一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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古い種子の白い双葉

質問者:   会社員   もっちゃん
登録番号3488   登録日:2016-05-26
はじめまして、趣味で家庭菜園をしているものです。
主に葉物野菜の栽培をしております。

先日、数年前に購入して冷蔵庫で保管しておいた種をまいたのですが、出てきた双葉が緑色ではなく白くなっているものがありました。
双葉全体が真っ白なものから一部が白いものまで程度は色々です。
本葉は白くなっていませんでした。
購入した年に播いた時にはそのようなものは出てこなかったので不思議に思い質問させていただきました。
種子が古くなったのが原因かな?と思うのですが、こういうことはよくおこるのでしょうか?
詳しい原因などをご存知でしたら教えていただきたいです。
また、もし解決する方法などあれば併せてご教示いただければと思います。
よろしくお願いします。
もっちゃん 様

ご質問ありがとうございます。
クロロフィルの生理生化学的研究をご専門とされている北海道大学田中歩教授に回答していただきました。

【田中先生からの回答】
面白い現象に気づかれましたね。私の考えを述べる前に、植物で種子が作られる過程を考えてみましょう。
子葉が2枚ある双子葉植物では、受粉後に細胞分裂を繰り返して種子の中に子葉が作られます。この子葉ができる過程を少し詳しく調べると、興味深いことに、種子形成の初期に葉緑体が形成されています。葉緑体は光合成を行う器官でクロロフィルという色素を持っていますが、種子形成後期には多くの場合、クロロフィルは分解してしまいます。さやの中の種子が最初は緑色で、その後茶色く成熟していくのをご存知だと思います。葉でみられる緑化と老化の様に、でき始めの種子でもクロロフィルが作られ、光合成をして、その後分解するのです。種子形成の途中でなぜ光合成が必要なのかはよくわかっていませんが、エネルギーや酸素の供給ではないかと議論されています。
シロイヌナズナを用いた実験室の研究では、クロロフィルの分解にかかわるNYC1という遺伝子を破壊すると、種子のクロロフィルを分解できなくなります。このような植物では、クロロフィルが残った緑色の種子が作られます。この緑の種子を播くと、不思議なことに子葉が緑化せず白いままになることがあります。さらに、このような種子を長期間保存すると白い子葉が増え、発芽率が下がって最終的には殆ど発芽しなくなります。このような現象がなぜ起こるのか、正確にわかりませんが、何らかの傷害と関係していると考えています。実は、クロロフィルは危険な分子で、細胞に損傷を与えてしまうことが知られています。葉の老化や種子形成の時にクロロフィルを分解するのは、このような危険を回避することも一つの目的です。種子形成の過程でクロロフィルが残ってしまった緑の種子では、このクロロフィルによって子葉に存在する葉緑体の前駆体(プロプラスチド)が損傷を受け、子葉がクロロフィルの合成能力を失ったと考えられます。特に、種子の保存期間が長くなるほどこの傾向が強く現れます。実際、損傷を修復する遺伝子を強制的に働かせると、白い子葉は少なくなります。それに対し、本葉は発芽後に細胞分裂によって新しく作られるので、葉緑体は健康であると考えています。そのため、本葉はクロロフィルを合成することができ、緑になります。
ご質問の件ですが、残っていたクロロフィルが子葉の健全さに影響を与えたのか、違う原因なのかはわかりませんが、長期間の保存が種子の子葉に存在するプロプラスチドに何らかの影響を与え、クロロフィルの合成能力を失ったのではないかと考えられます。
なお、青大豆やエンドウの青豆などの栽培品種では、興味深いことに、種子がクロロフィルを持っているのに、傷害が出ない場合があります。メンデルが使った青豆は、種子にクロロフィルが蓄積するのですが、品種として残っています。研究者の間では、どうしてクロロフィルが残るものと残らないもがあるのか、議論されていますが、まだよくわかっていません。

 田中 歩 (北海道大学低温科学研究所)
JSPPサイエンスアドバイザー
櫻井 英博
回答日:2016-06-01