一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物の死の定義

質問者:   一般   ぴよぴよももたろう
登録番号3595   登録日:2016-09-06
植物の死というものはどのように定義されているのでしょうか。お教えください。
ぴよぴよももたろう様

本コーナーに質問をお寄せ下さりありがとうございます。
ご質問の「植物の死の定義」はなかなか難しい問題です。いくつか専門書にあたってみましたが、植物の個体死をとりあげているものは見当たりませんでした。みんなのひろば植物Q&Aでは、登録番号 0932 の同様な質問(どこからが死か?)に今関先生が回答を寄せておられましたので、その内容に以下のような私の質問をつけて回答をお願いしました。登録番号0932 も併せてご覧ください。なお、ここでは多細胞個体の死について扱いましたので、細胞死については、登録番号0265, 0438, 1754 などをご覧ください。

 「登録番号0932の回答では、樹木を切断すると水の供給がなされず、そのためそれ以上成長ができず、また細胞の恒常性が失われて個体としては死にいたるとなっています。その一方で、挿し木では植物体を再生できることも記載されています。根の切断面からシュートが伸びだして植物体が回復する様子はよく見かけます。このようにして再生した植物体は元の植物個体とは異なると考えるのでしょうか?」

回答:
0932の質問を覚えています。確かに植物の「個体死」は定義することが難しいことです。ヒト個体の死については心臓が止まったときなのか、瞳孔反応がなくなったときなのか医者仲間で決めているだけのように思います。回復不可能な状態になった時と言っても脳死、補助機器で心肺機能を継続させている状態などは「個体死」としていませんね。一方、ヒトでは「死」と判定されてもしばらくは髭も爪も伸びるのでかなりの細胞は生きているはずです。さらに、植物の場合は再生能力が強いこと、「即死」という状態がないことから動物と同様には扱えないと思いました。

そこで「水、栄養の供給が絶たれた時点から植物の個体死は始まる」とした次第です。じゃ、暗黒下においたらどうか。光合成ができなくなり、やがてその個体は死ぬから「暗所においたときから個体の死ははじまるのか」と問われるかもしれません。私の答えはイエスです。継続的に暗黒下におくことは栄養供給を絶ったことですから。「水または栄養の供給を絶ったときから」とした方がより正確かもしません。個体死に至るまでの時間を考慮すれば「水の供給が絶たれる」ことは個体死へ切り替わる要素として非常に大きいと思っています。それではどの時点が個体死に当たるのか、植物研究者、誰も考えてもいなかったことですよね。「植物ではまったく成長できなくなったとき」は個体のすべての細胞が膨圧を失ったときですね。この時点はおそらく知ることができないでしょうが、植物個体の死と見るしかないと思います。私は鉢植えの植物の水やりをおろそかにして枯らしたことが何度もあります。サツキ、ツツジ、ツバキなどはなかなか枯れません(途中から水やりをすると生き返る)が、ナンテン、ミツマタなどは一旦萎れたら水やりしても回復しないことを経験しています。おそらく、水吸収力、再生能力が種によって違うからと思っていますが。

挿し木は水も栄養も供給されるので個体死を経ないで植物の再生能力によって発根し個体としては完成します(もっとも根の種類が主根、側根から不定根、側根になる違いはありますが)。「根の切断面からシュートが伸びだして植物体が回復する」のは挿し木の反対で、残った根は生きていて再生能力が発揮されたものですね。ここで再生した植物個体を元とは「異なる」と考えるのは幹からでる右の枝と左の枝が「異なる」とするのと同じように思います。大事な点は、元の個体が死んだ後に形成された個体ではない点だと思います。

 今関 英雅(名古屋大学名誉教授、JSPPサイエンスアドバイザー)
JSPPサイエンスアドバイザー
庄野 邦彦
回答日:2017-03-16