質問者:
大学生
いしー
登録番号3448
登録日:2016-03-25
多量のKがCsの吸収を抑制することに興味を持ち、養分の拮抗作用について調べていました。みんなのひろば
養分の拮抗作用(P→K)について
ある資料(bsikagaku.jp/f-knowledge/knowledge31.pdf)によりますと、
①同電荷の競合
K⇔Mg、Ca
といった陽イオン同士の場合だと根の細胞膜にある受容体やイオンチャネルで競合が起きていると分かりました。
②Kが陰イオンを抑制
植物体にK+イオンが増加すると、H+の生成・放出が抑制され、
取り込む効率が悪くなるため(共輸送ができない?)、硝酸やリン酸の吸収阻害になると知りました。
Kが過剰→リン酸(陰イオン)抑制はこれで理解したつもりなのですが、
リン酸過剰→K抑制が分かりません。
リン酸は、植物体内で有機態としても存在しているはずなので、電荷だけが問題ではないと考えています。
土壌中でKH2PO4のような化合物を作るのかとも思いましたが、1族の元素は溶解しやすいので、こちらも理由としては弱いと思います。
養分の拮抗作用について、とりわけ、
過剰なリン酸がカリウムの吸収を抑制するメカニズムをご教示いただけないでしょうか。
いしー さん:
みんなの広場のご利用ありがとうございます。少しばかり遅れましたが、神戸大学の三村徹郎先生から次のようなたいへん詳しい解説をいただきました。
【三村先生からのご回答】
1) 同電荷(K⇔Mg、Ca)の競合について
このことは、一部は正しいと言えますが、一般に一価のカチオンであるK+が、2価のMg2+やCa2+と競合するとは言えないことも多いと思います。K+が同じアルカリ金属であるNa+やCs+と競合する現象は広く知られていますが、2価カチオンと競合現象が生じているように見える場合は、それが本当の競合なのかを「受容体」や「イオンチャンネル」の活性を確認して、基質レベルでの親和性に影響が出ているかをきちんと確認する必要があります。一般に、K+の細胞外濃度が上昇すると(数mM以上)、細胞膜の拡散電位や、膜電位形成に働くH+ポンプの活性に影響が出るため、それが二次的にMg2+やCa2+の挙動に影響を与える可能性があります。
2) K+による陰イオン吸収の抑制について
1)に述べたように、K+の細胞外濃度が上昇すると、細胞膜の拡散電位や、膜電位形成に働くH+ポンプの活性に影響が出るため、それが硝酸やリン酸のH+との共役輸送系に影響を与えて、陰イオンの吸収阻害を引き起こす可能性があります。
また、K+の増加をどの塩を利用して行ったかによっても影響は異なります。農地などでは、カリ肥料は、KClかK2SO4(あるいはKNO3)で与えられることが多いと思いますが、陽イオンのK+とカウンターイオンである陰イオンでは、植物の吸収速度が違うため、それによって外環境(土壌)のpHに影響が出て、他のイオンの吸収に影響が出ることもあります。また、リン酸の場合は、pHによってイオンの価数が変化します。pH5付近では、ほとんどのリン酸イオンは1価のアニオンですが、pH7付近になると1価と2価の量が拮抗してきます。現在知られているリン酸輸送体は、(恐らく)1価を輸送すると想定されているので、pHが変わるとそれだけで基質の量に影響が出ます。
3) リン酸過剰→K抑制が分からない
過剰なリン酸が、K+の吸収を抑制するという具体的データを見ていないので、想定される可能性で考えてみます。
一般に、植物のリン酸吸収能は非常に高いので、リン酸が与えられれば植物はすぐにその吸収を始めます。リン酸はH+と共役輸送されますから、リン酸が吸収される時には外環境がアルカリ化します(外環境のpH緩衝能が低い場合)。それがK+の吸収に影響を与える可能性があります。また、2)と同じ話ですが、リン酸を与える時に使用されるアニオンとして何が使われるかによっても影響は異なります。リン酸アンモニウムだとどちらの吸収能も高いですが、それでも速度に違いはありますし、高濃度のリン酸アンモニウムが与えられた時には、吸収されたアンモニウムイオンの細胞内での処理が間に合わないと毒性効果が出るかもしれません。過剰のリン酸が、土壌や植物細胞膜表面のCa2+と結合して不溶化する可能性も有り得ます(濃度とpHによります)。それがK+の吸収にも影響を与える可能性があるでしょう。
