一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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オオバコの種子の粘液

質問者:   その他   mizuaoi
登録番号3649   登録日:2016-12-05
オオバコの種子は水に濡れると粘液を出して緩く貼り付きますが、この粘液の成分は化学的にはどういう物質で、種子のどこに含まれているものでしょうか。ご教示お願い致します。
mizuaoiさま

ご質問ありがとうございます。種子が出す粘液(ムシレージ)に関する研究をご専門とされている甲南大学の國枝正先生に回答をいただきました。

【国枝先生のご回答】
種子が出す粘液(ゲル)はムシレージ(mucilage)と呼ばれるもので、オオバコの種子以外にチアシード、バジルやシロイヌナズナなどの種子にも存在することが知られています。水に濡れるだけで種子から種子以上の体積をもつムシレージが素早くできる仕組みは、よくよく考えてみると不思議ですね。オオバコのムシレージの「(1) 化学的成分」と「(2) 貯蔵場所」について、知見が多いシロイヌナズナのムシレージも交えながら以下にご説明いたします。

(1) 化学的成分
インドオオバコ(Plantago ovata)のムシレージは、キシロースが直鎖状に結合した主鎖にアラビノース側鎖が付加したアラビノキシランという多糖が主成分になっています。ラムノースやガラクツロン酸といった糖の存在から、これらが結合したラムノガラクツロナンも含まれていると考えられています。アラビノキシランやラムノガラクツロナンは、それぞれヘミセルロースとペクチンという多糖類に分類され、多糖同士の架橋や空間を充填する役割をもっています。すなわち、これらの多糖が、緩く貼り付くといったムシレージゲルの性質を決定する大きな要因になっていると言えます。この他の成分として、セルロースが含まれていることも報告されています。
一方,シロイヌナズナのムシレージはラムノガラクツロナン(より正確に申し上げるとラムノガラクツロナンI(RG-I)と呼ばれる多糖)が主成分です。RG-Iに加えて、セルロースやアラビナン、マンナンといった多糖も含まれています。シロイヌナズナのムシレージではゲルの構造が詳細に調べられており、セルロースの繊維が種皮から放射状に展開し、その間の空間をRG-Iなどのペクチンが埋めていることが分かっています。毬栗を思い浮かべていただき、棘をセルロース繊維と見立てて、その間をゼリー状の物質(=ペクチン)が埋めているとイメージしてもらうとその構造を把握しやすいかもしれません。セルロース繊維はペクチンを種子の周りに留めておくための足場としての役割を果たします。そのため、主成分こそ異なりますが、セルロースをもつオオバコのムシレージでも同じようなゲルの構造をしていると予想されます。
少し話は逸れますが、上記のムシレージを構成する成分は植物細胞がもつ細胞壁と同じ物質が使われています。細胞の形態を決める強固な構造である細胞壁と、ムシレージゲルの柔らかいゼリー状の構造が一緒の物質からできているというのは非常に興味深いかと思います。化学的成分が同じにもかかわらず、異なった性質の構造となる理由についても是非考察されてみてください。

(2) ムシレージの貯蔵場所
オオバコのムシレージは種皮の最外層の細胞(表皮細胞)に貯蔵されています。受粉によって種子の形成が始まると、表皮細胞はムシレージの構成多糖を細胞内で盛んに合成し、細胞外へと分泌します。分泌された多糖は、種子の発達に伴って生じる表皮細胞の外側の細胞壁と細胞膜の間の空間に蓄積し、種子が吸水するまでその場所で貯蔵されます。このようなムシレージの構成多糖の蓄積は、シロイヌナズナでもほぼ同じメカニズムで起こります。ただ、シロイヌナズナの場合には、分泌・蓄積後から吸水してゲルが形成されるまでの仕組みもよく分かっています。シロイヌナズナのムシレージは、分泌されると種子の乾燥に合わせて脱水し、コンパクトな状態で種皮表皮細胞の細胞壁と細胞膜の間に収まっています。種子が水に濡れると、ムシレージは吸水してその体積を急激に膨張させ、それまでムシレージを覆っていた外側の細胞壁を物理的に弾き飛ばすことで種子の周りに放出されます。吸水から放出に掛かる時間は、数秒と非常に短く、ゲルの形成は数分のうちに完了します。ムシレージの放出がごく短時間のうちに起こるのはオオバコの場合も同様です。
種子が発芽するために水は重要な要素であり、その確保は植物の生存戦略上の大きな課題です。吸水によって素早く膨張し、保水し続けるムシレージは、水の確保においてうってつけの構造です。このような視点から考えると、水と直に接する種皮の表皮細胞はムシレージを貯蔵しておく最適な場所と言えるのではないでしょうか。

 國枝 正(甲南大学理工学部)
JSPP広報委員長
出村 拓
回答日:2017-04-04