一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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キキョウの青い色を残したまま標本にする方法

質問者:   一般   巨椋池
登録番号3386   登録日:2015-11-06
青い花キキョウを標本にすると花弁の色素がなくなるのは、どうしてなのか。
標本の仕方を工夫すると青い色素が残るのでしょうか。
また、他の青い花とは発色の違いがあるため、青い色を残すことは難しいのでしょうか。
巨椋池 さん:

みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
キキョウの青色色素はデルフィニジンという青色を示すアントシアニジンに3種類の糖とコーヒー酸が結合した少しばかり複雑なアントシアンです。アントシアニンの化学的安定性は、水酸基の数、結合する糖の種類と数、また共存する糖の種類、濃度、pH, 酸素の有無、温度などで大きく影響を受け、比較的容易に崩壊することが知られています。そのため食品の色保存にいろいろな工夫がされています。ご質問にある標本とは腊葉標本のことだと思いますが、まず組織を押しつぶしますね。その過程で細胞内の構造や細胞自体がが壊れてたくさんの物質が混ざり合います(野菜スムージーみたいなものです)。そこで乾燥が進むので存在する物質の濃度は次第に高くなります。このような状態ではどんな化学反応が起きるのかはっきりと特定することは出来ませんが、この過程でアントシアニンは、糖が切断されたり、金属が外れたり、酸化された有機酸と結合したり、その他の活性酸素の影響を受けたりして発色構造を失い退色することが考えられます。押し花の色を保つ工夫がいろいろされていますが、共通していることは細胞を潰さないで乾燥材を用いて急速に乾燥させることのようです。キキョウでそのような試みがなされているかどうか判りませんが試してみたらどうでしょうか。
乾燥を伴わない溶液状態でキキョウの青色色素を「安定化」させる研究がありました。少し古い研究(1983年)ですが神戸大学の研究者がいろいろな金属の影響を調べた結果、モリブデン(Mo)を切り花に吸収させたり、花弁に塗布したりすると青色が安定となること、この反応は抽出したキキョウ青色色素の溶液でも再現できることなどから色素がMoと金属錯体を形成して安定化すると推論しています。 5mMのモリブデン酸ナトリウムを花弁に塗布して効果があるとしていますので、それを腊葉標本にしたら青色が残るかどうか知りたいところですね。ちなみに、モリブデン酸ナトリウムは農業資材として市販はされているようです。

今関 英雅(JSPPサイエンスアドバイザー)

巨椋池 さん:

登録番号3386の回答を先に差し上げましたが花色素を専門に研究されている名古屋大学 吉田久美先生からも次のような回答を頂きました。化学の視点からの解説ですので先の回答への追加回答としてお送りします。

【吉田先生からの追加回答】
キキョウの花弁色素の構造は林孝三先生らによって1971年にPhytochemistry誌に投稿された論文では、3-dicaffeoyol-rutinosido-5-glucosideと書かれておりますが、その後、後藤俊夫らによって構造の訂正がなされデルフィニジンの7位にグルコース-カフェ酸-グルコース-カフェ酸-グルコースのユニットが結合し、5位はフリー、3位にルチノースのジアシル化アントシアニンであることが報告されております。
ともあれ、花を標本(押し花でしょうか)にした際に、色が抜けやすい植物とそうでないものがあることは確かです。キキョウ色素は、同じジアシル化アントシアニンの中でも、比較的不安定なようです。多アシル化アントシアニンの安定化は、芳香族有機酸が発色団に分子内会合して水和反応を妨げるためです。分子構造の違いによって、分子内会合の強弱がありますので、色の安定性に影響があります。
なるべく退色無しに押し花にするためには、急速に水を抜くことが重要です。脱水剤としてシリカゲルをたくさん使って、加圧して押し花にすることで色を保つ「原色押し花」という方法がありますので、参考にしていただくとよろしいかと存じます。

 吉田 久美(名古屋大学大学院情報科学研究科)
JSPPサイエンスアドバイザー
今関 英雅
回答日:2015-11-18