生する、という考えが広く認められるようになってきています。Douady・Couderモデルとの対応で言いますと、オーキシン集中部位が周囲からオーキシンを奪い、近傍にオーキシン集中部位をできにくくすることが、葉原基発生抑制作用の実体ということになります。
 最後にDouady・Couderモデルによるシミュレーション解析に戻って、前川説と関係する部分を取り上げてみます。シミュレーションの中では、十字対生とらせん葉序の境界条件における葉序の変化も詳しく調べられています。それによると、十字対生かららせん葉序に移行する中間段階として、十字対生の対になっている葉が上下にずれるようなパターンが現れています。これは一見、前川説に符合しているように思われます。しかし、このシミュレーションで得られる中間段階のパターンの開度を見ると、180°弱→90°強→180°弱→90°強→180°弱→90°強・・・という周期変化になっており、コクサギ型葉序とは似て非なるものです。私たちは予備的検討から、Douady・Couderモデルそのままではコクサギ型葉序は安定パターンとしては成立し得ず、コクサギ型を含めた葉序の理解にはモデルの拡張が必要と考えております。
東京大学大学院理学系研究科附属植物園
杉山 宗隆
回答日:2014-11-18