質問者:
その他
山と遊ぼ
登録番号3656
登録日:2016-12-11
植物観察をひとつの趣味としている者ですが、冬になると冬芽を覗く機会が増えてきます。針葉樹の葉の定義
広葉樹では、単葉・複葉にかかわらず葉柄付け根部分に芽を見つけることができ、その芽が広葉樹の「葉」を定義づけてると考えます。
ところが、スギやヒノキなど針葉樹の、あの小さな葉の付け根の部分に芽を観たことがありません。
針葉樹の葉の定義は広葉樹のそれとは違っているのでしょうか?
どうぞ宜しくお願いいたします。
山と遊ぼ-さん
質問コーナーへようこ。歓迎いたします。長くお待たせしてすみません。奈良女子大学研究院自然科学系生物科学領域教授の坂口修一先生にお願いして以下のような詳しくまた、丁寧な回答をいただきました。
【坂口先生のご回答】
植物観察がご趣味でいらっしゃるとのこと。植物のからだは一見不規則に見えて、じつは明確なルールにしたがって規則正しくできています。そのルールが一度わかると植物を観察して、それが当てはまれば、なるほどやっぱり( ! )と納得できるし、当てはまらなければ何故だろう( ? )と新たな興味が沸いてくる、そんな楽しみがあるのではないかと思います。植物のからだを支配するルールのひとつが、「芽は、茎の先端と葉腋に存在し、葉自体には存在しない」です。このルールを逆手に取れば、芽の有無や位置から1枚の葉の範囲を特定できます。このことを質問者の方は「芽が広葉樹の葉を定義づけている」と表現しておられるように思います。「針葉樹の葉の定義は広葉樹のそれとは違っているのでしょうか?」というご質問ですが、上述の芽と葉の関係に関するルールが針葉樹とりわけスギやヒノキなどのヒノキ科の植物で成立しているかどうかについて説明し、ご質問に対する回答に替えさせてもらいたいと思います。
まず、広葉樹を含む種子植物一般における芽の位置と葉の関係について確認しておきましょう。芽とは、若い「シュート」(日本語の「枝」に近い概念)のことです。内部にシュート頂分裂組織を含み、葉や茎をつくり続ける能力(=無限成長性)を有していて、成長して枝や花になります。芽というと、冬芽のようにりん片葉に保護された大型の芽を思い浮かべられるかもしれませんが、葉の原基や若い葉に分裂組織が包まれただけのごく小さな構造も芽です。芽は、茎の先端と葉腋に存在するのが通例で、茎の先端の芽を頂芽、葉腋にある芽を腋芽といいます。一方、葉自体に芽はありません。芽がないため持続的な成長に必要なシュート頂分裂組織がなく、葉は有限成長性(一定の大きさ・成熟度に達すると成長が止まる)を示します。
ところで、葉には、ツバキやカシワの葉のように1枚の葉全体がひとまとまりになっている葉(=単葉)ばかりでなく、1枚の葉が複数の小部分(=小葉 )に分かれている複葉(フジ、ナンテンなど)もあります。複葉は、単葉が茎に複数付いた枝(すなわちシュート)に似ているため、複葉とシュートの鑑別が必要になることがあります。最初にルールとして示したように、種子植物の葉は、複葉にせよ単葉にせよ、葉腋に腋芽をつけるのが普通です。したがって質問者の方が見抜いておられるとおり、腋芽が見つかれば、その腋芽を腋部にもつ植物体の部分が1枚の葉であると判断できます。また、葉に芽は付かないので、複葉の各小葉の基部にも複葉の先端にも芽はありません。他方、シュートは無限成長し、枝の先端には頂芽(やそれから発達した花や枝)が、各葉の基部には腋芽(やそれから発達した花や枝)が存在します。
例えば、ナンテンの場合、長さ数センチメートルの葉の形をした扁平な構造(その基部に腋芽はない)が、”茎”のように見える、3~4回分岐した軸構造の上に多数付いています。この軸構造の先端部分に頂芽や花はなく、腋芽は、軸構造の基部が木の幹から分岐する部分にあります。これらの観察から小さな葉のように見える構造が、複葉の小葉であり、100~200枚以上の小葉が”茎”のように見える葉軸に支えられて巨大な1枚の複葉を構成していることがわかります。一方、道路脇によく植栽されるアベリアの場合、横に伸び出た”枝”のような構造の両側には、長さ数センチメートルの"葉"のような構造が対を成して並んでいます。これらの"葉"のような構造それぞれの基部には腋芽があり、”枝”の先端には頂芽あるいは花がついていることから、この”枝”は実際、枝であり、"葉"のような構造は本物の葉であると判断できます。このように芽の有無や位置がわかればシュート上の葉(=1枚の葉)と複葉の小葉(=葉の一部分)を簡単に区別できるわけです。
