一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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栗畑の雑草について

質問者:   会社員   ino
登録番号3690   登録日:2017-02-20
お世話になります。
家の前の山に栗が植えてあり、その下の雑草がほとんどないのですがこれは栗の木が光を遮るためだと家族はいいます。
私は近くの竹林と比べても雑草がないので落葉したはっぱや栗のイガイガから何か雑草抑制物質が出ているのではとも思っています。私の意見を否定や肯定する論文はあるのでしょうか。
ino様

お待たせ致しました。頂いたご質問の回答を奈良女子大学の酒井敦先生にお願いいたしましたところ、以下の様な詳しいご回答をお寄せ下さいました。勉強して下さい。私も勉強いたします。

【酒井先生からのご回答】
奈良女子大学の酒井敦と申します。ご質問に回答いたします。質問者さまがお考えになっているような現象は、「他感作用」とか「アレロパシー」とよばれるものです。アレロパシーとは、「ある植物が環境中に化学物質を放出し、他の植物に影響を及ぼす現象」を指し、1937年にオーストリアの植物生理学者H. モーリッシュが初めて作った言葉です。他感作用の原因となる物質には様々なものがありますが、それらをひっくるめて“他感物質”とよびます。他感物質が植物体から放出される経路にはいくつかありますが、質問者様が考えていらっしゃるのは「溶脱」(ようだつ)と呼ばれるタイプの放出経路(生きた植物体地上部や落枝落葉などから、降水などにより水溶性物質が放出される経路)になります。その他の放出経路としては、地上部から揮発性物質が放出される「揮散」(きさん)、根などの地下部から分泌によって放出される「滲出」(しんしゅつ)などがあります。
ですので、ご質問の内容は、「クリの落ち葉やイガなどから他の草本植物の発芽や成長を阻害する他感物質が溶脱により放出されている可能性を示唆する文献はあるのか?」ということになると思いますが、結論から言いますと、あります。

日本では藤井義晴さんという方が他感作用・アレロパシーの研究を精力的に進めておられ、学術論文や専門書の他、一般向けの書物もいくつか書かれています。そのひとつ「アレロパシー」ISBN4-540-92225-4(農文協)という本の中に【サンドイッチ法】という手法を使って、様々な樹木の枯葉から発芽・成長阻害活性をもつ物質が溶脱により放出されているかを調べた結果の一部が表として掲載されています。
そこでは、「クリの枯葉を埋め込んだ寒天にレタスの種子を播くと、レタスの芽生えの成長は枯葉が無いときの44%にまで低下した」という結果が示されています。「クリの枯葉からは他の植物の芽生えの成長を阻害する作用をもつ水溶性の物質が放出され得る」、ということになります。残念ながら、クリのイガについては植物の成長を阻害する成分を放出しているかどうかに関する文献を見つけることができませんでしたが、原理的には枯葉の場合と同じくサンドイッチ法によって検討することができると思います。
ただし、こうした実験の情報だけに基づいて、「クリ林に雑草が少ないのはクリの枯葉から他の植物の成長を阻害する活性をもつ物質が溶脱により放出されているからである」ということはできません。
ご家族の「光がさえぎられるからではないのか?」という質問にも見られるように、他の原因・可能性がいくつも考えられるはずです。また、様々な実験や観察から「やはり枯葉から雑草を抑制する物質が出ていることが原因である可能性が高い」となったとしても、今度は、枯葉から実際にはどんな物質がどのくらい放出されているのか、それらは土壌中でどのようにふるまい(土に吸着したり、流れ去ってしまったり、あるいは分解されたり、といったことです)どの程度の濃度にまで溜まるのか、その濃度で標的となる植物にどのくらい影響を及ぼし得るのか、といったことが明らかにされる必要があります。こうした調査を全て行うことはとても大変ですから、他感作用の研究は数多くありますが、完璧にデータがそろっていることなどまずありません。自然環境下で他感作用が実際にどの程度はたらいているかを評価することは、実はかなり難しいのです。
ただ、それだけにむしろ他感作用の研究にはいろいろ工夫して実験・調査をする余地が多く残されているとも言えます。私自身も他感作用の研究者のひとりですが、色々な可能性をあれこれ考えながら研究を進めていくのはいささか楽しみでもあります。質問者様もご自宅前でのクリ畑で何か面白い実験・調査 ができないか、是非考えてみてください。

 酒井 敦(奈良女子大学)
JSPPサイエンスアドバイザー
柴岡 弘郎
回答日:2017-03-10