一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

チェックリストに保存

植物種子の長期安定性について

質問者:   会社員   タカマン
登録番号3479   登録日:2016-05-18
蛋白質を長期に常温保存する方法を考えているのですが、そのヒントとして、植物種子はなぜ長期に保存することが可能なのだろうかと考えました。その理由の一つは、「乾燥」だろうと予想していますが、それ以外に何かあるのでしょうか?種子中には蛋白質も存在していますが、それが活性を保ったまま長期に安定化されている理由・メカニズムというものが既に解明されているのであれば、ご教示いただければありがたいです。
タカマン さん:

みんなのひろばのご利用ありがとうございます。
タンパク質を本来の高次構造を保ったまま常温で長期保存する安価な方法があれば医薬品や特殊食品などの長期保存が可能となり画期的なことだと思います。確かに植物種子の寿命(発芽能をもつ期間)は感覚的には長く、常温で1,2年から数年以上保たれるものなど種によって様々です(2000年後に発芽したハスの話がありますね)。とはいえ、やがては発芽しなくなるので種子の保存事業は重要な事柄で作物、樹木種子の長期保存のために多くの努力が払われています。その本質は種子の生体活性(生きる力)を如何に長期間保存しうるかと言うことになります。 従って種子内タンパク質の安定性は、組織が生きていることによって保たれているとも言えます。そのためには様々な方法が用いられていますが、 基本は乾燥と低温です。生体組織を乾燥していくと自由水は減少し次第にアミノ酸、タンパク質、多糖類などに結合(主として水素結合)した結合水の割合が増加し、ある限界を超えると水分子のほとんどは結合水だけになります(およそ種子重量の5%程度以下の含水量)。このような状態では生化学反応は進みにくくなります。しかし生化学反応は組織内に自由水がある限り進行します。生体活性は温度に依存しますので、遅らせるために低温が有効です。生体活性は呼吸をはじめ細胞が生きているがための生化学反応ですが、脂質の酸化や活性酸素の生成など不利な反応も進みますので時間とともに消耗し発芽能力を失っていきます。
発芽能力(生きた細胞構造、組織構造、器官構造)を長期間保つためには乾燥と低温を組み合わせることが有効だと言うことで、常温で5年、10年と生きている種子固有のタンパク質安定化の仕組みがあるのかどうかは分かりません。おそらく種子の器官構造、組織構造、細胞構造が乾燥や、温度変化、湿度変化で崩れにくいのかもしれません。
一般論でしか言えませんが、タンパク質の活性が保たれるのは高次構造が保たれた状態です。いろいろな力が高次構造を保持していますがS-S結合、水素結合は重要な力を提供しており水素結合の強さは低温になるほど強くなります。また、極端な乾燥状態(結合水もなくなりはじめる状態)でタンパク質は高次構造が崩れ変性することは知られていますので種子長期保存の条件ではおそらく結合水が適正に結合していることが重要と推定できます。さらに細胞内にはたくさんのイオン性物質、親水性、親油性残基を持った物質がありますから、これらとの相互作用が働いてタンパク質は本来の高次構造を保つと考えられます。 精製酵素を保存するためにいろいろな塩類、糖やグリセリン、親水性高分子などを加えて低温、極低温においていた学生時代を思い出しました。
JSPPサイエンスアドバイザー
今関 英雅
回答日:2016-05-26