さて、針葉樹の葉ですが、ご質問にあるスギやヒノキを含むヒノキ科の葉は植物体のどの部分が葉なのでしょうか。たとえばヒノキの場合、緑色で長さ1~2 mmのうろこ状の構造が2枚ずつ上下・左右に交互に並んで表面を蔽い、これと内部の組織が融合してできた軸状の構造が平面内で分枝を繰り返して、背腹性のあるサイズ不定の樹形構造を作っています。この樹形構造のまとまりのよさや適当なサイズ、扁平さ、背腹性に目を奪われるとこの部分が1枚の葉(多数の切れ込みがある複葉)と思いたくなるのですが、基部へたどっていくとそのまま枝に移行してしまい、どこまでが1枚の葉なのかその境界がわかりません。途中で腋芽を探しても腋芽らしい構造は見つかりません。しかし、樹形構造の周縁の軸状の構造の先端部分にはそれぞれ頂芽が存在していて無限成長を行うことから、樹形構造は複葉ではなく、背腹性のあるシュートの集まりであることがわかります。すると、1~2 mmのうろこ状の構造のひとつひとつは小葉ではなくシュート頂分裂組織から十字対生葉序で生じた単葉ということになります。この単葉の葉腋にはそれぞれ腋芽が存在するはずですが、それとわかるような大型の芽はつくらないため、うろこ状の小さな葉の下に隠れて外側から確認することはできません。といってピンセットで葉を剥がすと組織が壊れてしまいやはり確認は困難です。ただ、主軸から側軸が頻繁に分岐していることから、腋芽は存在しており、組織切片を作って観察すれば確認されるはずです(実際、同じヒノキ科のビャクシン属で、ショート頂分裂組織から葉が一定の葉序で発生し、葉腋に腋芽が形成される様子が報告されています(Ruth et al. 1985, Amer J Bot 72: 1127-1135))。また、ヒノキの場合、枝末端部で頂芽を追うように腋芽が成長する様子が観察されることから、主軸のショート頂分裂組織に葉原基が形成されるとすぐにその葉腋に腋芽の分裂組織が形成され、芽らしい形態をとるまもなく主軸とともに成長するために、腋芽が見つかりにくくなっているとも考えられます。
以上より、ヒノキのうろこ状の葉にも腋芽が存在するといってよいでしょう。他の針葉樹の葉に関する説明は今回割愛させてもらいましたが、針葉樹の葉も広葉樹と基本的には共通した葉と芽の関係をもっていると考えて差し支えないと思います。
坂口 修一(奈良女子大学研究院自然科学系生物科学領域)
質問コーナーへようこ。歓迎いたします。長くお待たせしてすみません。奈良女子大学研究院自然科学系生物科学領域教授の坂口修一先生にお願いして以下のような詳しくまた、丁寧な回答をいただきました。
【坂口先生のご回答】
植物観察がご趣味でいらっしゃるとのこと。植物のからだは一見不規則に見えて、じつは明確なルールにしたがって規則正しくできています。そのルールが一度わかると植物を観察して、それが当てはまれば、なるほどやっぱり( ! )と納得できるし、当てはまらなければ何故だろう( ? )と新たな興味が沸いてくる、そんな楽しみがあるのではないかと思います。植物のからだを支配するルールのひとつが、「芽は、茎の先端と葉腋に存在し、葉自体には存在しない」です。このルールを逆手に取れば、芽の有無や位置から1枚の葉の範囲を特定できます。このことを質問者の方は「芽が広葉樹の葉を定義づけている」と表現しておられるように思います。「針葉樹の葉の定義は広葉樹のそれとは違っているのでしょうか?」というご質問ですが、上述の芽と葉の関係に関するルールが針葉樹とりわけスギやヒノキなどのヒノキ科の植物で成立しているかどうかについて説明し、ご質問に対する回答に替えさせてもらいたいと思います。
まず、広葉樹を含む種子植物一般における芽の位置と葉の関係について確認しておきましょう。芽とは、若い「シュート」(日本語の「枝」に近い概念)のことです。内部にシュート頂分裂組織を含み、葉や茎をつくり続ける能力(=無限成長性)を有していて、成長して枝や花になります。芽というと、冬芽のようにりん片葉に保護された大型の芽を思い浮かべられるかもしれませんが、葉の原基や若い葉に分裂組織が包まれただけのごく小さな構造も芽です。芽は、茎の先端と葉腋に存在するのが通例で、茎の先端の芽を頂芽、葉腋にある芽を腋芽といいます。一方、葉自体に芽はありません。芽がないため持続的な成長に必要なシュート頂分裂組織がなく、葉は有限成長性(一定の大きさ・成熟度に達すると成長が止まる)を示します。
