一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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ブナの木の蒸散について

質問者:   中学生   ありさ
登録番号3349   登録日:2015-08-17
夏休みに白神山地のブナ林を家族で散策しました。
中1の理科の授業では蒸散について学びました。そして
この背の高いブナの木も蒸散しているのだろうと思いました。
そこで、ブナの蒸散について知ることができたらと思い質問しました。
背の高いブナが、蒸散したら少し霧が立ち込めるようになるのか?ブナの蒸散が他の植物にたいして与える影響などがあれば知りたいと思いました。
どうぞよろしくお願いいたします。
ありさ さん:

長らくお待たせいたしました。ご質問は、森林総合研究所の宮澤真一先生にご紹介いただいた名古屋大学齋藤隆実先生に回答をお願いいたしました。斎藤先生からは次
のような詳しい解説を頂きました。


【斎藤隆実の回答】
白神山地のブナ林をご家族で散策されたとのこと、大変よい夏休みを過ごされたと思います。白神山地ではたくさんの大きなブナが生育していて、他の植物とともに美しい森林を形作っています。また、森林の中は都会と比べると空気もひんやりしていて、朝晩には霧もたちこめることでしょう。ですから、ブナの木の蒸散と霧の発生を結びつけることはとても自然な発想だと思います。
ブナの木はもちろん蒸散しています。ご覧になられたブナの中でも大きな個体では、おそらく1日で100 kgを超える量の水蒸気を大気中に放出していると推測されます。いろいろな樹木(ケヤキ、ミズナラなど)の蒸散速度を比較してみると、ブナは落葉広葉樹の中でも蒸散速度が高い仲間に入るようです。したがって、夏のブナの木の蒸散はかなり大きいと言えるでしょう。
次に、ブナが蒸散したら霧が立ちこめるかどうかという質問ですが、答えはイエスです。ただし、森林内の空気中に霧が発生する条件が整っている時だけです。その条件とは、ブナの蒸散などによって空気中に水蒸気がたくさん含まれていること、気温が低下する傾向にあること、そして風が弱いことです。森林に霧が立ち込める仕組みを考えるために、まず知っておいていただきたいことがあります。それは、空気中に含むことが可能な水蒸気の量(飽和水蒸気圧という値で表します)は温度が上がると急に大きくなるということです。逆に、温度が下がれば急に小さくなります。
例えば、晴れた日の昼頃、ブナの盛んな蒸散によって空気がたくさんの水蒸気を含んだとしましょう。夜になると、太陽からの光はなくなり、また放射冷却という現象もあって気温が下がります。気温が下がると、空気中の水蒸気はやがて一杯になり、さらに気温が下がると空気中の水蒸気は気体でいられなくなり、空気中のチリを中心として小さな液体の粒となって目に見えるようになります。この小さな水滴は落ちる速度が大変遅いので、まるで空気中をただよっているように見えます。霧の正体はこの小さな水滴がたくさん集まったものです。したがって、日中にブナの蒸散で放出された沢山の水蒸気が、風の弱い夜に小さな水滴として現れて、空気中を漂うので霧になるのです。
ブナの蒸散が他の植物に与える影響ですが、これは答えることが難しい質問です。森林の外と比べて、森林の中の空気にはブナの蒸散によっていつも水蒸気がたくさん含まれていることでしょう。この湿った空気は森林の地面(林床)で生育している背の低い木の子供(実生)の生育にとっては都合が良いかも知れません。何故なら、実生は根が浅いため急な土壌の乾燥には弱いからです。
ブナの蒸散によって空気がいつも湿っていれば、林床は乾かず実生の蒸散の速さも小さくなりますから、乾燥によって枯れてしまうことは少なくなるでしょう。したがって、ブナの蒸散は森林が世代交代をしてこれからも続いていくために、大切な働きをしていると言えるでしょう。
ところで、海外の雨の少ない地域では、樹木と草との面白い関係が明らかになっています。それは、雨の少ない季節になると、樹木の根が地下の深い場所から水分を吸い上げ、地表近くの土壌に放出するというものです。その根の近くに生育する草は、放出された水分を吸って雨の少ない時期でも生き延びるというわけです。日本は一年中雨の多い国ですからこのような現象はまれでしょうが、ブナ林でもまだ私たちの知らない現象があるかもしれません。

 齋藤 隆実(名古屋大学 地球水循環研究センター)
JSPPサイエンスアドバイザー
今関 英雅
回答日:2015-09-03
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