一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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鋸歯の役割

質問者:   教員   hononana
登録番号3320   登録日:2015-07-17
木の葉には鋸歯があるものがありますが、鋸歯の役割はなんでしょうか。光合成の効率をあげるためであるという解答を良く見かけますが、それ以外にも役割はありますか。

例えば、ハンカチの木の葉のような、やわらかく面積も広くない鋸歯は、どのような理由であのような形状になっているのか不思議に思っています。教えていただければ幸いです。
hononanaさま

みんなのひろばへのご質問ありがとうございました。大変難しい質問ですね。葉の形についてならこの人しか居ないと云う、東京大学の塚谷裕一先生に回答をお願い致しました。先生もやはり難しいとお考えのようですが、鋸葉についていろいろなことを教えて下さいました。勉強して下さい。

【塚谷先生からの回答】
ご質問ありがとうございます。
一言でいうと、これは難問で誰も答を知りません。
ごく近縁種の間でも鋸歯の形が異なっていることがあります。たとえば片方の種類は単純なギザギザの鋸歯、その近縁種は二重の鋸歯(重鋸歯という)を持っている、ということから見分けることがでできたりします。それでいて、両種の間で生えている場所がほとんど変わらない、混生しているというようなことも、よくあります。そういう例をいろいろ見ていると、鋸歯の形を種ごとにかたくなに守っている理由は、環境適応のせいとは思えません。不思議です。
ところが巨視的には鋸歯の有無と年平均気温と葉関係があることが知られています。化石の研究者の間では古くから知られている法則で、年平均気温が高いほどその地域に生える植物の中で、鋸歯が目立つものの比率が低くなるというものがあります。実際に現生の生態系でも、この法則が良く当てはまることが確認されており、化石の生まれた頃の年平均気温を推定するデータの1つとして使われるほどです。この理由は不明ですが、良い指標であることは確かです。
そこで古くから、葉の表面の温度を保つのに(冷えすぎないように、あるいは熱しすぎないように)するのに、鋸歯が何らかの形で関わっているという解釈が成されてきました。しかしそれにしては鋸歯の効果は微弱です。また上記のように同じ土地に生えていながら、鋸歯の有無に共通性の無いケースも見られます。
また鋸歯の先端にはしばしば、水孔というものが生じて、植物体内の維管束を通る余剰な水分を放出するのに使われます。この水孔がどれだけ必要であるかも、大事な要素という解釈もあります。これも関係はするでしょうが、それだけとは思いがたい面があります。
さらに私たちのシロイヌナズナを使った研究から、鋸歯は植物ホルモンのオーキシンのはたらきで作られること、最初のうちはギザギザがはっきりしているものの、後の成長で次第に滑らかになったりさらに目立つようになったりすることが分かっています。
そんなことから、私たちは、鋸歯の形の多様性というものは、それ自身の形の多様性が大事なのではないのかもしれない、と思っています。むしろ、鋸歯形成に関わるオーキシンなどのさまざまな因子が、植物の体の他の部分でどれだけ必要かに応じて、それに引きずられてついでに形が変わっているという面もあるのではないか、と感じています。
一般論として、生き物の体の形は、必ずしも必然性からそうなっているとは限らず、特に良くも悪くもないので取りあえずそういう形を取っている、という事例が多々あると考えられています。
鋸歯も、ある程度は環境に対する適応や役目をもっているとは思いますが、細かな種間の差異に関しては、あるいはあまり特別な理由がないのかもしれません。
今後、若い世代の方々がこの謎にチャレンジしてくれることを期待しています。

 塚谷 裕一(東京大学大学院理学系研究科)
JSPPサイエンスアドバイザー
柴岡 弘郎
回答日:2015-07-22
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