一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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ゼニゴケ受精

質問者:   小学生   アロス
登録番号3722   登録日:2017-04-05
精子はどのように胞子のところにたどり着くのですか。
アロス さま

ご質問ありがとうございます。ゼニゴケに関する研究をご専門とされている広島大学の嶋村正樹先生に回答をいただきました。

【嶋村先生のご回答】
 ゼニゴケの受精では精子はどのように胞子のところにたどり着くのかというご質問ですが,まず、「受精」を行う2つの細胞について説明します。コケ植物の受精では、「精子」が「卵」の中に入り込んで一つの細胞になります。この受精によってできた受精卵は細胞分裂を始め、「胞子体」とよばれる、「胞子」を作るための新しい植物に成長します。胞子体が作る「胞子」は受精をすることはありません。コケ植物の「胞子」は花の咲く植物の「種子」と似たような役割をもっており、受精せずに細胞分裂を始め、新しい植物へと成長します。
 では、「精子」と「卵」の間でおこるゼニゴケの受精について説明します。ゼニゴケには精子を作る雄の植物(雄株)と、卵をつくる雌の植物(雌株)があります。どちらにも傘のような形をした枝があり、精子と卵はそこで作られます。精子は、傘のような枝の内部にある造精器とよばれる袋のような構造の中にたくさん入っています。卵は造卵器とよばれる、つぼのような形の構造の中に1つずつ入っていて、傘のような枝の下にたくさんぶら下がっています。雨が降って雄株が濡れると、造精器から精子が出てきます。精子は、しばらくしてから、「べん毛」とよばれる長い2本の毛のような構造を動かして泳ぎ始めます。一般的には、雌株に偶然泳ぎ着いた精子が、雌株の傘の下にぶら下がっている造卵器の内部に入り込み、「精子」と「卵」の間で受精がおこると説明されます。しかし実際の受精のしくみはもう少し複雑なようです。ゼニゴケの精子は30分ぐらいしか泳ぎ続けられないし、とても小さい細胞なので、それほど遠くまで泳ぐことはできません。生きている間に泳いで移動できる距離は10cmにも満たないと考えられます。野外ではゼニゴケの雄株と雌株は互いにもっと遠く離れた場所に生えていることも多いです。さらに、造卵器をつけた傘のような枝は、地上から最大で数cmの高さにまで立ち上がっています。不思議なことに、そのような、精子が泳いで移動するには難しそうな状況でも受精は起きています。ゼニゴケの精子は、遠くの雌株までどうやって移動しているのでしょうか?実は、精子は泳ぐだけでなく、雨のしぶきや水の流れによっても移動していると考えられています。雄株の傘のような枝の上部は、お皿のような形をしていて、雨粒が落ちてくると精子を含んだ水しぶきが周辺に勢いよく飛び散るという仕掛けになっています。また、運よく雌株にたどり着いた精子は、雌株の表面の仮根とよばれる毛のような構造の間に溜まった水を伝わって、造卵器の近くにまで移動することもできます。精子がなぜ、造卵器や卵に引きよせられるのかについては、よくわかっていません。
 ゼニゴケ以外のコケも、精子を遠くに運ぶための様々な工夫をもっています。たとえば、ゼニゴケによく似たジャゴケとよばれるコケでは、精子を含む細かな水滴を空気中に勢いよく吹き出し、精子は風によって遠くに運ばれます。空中を風で漂った精子は、濡れた地面に落ちると泳ぎだします。ハリガネゴケやギンゴケでは、ダニやトビムシなどコケの上に生活している小さな動物が精子の運び役となっているようです。ダニやトビムシは、造精器や造卵器、その周囲の粘液毛とよばれる柔らかい組織が大好物です。ダニやトビムシが造精器と造卵器の間を行ったり来たり移動することも受精に役立っているようです。
 コケ植物の受精については、あまりよく研究されておらず、これからも新しいことがどんどん分かってくると思います。楽しみにしていてください。

 嶋村 正樹(広島大学大学院理学研究科)
JSPP広報委員長
出村 拓
回答日:2017-04-13