一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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老花受粉 方法

質問者:   高校生   みかん
登録番号3459   登録日:2016-04-16
アブラナ科の老花受粉について知りたいと考えています。
しかし、ネットで調べてもそのことについて詳しく書かれたサイトが見つかりません。

老花受粉の方法、及びその原理を教えて下さい。
みかんさん

ご質問、どうもありがとうございます。アブラナ科植物の受粉・受精に関する研究をご専門とされている東北大学の渡辺正夫先生にご回答いただきました。

【渡辺先生からのご回答】
植物生理学会の質問コーナーにありがとうございました。アブラナ科植物の自家不和合性を研究していることもあり、説明申し上げます。

自家不和合性を持っている植物(作物)で、品種改良、遺伝学の実験等で、自殖種子(自己花粉をつけて、種子)を得ることは、純系を得るなど重要な作業ですが、容易ではなく工夫が必要です。自殖種子を得る方法として、外的要因、内的要因を利用した方法が確立されています。外的要因としては、開花した雌しべに有機系溶剤を処理、あるいは、数%くらいのNaCl溶液を噴霧したあと、自家受粉をするというものがあります。現在、品種改良を行っている種苗会社では、ビニールハウスに二酸化炭素(CO2)を加えて、5%程度まで二酸化炭素分圧をあげて、その中にミツバチなどの受粉を助ける昆虫を入れることで、自殖種子を得ることができます。つまり、これらの手法により、自家不和合性を打破することができるとも言うことができます。

こうした外的要因で自家不和合性を打破する方法に対して、内的要因を利用したものに、「蕾受粉」、「老花受粉」があります。この2つの手法で、なぜ、自殖種子を得る、自家不和合性が打破されるかという点については、アブラナ科植物における自家不和合性の仕組みを理解する必要性があります。アブラナ科植物の自家不和合性は、S遺伝子座上の複対立遺伝子系によって、制御されています。S遺伝子座上には花粉側決定因子であるSP11遺伝子、雌しべ側決定因子のSRK遺伝子が記されています。SP11は雄しべ先端の花粉が入っている葯の細胞でSP11タンパク質となり、花粉表面に付与されます。SRKは雌しべ先端の乳頭状突起細胞の表面でSRKタンパク質なります。SP11とSRKの関係は、鍵と鍵穴のようなもので、自己花粉、あるいは、S対立遺伝子の番号が同じ花粉の場合には、SP11タンパク質は、乳頭状突起細胞表面で鍵穴であるSRKタンパク質と特異的に結合します。非自己、あるいは、S対立遺伝子の番号が異なる花粉由来の場合には、SP11タンパク質とSRKタンパク質は、結合できません。SP11とSRKが結合すると、自己情報が乳頭状突起細胞内に伝達され、結果として、自己花粉は乳頭状突起細胞に入れず、結果として、花粉管は乳頭状突起細胞に入れず、自家不和合性となります。一方、非自己花粉は、SP11とSRKが結合できず、情報が伝達されないため、結果として、花粉管が乳頭状突起細胞に侵入します。

このように制御されているわけですが、この制御系は基本的には、開花当日から数日間、機能します。ところが、原因はわかっていませんが、数日後には、雌しべ側決定因子のSRKタンパク質が機能しなくなり、その結果として、鍵と鍵穴が機能せず、自己花粉を受け付けるようになります。このように開花したあと、数日たった老化した花の雌しべに花粉をつけることで、自殖種子が得られることから、その手法を「老花受粉」といいます。この時に用いる、花粉には開花当日の新鮮な花粉でないといけない場合と、雌しべと同様に数日たった花粉でもよい場合があります。このことは、花粉の寿命が雌しべよりも長いことを意味しています。これとは逆になりますが、「蕾受粉」というのがあり、それは、開花数日前の蕾の雌しべに開花した当日の花粉を受粉することで、自殖種子を得ることができます。この場合は、SRKタンパク質が雌しべ先端の乳頭状突起細胞に準備されていないことに由来します。

では、外的要因による自家不和合性打破の場合、自家不和合性の自他識別機構にどの様な影響を与えているのかということについては、現時点ではわかっておらず、有機系溶剤処理は実験室レベルで利用できるのみであり、二酸化炭素処理、NaCl溶液噴霧は、実用化されていますが、その理由は未だに解明されていません。

現象を理解して、どの様な処理をすることで、自家不和合性が打破できるかという場合と逆に、偶然の実験によって見いだす、経験と勘でこうした処理がよいなど、いろいろなトライがなされています。「老花受粉」だけでなく、それ以外の手法についても、実験してみられてはいかがでしょうか。

 渡辺 正夫(東北大学大学院生命科学研究科)
JSPP広報委員長
出村 拓
回答日:2016-05-09