質問者:
一般
おつかれじいさん
登録番号3761
登録日:2017-05-22
群馬県中之条町六合にあるチャツボミゴケ公園に行ったところ、穴地獄と呼ばれる強酸性( pH 2.8 ~ )鉱泉からの水流周縁に、大変きれいな緑のコケが群生していて感激しました。なぜ、強酸性の環境で生育できるのでしょうか?みんなのひろば
チャツボミゴケはなぜ硫黄泉付近で生育できるのですか?
チャツボミゴケは、硫化イオンに対する何か特別な適応機構を持っているのでしょうか?
おつかれじいさん さま
ご質問ありがとうございます。コケのご研究を専門とされている理化学研究所の井藤賀操先生に回答いただきました。
【井藤賀先生のご回答】
まず、六合(くに)の穴地獄の強酸性(pH 2.8~)鉱泉について、その特徴を解説しながら、チャツボミゴケが硫黄泉付近で生育できる理由について解説します。
穴地獄から湧き出した強酸性水は、湧き出し直前まで無酸素の状態で毒性の硫化水素(H2S)を含んでいます。湧き出し後、大気中の酸素(O2)が水に溶け込むことで、酸性湧水に含まれていた硫化水素(H2S)は酸素(O2)によって酸化され、白いイオウ(S)の沈殿物となり、底質の上を覆っています。チャツボミゴケの群落は、毒性の硫化水素を含む湧き出し口付近では流石に見られませんが、この白い沈殿物が生じる湧き出し口から数m離れた地点からは成立していますので、チャツボミゴケが硫黄泉付近で暮らしていける理由は、酸素(O2)が水に溶け込み、毒性の硫化水素(H2S)が酸素(O2)によって酸化されることで無毒化されているためであると考えられます。
次に、チャツボミゴケは、なぜ、強酸性の環境で生育できるのかについて解説します。
穴地獄の水流周縁のチャツボミゴケ群落は、沈水していないが毛管現象で群落全体が酸性水で濡れた状態になっていることと、湯滝と温泉大滝付近のチャツボミゴケ群落は、強酸性水がチャツボミゴケの群落を涵養(かんよう)しながら流下していることから、チャツボミゴケの群落を構成している茎葉体の先端部の若い細胞群は、耐酸性機構をもっていると考えられますが、詳しいことは明らかにされていません。
最後に、チャツボミゴケの群落が成立する条件の主要因のひとつと考えられている硫化物イオン(S2-)の必要性について解説します。
酸性河川である元山川(主流)に白糸の滝由来の中性の河川水が合流する付近では、白糸の滝側から供給される鉄イオン(Fe2+)と硫化物イオン(S2-)が反応し沈殿しますので、硫化物イオン(S2-)の濃度が著しく低下します。チャツボミゴケは、硫化物イオン(S2-)と酸化物イオン(O2-)との反応で形成される硫酸イオン(SO42-)に対して排除型の耐性機構をもっていると考えられています。イオウ(S)は多量必須元素のひとつですから、細胞内に取り込む必要性もありますので、生長するためには、周辺に高濃度の硫酸イオン(SO42-)が存在している必要があります。したがって、チャツボミゴケは、現地で硫酸イオン(SO42-)の供給源となっている硫化物イオン(S2-)の濃度が著しく低下する主流域(白糸の滝からの河川水が合流する地点から十数m程の下流域で中和されている範囲)で暮らしていくことは困難となります。
なお、六合のチャツボミゴケは、2017年2月9日に「六合チャツボミゴケ生物群集の鉄鉱生成地」として国の天然記念物に指定されました。今後は、大変きれいな緑のチャツボミゴケ生物群集のことをよく理解することで、その保護と活用が検討されることとなるでしょう。
参考図書・文献
佐竹研一(2014)銅ゴケの不思議 改訂版、pp.222、株式会社イセブ
Itouga M., Kato Y., Ares A., Nomura T. & Sakakibara H. (2015) The accumulation of iron at the basal portion of the shoot of an acidophilic liverwort, Jungermannia vulcanicola (Schiffn.) Steph. Hikobia 17: 11-16.
