一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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檍(あはき)は現在も日本に存在するか?

質問者:   会社員   mo-ちゃん
登録番号3450   登録日:2016-03-26
横浜で観光ボランティアガイドをしております。(仕事とは別です)
むかし、洲崎神社の境内に檍(あはき)という御神木があって、それが青木町の町名の由来になったそうです。
戦争で焼かれたそうで、今はありません。

檍(あはき)は日本書紀にも出てくる日本固有種だそうですが、現在もどこかに生息しているのでしょうか?
大木だったということで、アオキとは違うと思います。
よろしくお願いします。
mo-ちゃん様

ご質問どうもありがとうございました。
民族植物学をご専門とされている木下武司先生にご回答いただきました。
また、維管束植物の系統分類をご専門とされている邑田仁先生には「小平一郎氏のウェブサイト」をご紹介いただきました。
http://www.k3.dion.ne.jp/~kodaira/sono602.htm


【木下先生のご回答】
 古代のわが国では植物名として漢名と和名の二系統の名が出てきます。漢名は中国の本草学などに出てくる名で、よく整理された形で記述されているので、今日の学名(ラテン名)と同じ機能をもっていたと考えてよいでしょう。日本書紀では檍を「あはき」としているのですから、檍がどんな植物を指すか考定すればよいことになります。ただし、中国の古事典『爾雅』では「杻は檍なり」、同郭璞註に「棣に似て葉細し」と簡単に記述するだけで、その植物種を絞り込むのは困難です。棣を棠棣と解釈すればバラ科ニワウメの類で万葉集にいう「はねず」、棣棠花とすればヤマブキに似た黄色の花をつける植物となりますが、葉が細いあるいは細かいというのであれば、少なくとも国産植物に該当する植物は見当たりません。周礼・冬官考工記には弓材としてクワに次ぐという記述があり材の堅い植物種と考えられますので、和名抄は「檍 ----今案ずるに又橿木の一名なり」とあるようにカシノキとしています。一方、陸璣詩疏は爾雅を受けて「萬歳樹と名づく。億を取りて萬の義なり。」と解釈し、萬歳樹と称するものに同じと注釈しています。群芳譜は「冬青、一名凍青、一名萬歳枝」とし、小野蘭山は本草綱目李時珍注を受けてモチノキに充てています。ついでながら出雲国風土記の意宇郡羽嶋に「椿、比佐木、多年木~有り」とある多年木は萬歳樹と解され、「あはき」と訓読することがあります。
 以上、二説を挙げましたが、漢名にあたる植物が日本にあるとは限りませんが、当時の邦人はあると信じて、とにかく漢籍の記述に合う植物を探し出そうとしましたから、実際に何らかの植物に充てられたことは確かでしょう。ただし、昔の人と現代人では植物を見る視点がまったく異なりますので、その結果としてとんでもない植物を充てることもあります。洲崎神社にあったというご神木は大木であったといいますから、モチノキあるいはカシノキでしょう。しかし、それが日本書紀にいう檍であったかきわめて微妙です。改めて原文を見ますと、「則ち往きて日向の小戸の橘の檍 此を阿波岐と云ふ 原に至りまして祓ぎ除へたまふ」とあり、そもそも「あはき」が大木であったとはどこにも書いてありません。また、黄泉の国から帰った伊弉諾尊(いざなきのみこと)が禊ぎをしたということですから、檍原は日向のどこかの河原につけられた由緒ある地名と思われます。通説では檍原は檍すなわち「あはき」が生える野原と解されていますが、ハンノキの生えた榛原(はりはら)など類名が多くありますので、檍を植物名とするのは妥当でしょう。しかし、カシノキ、モチノキあるいはニワウメ(あるいはヤマブキ)のいずれにしても生育条件などの点で今一つしっくり来ません。結論として檍は未詳の植物といわざるを得ず、その和名たる「あはき」も語源がさっぱりわかりませんので、やはり未詳ということになります。ただし、時代を経ると、漢籍で檍の別名を冬青とされたことから、冬でも青々とした木ということで、「あはき」を「あをき」に訛ったと考えられ、和名抄の国郡部では「筑前国下座郡青木 安乎木(アヲキ)」とあるのはその一例と思われます。こうなるとオリジナルの「あはき」が何であったか、いっそう不明瞭になり、鎌倉時代の医書『頓医抄』にアヲキを焼いて灰にして婦人陰部にできた瘡に塗りつけるとあるのはアオキのことでしょう。アオキは中国にありませんので、邦人が考定した結果、わが国の林下に豊産し、漢籍の記述にもたまたま合致したアオキを充てたと思われます。因みにアオキは河原などの野原に生えませんので、檍原の檍と考えてはいけません。植物名は時代とともに変わり、異なる植物種に名が転じることも少なくありません。万葉の「あやめぐさ」が今日のショウブであることはよく知られていますが、氷山の一角に過ぎません。この辺りは文系の学者が勘違いしやすいところで、古典の植物名の解明は気の遠くなるほど困難を伴うのです。

 木下 武司(帝京大学薬学部)
JSPP広報委員長
出村 拓
回答日:2016-04-12
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