ところで、葉には、ツバキやカシワの葉のように1枚の葉全体がひとまとまりになっている葉(=単葉)ばかりでなく、1枚の葉が複数の小部分(=小葉 )に分かれている複葉(フジ、ナンテンなど)もあります。複葉は、単葉が茎に複数付いた枝(すなわちシュート)に似ているため、複葉とシュートの鑑別が必要になることがあります。最初にルールとして示したように、種子植物の葉は、複葉にせよ単葉にせよ、葉腋に腋芽をつけるのが普通です。したがって質問者の方が見抜いておられるとおり、腋芽が見つかれば、その腋芽を腋部にもつ植物体の部分が1枚の葉であると判断できます。また、葉に芽は付かないので、複葉の各小葉の基部にも複葉の先端にも芽はありません。他方、シュートは無限成長し、枝の先端には頂芽(やそれから発達した花や枝)が、各葉の基部には腋芽(やそれから発達した花や枝)が存在します。
例えば、ナンテンの場合、長さ数センチメートルの葉の形をした扁平な構造(その基部に腋芽はない)が、”茎”のように見える、3~4回分岐した軸構造の上に多数付いています。この軸構造の先端部分に頂芽や花はなく、腋芽は、軸構造の基部が木の幹から分岐する部分にあります。これらの観察から小さな葉のように見える構造が、複葉の小葉であり、100~200枚以上の小葉が”茎”のように見える葉軸に支えられて巨大な1枚の複葉を構成していることがわかります。一方、道路脇によく植栽されるアベリアの場合、横に伸び出た”枝”のような構造の両側には、長さ数センチメートルの"葉"のような構造が対を成して並んでいます。これらの"葉"のような構造それぞれの基部には腋芽があり、”枝”の先端には頂芽あるいは花がついていることから、この”枝”は実際、枝であり、"葉"のような構造は本物の葉であると判断できます。このように芽の有無や位置がわかればシュート上の葉(=1枚の葉)と複葉の小葉(=葉の一部分)を簡単に区別できるわけです。
さて、針葉樹の葉ですが、ご質問にあるスギやヒノキを含むヒノキ科の葉は植物体のどの部分が葉なのでしょうか。たとえばヒノキの場合、緑色で長さ1~2 mmのうろこ状の構造が2枚ずつ上下・左右に交互に並んで表面を蔽い、これと内部の組織が融合してできた軸状の構造が平面内で分枝を繰り返して、背腹性のあるサイズ不定の樹形構造を作っています。この樹形構造のまとまりのよさや適当なサイズ、扁平さ、背腹性に目を奪われるとこの部分が1枚の葉(多数の切れ込みがある複葉)と思いたくなるのですが、基部へたどっていくとそのまま枝に移行してしまい、どこまでが1枚の葉なのかその境界がわかりません。途中で腋芽を探しても腋芽らしい構造は見つかりません。しかし、樹形構造の周縁の軸状の構造の先端部分にはそれぞれ頂芽が存在していて無限成長を行うことから、樹形構造は複葉ではなく、背腹性のあるシュートの集まりであることがわかります。すると、1~2 mmのうろこ状の構造のひとつひとつは小葉ではなくシュート頂分裂組織から十字対生葉序で生じた単葉ということになります。この単葉の葉腋にはそれぞれ腋芽が存在するはずですが、それとわかるような大型の芽はつくらないため、うろこ状の小さな葉の下に隠れて外側から確認することはできません。といってピンセットで葉を剥がすと組織が壊れてしまいやはり確認は困難です。ただ、主軸から側軸が頻繁に分岐していることから、腋芽は存在しており、組織切片を作って観察すれば確認されるはずです(実際、同じヒノキ科のビャクシン属で、ショート頂分裂組織から葉が一定の葉序で発生し、葉腋に腋芽が形成される様子が報告されています(Ruth et al. 1985, Amer J Bot 72: 1127-1135))。また、ヒノキの場合、枝末端部で頂芽を追うように腋芽が成長する様子が観察されることから、主軸のショート頂分裂組織に葉原基が形成されるとすぐにその葉腋に腋芽の分裂組織が形成され、芽らしい形態をとるまもなく主軸とともに成長するために、腋芽が見つかりにくくなっているとも考えられます。
以上より、ヒノキのうろこ状の葉にも腋芽が存在するといってよいでしょう。他の針葉樹の葉に関する説明は今回割愛させてもらいましたが、針葉樹の葉も広葉樹と基本的には共通した葉と芽の関係をもっていると考えて差し支えないと思います。
坂口 修一(奈良女子大学研究院自然科学系生物科学領域)
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2017-03-06
勝見 允行
回答日:2017-03-06