井藤賀 操(理化学研究所環境資源科学研究センター)
ご質問ありがとうございます。コケのご研究を専門とされている理化学研究所の井藤賀操先生に回答いただきました。
【井藤賀先生のご回答】
まず、六合(くに)の穴地獄の強酸性(pH 2.8~)鉱泉について、その特徴を解説しながら、チャツボミゴケが硫黄泉付近で生育できる理由について解説します。
穴地獄から湧き出した強酸性水は、湧き出し直前まで無酸素の状態で毒性の硫化水素(H2S)を含んでいます。湧き出し後、大気中の酸素(O2)が水に溶け込むことで、酸性湧水に含まれていた硫化水素(H2S)は酸素(O2)によって酸化され、白いイオウ(S)の沈殿物となり、底質の上を覆っています。チャツボミゴケの群落は、毒性の硫化水素を含む湧き出し口付近では流石に見られませんが、この白い沈殿物が生じる湧き出し口から数m離れた地点からは成立していますので、チャツボミゴケが硫黄泉付近で暮らしていける理由は、酸素(O2)が水に溶け込み、毒性の硫化水素(H2S)が酸素(O2)によって酸化されることで無毒化されているためであると考えられます。
次に、チャツボミゴケは、なぜ、強酸性の環境で生育できるのかについて解説します。
穴地獄の水流周縁のチャツボミゴケ群落は、沈水していないが毛管現象で群落全体が酸性水で濡れた状態になっていることと、湯滝と温泉大滝付近のチャツボミゴケ群落は、強酸性水がチャツボミゴケの群落を涵養(かんよう)しながら流下していることから、チャツボミゴケの群落を構成している茎葉体の先端部の若い細胞群は、耐酸性機構をもっていると考えられますが、詳しいことは明らかにされていません。
最後に、チャツボミゴケの群落が成立する条件の主要因のひとつと考えられている硫化物イオン(S2-)の必要性について解説します。
酸性河川である元山川(主流)に白糸の滝由来の中性の河川水が合流する付近では、白糸の滝側から供給される鉄イオン(Fe2+)と硫化物イオン(S2-)が反応し沈殿しますので、硫化物イオン(S2-)の濃度が著しく低下します。チャツボミゴケは、硫化物イオン(S2-)と酸化物イオン(O2-)との反応で形成される硫酸イオン(SO42-)に対して排除型の耐性機構をもっていると考えられています。イオウ(S)は多量必須元素のひとつですから、細胞内に取り込む必要性もありますので、生長するためには、周辺に高濃度の硫酸イオン(SO42-)が存在している必要があります。したがって、チャツボミゴケは、現地で硫酸イオン(SO42-)の供給源となっている硫化物イオン(S2-)の濃度が著しく低下する主流域(白糸の滝からの河川水が合流する地点から十数m程の下流域で中和されている範囲)で暮らしていくことは困難となります。
なお、六合のチャツボミゴケは、2017年2月9日に「六合チャツボミゴケ生物群集の鉄鉱生成地」として国の天然記念物に指定されました。今後は、大変きれいな緑のチャツボミゴケ生物群集のことをよく理解することで、その保護と活用が検討されることとなるでしょう。
参考図書・文献
佐竹研一(2014)銅ゴケの不思議 改訂版、pp.222、株式会社イセブ
Itouga M., Kato Y., Ares A., Nomura T. & Sakakibara H. (2015) The accumulation of iron at the basal portion of the shoot of an acidophilic liverwort, Jungermannia vulcanicola (Schiffn.) Steph. Hikobia 17: 11-16.
井藤賀 操(理化学研究所環境資源科学研究センター)
JSPP広報委員長
出村 拓
回答日:2017-05-31
出村 拓
回答日:2017-05-31