一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物葉のpHについて

質問者:   一般   Tanaka
登録番号3221   登録日:2015-02-06
こんにちは,私は茶業関係の者です。下記についてご教示いただければ幸いです。荒茶の市場評価で色が大きく評価されます。このため,葉緑素を高めるため,遮光栽培を取り入れたり,場合によってはマグネシウム等の施用をしたりしています。色々と調べたところでは,荒茶の製造過程等において,クロロフィルがフィオフィチンに変化することで荒茶の葉色が緑から黄色に傾き,市場評価が低くなるとの報告があります。この現象には色々と要因があると思われますが,その一つの要因か,あるいは結果なのかわかりませんが,原料の生葉のpHが関係しているようです。つまり,クロロフィルからフィオフィチンへの変化率と,生葉のpHには相関関係があるというもので,pHの低い生葉は変化率が大きく,pHの高いものは変化率が小さいというものです。とすれば,原料とする茶の生葉のpHを高くすれば,クロロフィルのフィオフィチンへの変化が少なく,荒茶の緑色がより鮮明となり,市場評価が高くなるのではと,単純に考えてしまいます。
 そこで,質問なのですが,一般的に考えて植物の葉のpHは,例えばカリウムとかカルシウムを吸収させることで,高くできるものなのでしょうか?
細胞あるいは組織のpHは,酵素活性などの代謝に大きく影響すると考えられ,難しいのではとも思っています。よろしくお願いします。
Tanaka 様

ご質問をありがとうございます。
植物体中の殆んどすべての葉緑素(クロロフィル)分子は、葉緑体のチラコイド膜上で「クロロフィルタンパク質複合体」の形をとっており、比較的安定に存在しております。クロロフィルから中心金属であるマグネシウムが脱離するとフェオフィチンになりますが、この分子変換は細胞破壊による液胞その他の細胞画分の成分との接触や、加温が原因でおこります(製茶の過程)。“生葉のpH”との表現が何を指しているかわかりませんが、問題となるのは“細胞が破壊された状態での葉の内容物のpH”で、これには液胞内容物のpHが大きく寄与するものとおもわれます。以下に三人の研究者の方から専門的な立場からのご意見を伺いましたので、幾分重複する部分もありますが合わせてご参考になさって下さい。なお、クロロフィルの代謝についてお詳しい田中先生は緑茶(掛川茶)の分析をして、ご見解をお寄せ下さいました。


【前島正義先生からの回答】
基本的に、細胞質pHはイオン輸送系、アミノ酸等の存在によって厳密に維持されているはずです。カリウム、カルシウムを茶摘みの時期の前に施肥することは、原理的には吸収した植物細胞の細胞質のpHを上げる要因にはなります。ただし、細胞膜H+-ATPase(細胞質からH+を排出する)あるいは液胞膜H+-ATPase(細胞質からH+を液胞内に汲み入れる)は、pHが高くなると活性が下がります。つまり、細胞質pHが上がると、細胞質からのH+の移動が減少しますので、細胞質pHを中性に維持する方向に効果的に作用しています。ただし、カルシウム、カリウムの過剰分は液胞の中に蓄積されます。荒茶製造過程(加熱と葉を揉む作業)では葉の細胞は壊れますので、この液胞内のカリウム、カルシウムが葉の磨砕液として放出されますと、葉のpHは変化することとなります。酸性条件でマグネシウムが不足した条件では、クロロフィルがフィオフィチンに変化することが知られています。したがって、細胞破壊状態でのpHが低下することを防ぐことは重要なこととおもいますし、上記の施肥が有効となる可能性があります。私の回答で心配しますのは、pHの観点のみで、カルシウム、カリウムの施肥を論じて良いのかという点です。過剰なカルシウム、カリウムの弊害もあるかとおもいますので、その点を、植物栄養学の先生に述べて頂く必要があるかとおもいます。

 前島正義(名古屋大学大学院生命農学研究科・細胞ダイナミクス研究室)


【牧野先生からの回答】
生葉のpHとは何を意味するのか良くわかりませんが、問題は、荒茶の製造過程等におけるクロロフィルのフィオフィチンへの変化ということなので、それが葉緑体中で起こるのか、もう膜構造も崩れたような条件で起こるのかを私は理解していません。膜構造が維持されているなら、上の回答者が述べられているように、カルシウムはおもに細胞壁の構成成分のほかに液胞に貯められ、カリウムの多くも液胞に貯められるので、効果はないのでしょう。しかし、すでに膜構造が崩れているならば、液胞からのカリウムイオン流出があるので、体内pHは変化するでしょう。一方、カリウムとカルシウムは吸収に関して互いに拮抗関係にあるので、カリウムの過剰施肥はカルシウム不足を誘引し、逆にカルシウム過剰施肥はカリウム不足を誘引します。また、お茶はどちらかと言うと酸性土壌を好みますので、カルシウム過剰施肥は注意を要するのでは、というのが素人見解ですが、、、、。ただし、どちらも過剰障害があらわれにくい栄養素ですので、これはあくまで程度問題と思います。その意味ではカリウム施肥を増やすのは効果があるのかも知れません。

 牧野 周(東北大学大学院農学研究科・植物栄養生理学研究室)


【田中先生からの回答】
私も興味を持ったので、お茶の色素を調べてみました。分析の結果によると、フェオフィチンの量が極めて多く、クロロフィルを超えています。指摘されているように、液胞の酸性でマグネシウムが離脱しますが、その場合にはこのような多くのフェオフィチンが形成されることはありません。クロロフィルの数%でしょうか。私の感想ですが、お茶の場合、酸性化が原因でなく他の因子、例えば高温処理などが原因と思います。酸性化ですと、効率は低いですが、クロロフィルbのMgが外れたフェオフィチン bも形成されますが、お茶の場合フェオフィチン bはありませんでした。マグネシウムはクロロフィルaより、クロロフィルbの方が格段に安定なので、熱処理では脱離しなかったのかもわかりません。また、液胞が壊れてクロロフィルの分解が始まる場合は、フェオフォルバイド a(クロロフィリドのMgが離脱したもの)が蓄積するはずです。しかし、お茶にはフェオフォルバイド aは全く見られませんでした。

以上のことから、お茶のフェオフィチンは液胞など細胞の要因で出来たのではなく、熱処理で生成されたものと考えます。

 田中 歩(北海道大学低温科学研究所)

JSPPサイエンスアドバイザー
佐藤公行
回答日:2015-02-16