一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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植物の重複受精について

質問者:   高校生   たまてぃん
登録番号3605   登録日:2016-09-26
最近高校の授業で植物の生殖と発生について学びました。
胚のう母細胞から胚のうを作る際、中央細胞の極核はn,nであり受精した中央細胞は精細胞のnと合わせて3nになると教わりました。
将来胚乳になる中央細胞は3nになる必要はあるんですか?中央細胞の極核がnで受精し2nになるとしても種子形成には特に問題があるとは思えないんですが…汗
進化の上で何か有利に働く理由がないと納得がいきません!教えて下さい!!
たまてぃん 様

ご質問ありがとうございます。重複受精について研究されている名古屋大学の東山哲也先生に回答をお願いしました。

【東山先生の回答】
とても良い質問ですね。

教科書では、被子植物の重複受精の典型的な例として、「2n (1n+1n)の中央細胞が1nの精細胞と受精して3nの胚乳を作る」ということが記載されています。つい3nという知識を覚えることに意識がいってしまうのですが、この数字(核相)は重複受精の本質ではありません。重要なことは、受精により、精細胞から父親のゲノムが加わることです。

胚乳では、母親と父親のゲノムはそれぞれ違う役割をします。ゲノムインプリンティングと呼ばれ、横浜市立大学・木原生物学研究所の木下哲教授が先導的な研究を進めています。簡単に言いますと、母親のゲノムは胚乳の発達を抑えるブレーキの役割を、父親のゲノムは胚乳の発達を促進するアクセルの役割を持ちます。これは、哺乳類の胎盤形成でも見られる現象ですが、自分の子どもたちに均等に資源を配分したい母親と、自分の子どもさえ成長すればよい父親の利害の対立として説明されます。受精前の中央細胞は、ブレーキにより、胚乳形成を開始しません。仮に雌しべが受粉しなかった場合は、胚乳を作らず、資源を無駄にすることはありません(裸子植物のイチョウが作る銀杏ではこの点が違いますので、自分で調べてみて下さい)。ここに受精により父親のゲノムが加わると、一気に胚乳形成が進みます。この受精に依存した素早い胚乳形成が、被子植物の繁殖戦略にとって、非常に重要であると考えられています。

さて、3nという数字に話を戻しますと、植物によっては、5nの場合や7nの場合など、様々な核相の胚乳が見られます。大事なことは、植物種ごとに、この核相は厳密に決まっているということです。それは、アクセルとブレーキが、適切なバランスをとることで、胚乳形成が正常に進行するためです。たとえば、シロイヌナズナのような植物を倍化して、4倍体の植物を作ります。これを母親、あるいは父親として受精を行わせるとどうなるでしょうか? 本来2nの中央細胞が4nとなって1nの精細胞と受精すると、胚乳形成でブレーキが効きすぎ、胚乳は十分に発達できず異常な種子となります。逆に本来1nの精細胞が2nとなって2nの中央細胞と受精すると、今度はアクセルが効きすぎ、胚乳が過剰に発達し、これも異常な種子となります。アクセルとブレーキ、このバランスをとるために、胚乳が3nの植物にとって「3n」という数字は重要なのです。

 東山 哲也(名古屋大学ITbM)
JSPP広報委員長
出村 拓
回答日:2017-03-07