以上、細胞膜近傍で起こりうる可能性のいくつかについて考えてみましたが、これ以外にも、体内に取り込まれたイオンが、体内の代謝に影響を与えて、それがその他のイオンの吸収に影響を与えることもあります。イオン吸収に関する相互作用については、カチオンとアニオンの組み合わせに始まり、生体分子の複雑なネットワークになっていて、厳密な意味でのコントロール実験を行うことが不可能なため、主要な要因を推定することで議論がなされている状況です。もし分子レベルでの競合についてのみ調べるなら、調べたいイオンの膜輸送分子を人工膜などに埋め込んで、その活性が各イオンの存在でどのような影響を受けるかを測定するということになりますが、今度は、そこで観察された現象が生きている植物に当てはめられるかはまた別の話になります。
少し難しい話になってしまいましたが、土壌肥料学を専攻されている大学生ということですから、色々勉強してみて下さい。
三村 徹郎(神戸大学)
みんなの広場のご利用ありがとうございます。少しばかり遅れましたが、神戸大学の三村徹郎先生から次のようなたいへん詳しい解説をいただきました。
【三村先生からのご回答】
1) 同電荷(K⇔Mg、Ca)の競合について
このことは、一部は正しいと言えますが、一般に一価のカチオンであるK+が、2価のMg2+やCa2+と競合するとは言えないことも多いと思います。K+が同じアルカリ金属であるNa+やCs+と競合する現象は広く知られていますが、2価カチオンと競合現象が生じているように見える場合は、それが本当の競合なのかを「受容体」や「イオンチャンネル」の活性を確認して、基質レベルでの親和性に影響が出ているかをきちんと確認する必要があります。一般に、K+の細胞外濃度が上昇すると(数mM以上)、細胞膜の拡散電位や、膜電位形成に働くH+ポンプの活性に影響が出るため、それが二次的にMg2+やCa2+の挙動に影響を与える可能性があります。
2) K+による陰イオン吸収の抑制について
1)に述べたように、K+の細胞外濃度が上昇すると、細胞膜の拡散電位や、膜電位形成に働くH+ポンプの活性に影響が出るため、それが硝酸やリン酸のH+との共役輸送系に影響を与えて、陰イオンの吸収阻害を引き起こす可能性があります。
また、K+の増加をどの塩を利用して行ったかによっても影響は異なります。農地などでは、カリ肥料は、KClかK2SO4(あるいはKNO3)で与えられることが多いと思いますが、陽イオンのK+とカウンターイオンである陰イオンでは、植物の吸収速度が違うため、それによって外環境(土壌)のpHに影響が出て、他のイオンの吸収に影響が出ることもあります。また、リン酸の場合は、pHによってイオンの価数が変化します。pH5付近では、ほとんどのリン酸イオンは1価のアニオンですが、pH7付近になると1価と2価の量が拮抗してきます。現在知られているリン酸輸送体は、(恐らく)1価を輸送すると想定されているので、pHが変わるとそれだけで基質の量に影響が出ます。
3) リン酸過剰→K抑制が分からない
過剰なリン酸が、K+の吸収を抑制するという具体的データを見ていないので、想定される可能性で考えてみます。
一般に、植物のリン酸吸収能は非常に高いので、リン酸が与えられれば植物はすぐにその吸収を始めます。リン酸はH+と共役輸送されますから、リン酸が吸収される時には外環境がアルカリ化します(外環境のpH緩衝能が低い場合)。それがK+の吸収に影響を与える可能性があります。また、2)と同じ話ですが、リン酸を与える時に使用されるアニオンとして何が使われるかによっても影響は異なります。リン酸アンモニウムだとどちらの吸収能も高いですが、それでも速度に違いはありますし、高濃度のリン酸アンモニウムが与えられた時には、吸収されたアンモニウムイオンの細胞内での処理が間に合わないと毒性効果が出るかもしれません。過剰のリン酸が、土壌や植物細胞膜表面のCa2+と結合して不溶化する可能性も有り得ます(濃度とpHによります)。それがK+の吸収にも影響を与える可能性があるでしょう。
以上、細胞膜近傍で起こりうる可能性のいくつかについて考えてみましたが、これ以外にも、体内に取り込まれたイオンが、体内の代謝に影響を与えて、それがその他のイオンの吸収に影響を与えることもあります。イオン吸収に関する相互作用については、カチオンとアニオンの組み合わせに始まり、生体分子の複雑なネットワークになっていて、厳密な意味でのコントロール実験を行うことが不可能なため、主要な要因を推定することで議論がなされている状況です。もし分子レベルでの競合についてのみ調べるなら、調べたいイオンの膜輸送分子を人工膜などに埋め込んで、その活性が各イオンの存在でどのような影響を受けるかを測定するということになりますが、今度は、そこで観察された現象が生きている植物に当てはめられるかはまた別の話になります。
少し難しい話になってしまいましたが、土壌肥料学を専攻されている大学生ということですから、色々勉強してみて下さい。
三村 徹郎(神戸大学)
JSPPサイエンスアドバイザー
今関 英雅
回答日:2016-04-07
今関 英雅
回答日:2016-04-07