一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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カルビンベンソン回路でのリン酸化について

質問者:   教員   ルビス子
登録番号3331   登録日:2015-07-31
光合成でのカルビンベンソン回路においては、RuBPとCO2がRubisCOによって固定され、3-ホスホグリセリン酸(PGA)が生成されますよね。
その次の過程では、ATPが消費され、1,3-ビスホスホグリセリン酸が生成され、次にNADPH2によってカルボキシ基が還元され、グリセルアルデヒド3-リン酸(GAP)が生成されますよね。
この過程において、わざわざATPを消費してまで1,3-ビスホスホグリセリン酸を合成する必要性がわかりません。
次の過程のNADPH2で還元する際のエネルギー源として高エネルギーリン酸結合を利用するためでしょうか?
それとも、不可逆反応で回路を制御する役割でしょうか?
それともPGAをリン酸化することで電荷の偏りが生じて、PGAを膜外へ逃がさないためでしょうか?
初歩的なことかも知れませんが、教えてください。
ルビス子 様

ご質問を有り難うございました。
この質問には光合成の炭素代謝系の反応について詳しい泉井 桂先生(近畿大学)が回答文を用意して下さいましたので、参考になさって下さい。

【泉井先生からの回答】
端的にお答えしますと、ルビス子さんが挙げられた可能性のうち、最初の理由によると考えてよいと思われます。

一般にカルボキシル基をアルデヒド基に還元する方向の反応は、きわめて高いエネルギーを要するため、NADPHの強い還元力を用いてもこの反応を酵素的に進めることはできないのです。以下では、3-ホスホグリセリン酸を3PGA、グリセルアルデヒド-3-リン酸をGA3Pと略記し、次の反応(反応I)を触媒する酵素がなぜカルビン回路に存在しないのかという疑問にお答えすることとします。

 3PGA + NADPH  ⇌  GA3P + NADP  (反応I)

この反応の右方向への進行に伴う生化学的標準自由エネルギーの変化量(ΔG0’、 25℃、1気圧、pH7.0)は、+50 kJ/mol (+12 kcal/mol)と計算で求めることができます。(このΔG0’の値から、反応Iの化学平衡は圧倒的に左辺に片寄っていることがわかります。)事実上、右方向への反応は進行できないと予想できます。
このことは、高エネルギー物質であるATPの加水分解反応(反応X)に伴って遊離されるエネルギーを参考にするとよくわかります。

 ATP + H2O  ⇌  ADP + Pi  (反応X)

反応Xが、生化学的な標準状態では、事実上不可逆的に右方向に進行することはよくご存知のことと思います。この反応の右方向への進行に伴うΔG0’は、-30.5 kJ/mol (-7.3 kcal/mol)です。ところで、反応Iを右方向に進行させるに要するエネルギーは上述のように+50kJ/molですから、この値がADPと無機リン酸(Piと略します)からATPを生成させる(反応Xを左辺の方向に進行させる)反応に必要なエネルギーよりもさらに高いことがわかります。

このような、エネルギー的に困難な反応を進行させるために、生体の反応系では、迂回経路による反応を行い、ATPやNAD(P)Hなどのもつ高いエネルギーを利用する反応を巧みに共役させているのです。ご質問のカルビン回路上のこの部分の反応では、まず、グリセリン酸キナーゼによって、反応IIを進行させ、1,3-ビスホスホグリセリン酸(1,3-P2GA)を合成します。

 3PGA + ATP  ⇌  1,3-P2GA + ADP   (反応II)

この反応に伴うΔG0’は、1,3-P2GAとATPの加水分解で遊離されるΔG0’がそれぞれ、-49.3kJ/mol および -30.8 kJ/molなので、49.3-30.8=+18.5 すなわち、反応IIの右方向への進行に伴うΔG0’は+18.5kJ/mol(4.5kcal/mol)となります。カルボキシル基とリン酸の間の結合は酸無水物結合で、水酸基(-OH)とリン酸のエステル結合よりはるかに高いエネルギーをもっていることに留意してください。

次に、グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼの反応(反応III)によって、1,3-P2GAからGA3Pを生成します。
  
 1,3-P2GA + NADPH  ⇌  GA3P + NADP + Pi    (反応III)
 
この反応のΔG0’は-6.3 kJ/mol(-1.5 kcal/mol)なので、平衡は右辺に片寄り、右方向に反応が進行しやすいといえます。反応IIと反応IIIとの共役によって、正味の反応は 

 3PGA + ATP + NADPH  ⇌  GA3P + ADP + Pi + NADP 

となり、この共役反応のΔG0’は18.5-6.3=+12.2 (kJ/mol)と計算され、この値は反応IのΔG0’値の約4分の1に減少し、右方向への進行はエネルギー的に上り坂であるとはいえ、より容易になります。なお、反応IIIについて、実際の葉緑体内での生理条件下でのΔGは、下の式で示されるように各代謝物質の濃度によって影響を受けますので、ある見積もりではさらにGA3Pの生成が起こりやすくなっているとされています。

 ΔG =ΔG0’ + RTln   ( [GA3P][NADP][Pi] / [1,3-P2GA ][NADPH] )

なお、高エネルギー物質である1,3-P2GAが反応IIIの酵素反応においてどのように役立っているかについてお知りになりたい場合は、生化学の教科書(たとえば、廣川書店の「レーニンジャーの新生化学(上巻)」の第14章の該当部分など)をご参照ください。簡単にいいますと、酸無水物となって活性化された1,3-P2GAのカルボキシル基は、この酵素の活性中心のシステイン残基との間で(やはり高エネルギーの)チオエステル結合を形成し、NADPHによる還元を受けやすくなるというわけです。

ご質問の後半部分に関して少しコメントを付け加えますと、反応IIと反応IIIの共役反応は不可逆ではなく、平衡はどちらかに極端に偏ってはいません。実際、動物その他ほとんどの生物の解糖系では(NADを用いますが)、カルビン回路とは逆方向には反応が進行し、ATPが生成されます。また、最後の可能性についてですが、1,3-P2GAは不安定で細胞内での濃度が非常に低いため、膜透過性などとの関連を考慮する必要はないように思われます。

以上長々と説明させていただきましたが、化学熱力学などについてあまりご存知でない場合は、ご理解いただくのが難しいのではないかと心配しています。その場合は、よりやさしい解説を試みさせていただきますので、改めて質問をお寄せください。

 泉井 桂(近畿大学先端技術総合研究所)
JSPPサイエンスアドバイザー
佐藤 公行
回答日:2015-08-19
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