一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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月齢と植物ホルモン

質問者:   会社員   鴇田竜一
登録番号3624   登録日:2016-10-23
私は肥料メーカーで営業マンをしています。
営利目的ではなく、生物学的な興味からご質問をさせていただければ有り難く思います。


現在でも多くの優秀な農業生産者が、旧暦(月齢)を利用して農作業を行っています。
満月時には生殖成長、新月時には栄養成長と言うのが定説で、大きく否定をする生産者もいません。
また、その根拠は月と太陽による引力が水の吸上げに影響を与えると考えているようです。

この体験的経験を事実として捉えた場合、私は『月の引力(重力の強弱)が水ではなくオーキシンの濃度に影響している』のではという考えに至りました。
新月時には月と太陽の引力、満月時には月のみ(重力は地球と太陽)。そのため、オーキシンの極性移動にも影響し、新月時には頂芽で濃く根端では薄い。満月時には逆に頂芽で薄く根端で濃い。
恐らく、茎部で重力に敏感なPINタンパク質等が存在するのではないと想像しています。

このように考えた場合、オーキシンの部位的濃度の反応が前記の植物成長に合致する場合が多いように思います。
そこで、月の引力が植物に与える影響や、頂芽から茎部でのオーキシン移動の重力差での影響等の研究があればご紹介頂けると有り難いです。
また、見当違いや認識に誤りがある場合には訂正をお願い致します。
鴇田竜一 様

ご質問ありがとうございます。植物の重力応答を研究されている東北大学の藤井伸治先生に回答をお願いしました。

【藤井先生の回答】
月の引力が植物のオーキシンの輸送に与える影響は、残念ながら報告されていません。しかしながら、月の引力の影響を受ける可能性のある植物の運動や成長として、葉の上下運動、樹木の幹の太さ、樹木の幹の含水量、根の伸長率などの周期的な変化と月の引力の変動との関連性が議論されています (Barlow and Fisahn 2012)。

地球の重力に応答して植物のオーキシンの輸送が変わることについてはこれまでに研究がなされているのでご紹介します。

オーキシンの輸送が関わる、重力屈性がよく研究されています。重力屈性は重力の方向に応答し、根や茎などの器官を曲げることで自身の生育に有利な方向へ器官を成長させる働きです。重力屈性は、① 重力の感受、②重力シグナルの伝達 (オーキシンの偏差分布の形成)、③ オーキシン濃度に応答した細胞の伸長反応、の3つのステップに大別されます。以下にそれぞれステップを簡単に説明しました。

① 重力の感受
でんぷん粒に富むため比重が高く細胞内で沈降する色素体 (アミロプラスト) が重力を感じる細胞 (重力感受細胞) の下側に沈降することにより、植物は重力方向を感じると考えられています。重力感受細胞は、胚軸や茎などの地上部では内皮細胞 (皮層の最内層の細胞)、根では、先端にあるコルメラ細胞です。

② 重力シグナルの伝達 (オーキシンの偏差分布の形成)
植物ホルモンのオーキシンを細胞内から細胞外に排出するオーキシン排出キャリアPINタンパク質が、重力を感じる細胞 (重力感受細胞) での重力応答に重要な役割を果たしています。重力刺激が与えられていない状態では、PINタンパク質は重力感受細胞の周囲の細胞膜に均等に分布しています。一方、植物体を横倒して重力刺激を与えると、PINタンパク質は重力感受細胞の下側の細胞膜に移動し、細胞の下側に向かって多くのオーキシンを排出します。つまり、根、茎ともに、横倒して重力刺激を与えると、上側に比べて下側でオーキシンが多くなります。シロイヌナズナの根のコルメラ細胞ではPIN3タンパク質とPIN7タンパク質が重力刺激に応答して局在を変化することが、シロイヌナズナの胚軸の内皮細胞ではPIN3タンパク質が重力刺激に応答して局在を変化することが示されています。

③ オーキシン濃度に応答した細胞の伸長
器官の上下に偏って分布したオーキシンは植物器官の不均等な成長を誘導します。根と地上部 (胚軸・茎) では細胞の伸長のための至適オーキシン濃度が異なり、地上部(胚軸・茎) で伸長成長を促進するオーキシンの濃度では、根では、伸長成長を阻害すると考えられています。その結果、根では下側により多く蓄積したオーキシンが、細胞の伸長を抑制することで、根を下側に屈曲させ、茎では下側により多く蓄積したオーキシンが、細胞伸長を促進することで、茎を上側に屈曲させると説明されています。

オーキシンの方向性を持った輸送 (極性輸送) は、狭義では、茎の先 (頂端側) から根元 (基部側) へのオーキシンの輸送を指します。このオーキシンの極性輸送は植物の維管束で発現しているPINタンパク質 (シロイヌナズナではPIN1タンパク質) が、細胞の基部側 (茎全体での根元側) に局在して、オーキシンを一方向に輸送しています。この狭義のオーキシンの極性輸送は、茎の重力に対する向きによって影響を受けないと考えられています。一方、重力の有無によって、オーキシン極性輸送は影響を受けることが、大阪府大の上田純一先生と宮本健助先生のグループが行った宇宙実験で明らかにされています (Ueda et al. 1999)。特に、エンドウの上胚軸では、微小重力条件下で、オーキシンの極性輸送が低下し、上胚軸が一定方向に屈曲しました。その様子は、地上 (重力の存在下) でオーキシンの極性輸送の阻害剤を処理したエンドウの芽生えと類似していました。この解析結果から、微小重力条件下で生育させたエンドウの芽生えでは、重力が存在しないためにオーキシン極性輸送が低下し、植物が本来持っている形態に自発的に成長する自発的形態形成が観察されたと考察されています。

以上のように、地球の重力に応答して植物のオーキシンの輸送が変わり、組織特異的にオーキシンの濃度を制御する現象が知られています。

【参考文献】
Barlow PW, Fisahn J. (2012) Lunisolar tidal force and the growth of plant roots, and some other of its effects on plant movements. Ann Bot. 110(2): 301-318.

Ueda J, Miyamoto K, Yuda T, Hoshino T, Fujii S, Mukai C, Kamigaichi S, Aizawa S, Yoshizaki I, Shimazu T, Fukui K. (1999) Growth and development, and auxin polar transport in higher plants under microgravity conditions in space: BRIC-AUX on STS-95 space experiment. J Plant Res. 112(1108): 487-492.

 藤井 伸治(東北大学大学院生命科学研究科)
JSPP広報委員長
出村 拓
回答日:2017-03-08