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細胞壁の変化

質問者:   大学生   N
登録番号3505   登録日:2016-06-15
植物に乾燥ストレスを与えると、細胞壁の組成が変化すると知りました。細胞壁は、セルロースやペクチンなど様々な物質で構成されていますが、どの要素がどのような影響を受けて変化するのでしょうか。
また、これは収穫後の植物を乾燥器で乾燥させたときも、同様のことが言えるのでしょうか。
N様

ご質問いただき誠にありがとうございます。
植物細胞壁の研究をご専門とされている東北大学の西谷和彦先生にご回答いただきました。

【西谷先生のご回答】

植物細胞壁の性質の重要なポイントを突いた、大変良いご質問ですが、答える側には大変難しい難問でもあります。

結論から申し上げると,残念ながら現時点では,乾燥により変化する具体的な細胞壁の構造変化をスパッと一口でお答えできるところまで植物細胞壁の構造変化の研究は進んでいません。お答えできるのは,かなり抽象的な一般論になります。それを説明するために,まず,細胞壁の構造と働きについて一通り復習しておきましょう。

陸上植物の細胞壁は、結晶性のセルロース微繊維が骨格となり、その合間を埋めるようにヘミセルロースやペクチン、蛋白質、リグニン、スベリンなどのマトリックス性の高分子化合物が配置され、それらの間は,水素結合やイオン結合、時には共有結合で連結され、細胞壁全体が一種の超分子のような構造になっています。これらの高分子間の相互作用の種類や、細胞壁の全体像については、尚、未解明の部分があり、現在も議論の分かれているところが多く残されていますが、一般論としては、次のように考えて間違いないと思います。

(1)細胞壁の高次構造は、細胞や組織の種類(細胞型といいます)により原則としてそれぞれ異なり、著しく多様であるが、しかし、それぞれの構造は高度に秩序だったものです。これらは、細胞の分化の過程や、生理状態に応じて大きく変化する点で非常に動的ですが、構造自体はいろいろな点で非常に安定しています。

(2)細胞壁の内部には、構造要素以外に、多種類(千種以上)の酵素分子や受容体などの機能分子が存在し、酵素反応などの機能を担っています。

(3)これらの機能分子の働きにより、植物細胞壁は、細胞の種類や分化段階、生理状態に最適な完結した状態(細胞壁インテグリティー)を維持する機能をもっています。この仕組みがあるため、植物細胞壁を常に部分的な分解や修復、あるいは大がかりな再編など行いながら、全体の構造を維持・管理しています。

また、一つの細胞の中にあっても、細胞壁は,いろいろな働きをしています。細胞分裂や細胞分化の制御から、細胞成長の制御、器官や組織の力学的な支持、維管束での物質輸送、病害防御のための免疫機能や乾燥を防ぐために水分を通さないバリア機能,紫外線の遮蔽など、多岐に亘る役割を担っています。これら多様な機能に対応して、細胞壁は多様な構造を作ることができ、その構造は細胞の生理的な状態に呼応して常時変化しています。

Nさんのご質問の乾燥ストレスによる細胞壁の変化も、このような細胞壁の生理条件に応答した変化の一つです。一般に乾燥ストレスを感じた植物は、細胞成長モードから、成長を抑制して乾燥に耐えて生存率を高めるモードに切り替えます。その過程で、細胞壁の構造も細胞成長を抑制するようなモードに変わり、細胞壁の伸展性を低下させ,硬くなることが、これまでの多くの研究から知られています。細胞伸長中の細胞壁は一次壁からなり、その主要な成分はセルロースとヘミセルロース、ペクチンですので、これらの分子の状態が変わると考えられます。この時の変化は、これらの多糖類の組成が変わるというよりは、むしろ、その構造や分子間の相互作用が変わると考えられています。たとえばペクチンの中のガラクツロン酸残基のメチルエステル化の頻度や、ヘミセルロースとセルロースの間の相互作用の変化が細胞壁全体の硬さに直接関係することが分かっています。したがって、ご質問への答えは、一般論としては、成長を抑制するような細胞壁の高次構造の変化が起こると言うことになります。しかし、初めに書いた通り,それらの変化は、植物種や器官、成長段階、などにより多様で、しかも、詳細な構造変化を捉えるのは,現時点では容易ではありませんので、乾燥ストレスにより変化する細胞壁組成や変化する分子構造について具体的にお答えできるほどには分かっていません。

二つ目のご質問の「収穫後の植物を乾燥器で乾燥させたとき」の変化については二つに分けて考える必要があります。一つは、種子や果実や,落葉樹の葉の離層などのように,本来の植物の生活環のプロセスとして器官や組織の乾燥が進む場合です。種子を作る過程では,植物は種子を構成する細胞に乾燥耐性を持たせながら,細胞壁を含めた組織全体を乾燥させていきます。また,落葉樹の葉の離層では,落葉に先だって離層組織に細胞死を起こして細胞壁が乾燥します。これらの過程では,細胞壁の構造はプログラムされた方式で,例えばシロイヌナズナの種皮ではペクチンを蓄積したのち,乾燥し,発芽時に水に触れるとムシレージというペクチンのゲルが出来るような特殊な構造を作ります。また,葉の離層組織では乾燥に先だって細胞壁のペクチンやセルロースの加水分解が起こり細胞壁を脆くして,葉の重みだけで組織が崩壊・脱離して落葉が起こるようにしています。これらの過程は,しかし,我々が人為的に植物を乾燥させたからといって進む過程ではありません。

一方,栄養成長を続ける植物の茎や葉などの栄養器官は、根からの水の供給が十分あれば植物体の地上部をいくら乾燥した外気に晒しても,空気に接する表皮の細胞壁は水を通さないクチクラ層で被われていますので,細胞壁が乾燥することはありません。しかし,ひとたび器官が植物体から切り離されたり,根からの水分供給が絶たれれば,初めに書いたような乾燥ストレスを植物組織が感知し,細胞壁の代謝モードが急激に変わり,硬化などを含めた構造変化が起こります。乾燥耐性で持ち堪えられない程度に乾燥が進めば組織はネクロシスにより枯死しますので、その後は細胞の機能としてではなく、植物遺体として様々な反応が進むと考えられます。その中には、残存している原形質内や細胞壁中の酵素の働きによる細胞壁成分の分解や重合反応なども含まれます。

植物細胞壁については、次の参考書が最近の知見を網羅してますので、参考になるかと思います。

 西谷和彦・梅澤俊明 編著「植物細胞壁」講談社 2013

 西谷 和彦(東北大学大学院生命科学研究科)
JSPP広報委員長
出村 拓
回答日:2016-07-05
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