一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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水中化する植物体には一体何が起きているのか

質問者:   一般   ちょびん
登録番号3606   登録日:2016-09-26
マツバイという植物を栽培しています。
マツバイは水田雑草で昔は驚異的な繁殖能力で強害雑草として農家の方々を苦しませていましたが、今日ではすっかり姿を消しました。
しかし、人の役に立たなさそうなこの草もアクアリウムの場や、重金属汚染の浄化に役立つ可能性等、なかなか侮れない一面もあります。
そんなマツバイに興味を持ち、家で栽培を始めて二年程経ちましたが・・・そこでとある疑問が浮かびました。

どうやらこの植物は「水中化」する事の出来る植物らしく、通常の陸上植物は完全な沈水状態になると呼吸が出来なくなる為か枯死、腐敗してしまいますが、
この植物は明らかに水中に適応し、枯れない為の何らかの変化をしている事に気付きました。
そして陸上のままでいる状態、抽水でいる状態、沈水でいる状態で様々な違った特徴が見れました。以下はその特徴です。

陸上の状態
葉(茎?)は硬く、太くて短い艶がある
開花しない
成長は普通
根の張りが強いが浅い
一年草である
千切ると草の臭い

抽水の状態
葉(茎?)は瑞瑞しく、長く
開花する
成長は著しく速い
根の張りは強く深い
一年草である
千切ると草の臭い

沈水の状態
葉(茎?)は節目らしきものが確認、細く柔らかく長い
開花しない
成長は遅い
根の張りは弱い
多年草である
千切ると海藻の臭い

全く同じ条件で育てた訳ではなく、正確な実験データとして提示するには年数や試行回数、観察が足りませんがこのような感じの特徴が表れているように思えました。
これらの事を見てると明らかに植物に何らかの変化が生じているのは明白ですが、具体的に何故この様な変化が起きるか理由が分かりません。
流体と気体の栄養条件、物理的要素、様々な要因でこうなっていると思うのですが、研究する機材も知識も無い、お手上げです・・・
水中化出来る植物は何が起こって「水中化」となるのか、通常の植物の違いは何か、教えて頂ければ幸いです。
ちょぴん様

質問コーナーへようこそ。歓迎いたします。回答は九州大学大学院農学研究院植物生産生理学研究室の上野 修先生にお願いし、以下のような詳しく、丁寧な説明をいただきました。

【上野先生のご回答】
 昔、マツバイは水田でよく見かけましたが、最近ではあまり見かけなくなりました。この植物はカヤツリグサ科のハリイ属(Eleocharis)に属する植物です。ハリイ属の多くは湿った土壌を好む湿生植物ですが、なかにはマツバイのように陸上でも水中(沈水)でも生きて行ける水陸両生植物が見られます。水陸両生植物はカヤツリグサ科のほかにもアリノトウダイグサ科のフサモ属、キンポゲ科のキンポゲ属などにも見られます。おそらく、水位が変化する水辺に生きている植物が、気相(陸上)でも水相(沈水中)でも生きて行けるような能力を獲得したものと考えられます。

 陸生型と水生型(沈水型)では植物の外見が異なります。水生型は葉が細くて糸上で柔らかく、同じ植物とは思えないくらい陸生型の葉とは異なります。これには水中と空気中という物理的に異なる環境が関わっていると考えられています。植物は外気よりCO2を植物体内に取り込み光合成を行い、生きています。陸上では空気中のCO2を葉の気孔から取り込みますが、水中では水の中にとけ込んだCO2を体表から吸収しています。したがって、水生型の葉では気孔はほとんど退化しています。CO2が移動するときには抵抗が生じますが、水中では空気中の10,000倍くらいの抵抗がかかります。例えば、プールの水中で歩くと、地上を歩くときに比べ大きな抵抗を感じると思います。水生型では体表からCO2を吸収するために体表面積を大きくする必要があり、このため葉を細くしてできるだけ体表面積を大きくして水と接する表面積を大きくしています。また、空気中では植物は葉を立体的に配置させるためにガッチリした体型をしていますが、水中では水中をただよう柔軟な体型を示します。また、水中では乾燥に出会うことがなく、維管束もあまり発達しません。根の発達程度もこのような水分環境の違いを反映していると思います。水陸両生植物では、成長は水生型よりも陸生型の方が旺盛なようです。水陸両生植物は陸生植物の一部が水中環境に適応したものと考えられますが、光合成の面から見ると水中ではCO2の供給が制限因子となり、その他にも理由はあるかと思いますが、やはり元々の生き方である陸上の方が良いようです。

 このように水陸両生植物は独特の生き方や形態の面白さから、かなり昔から植物学者により研究されてきました。植物の中でどのようなことが起こって陸生型と水生型の変化が生じるかについても多くの研究が行われており、それには植物ホルモンが関わっていると考えられています。例えば、アブシジン酸を含む水中で水生型を育てると、水中で陸生型の葉が生えてきます。すなわち、陸生型の葉の発生にアブシジン酸が関わっていると考えられます。ちなみにアブシジン酸は植物が乾燥ストレスを受けたときに体内で増加します。その他にも色々な植物ホルモンが陸生型と水生型の相互変換に関わっていると考えられています。

陸上の植物では、花粉が柱頭に付着することにより受精します。花粉は風や虫により運ばれますが、水中では花粉が柱頭に付いて受粉を行うことは容易ではないと思います。したがって、水生型では水中で開花しないのではないかと思います。

 なお、ハリイ属は葉が退化しており(厳密には葉身が退化し、葉鞘は基部に残っている)、葉のように見える松葉のような「葉」は稈と呼ばれるものです。イネ(水稲)でいえば、穂が付いている茎の部分に相当します。したがってマツバイの「葉」は厳密には葉ではないのですが、水中での反応は基本的には上に述べた葉の反応と同じです。

 乾燥させたときの臭いの違いについてですが、水生型では水中で体表面に緑藻が付着して繁殖していることが多く、表面がヌルヌルしていますが、葉を乾燥させると緑藻が海藻のような生臭い臭いを出すものと思います。

上野 修(九州大学大学院農学研究院植物生産生理学研究室)
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2017-03-13