一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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ツバキの陰陽、陽葉について

質問者:   教員   太一
登録番号3780   登録日:2017-06-03
ツバキを用いて切片を作り、陽葉と陰陽の柵状組織を観察し比較しました。そうすると、教科書通りで、陽葉の方が柵状組織が厚くなりました。ところが、葉緑素計で測定すると、陰陽の方が値が高くなり、クロロフィルを多く含んでいることになりました。また、炭酸水素ナトリウム水溶液中に葉を沈めて、光をあて、葉の裏に出現する泡の数を測定したところ、陰陽の方が数多くの泡が観察できました。この泡は、光をあててから出現するので、おそらく光合成によって出現した酸素であると考えます。つまり、陰陽の方が同じ光量で光合成量が多いことになります。教科書などに載っているデータとは異なるものになります。ツバキは特別な例なのでしょうか。
太一 さん:

みんなの広場 質問コーナーのご利用ありがとうございます。
ご質問には植物生態学がご専門の東京大学大学院 寺島一郎先生に回答をお願いしました。
自然に生きる生き物すべて教科書、参考書に書かれているように画一的に生きていないのが悩ましいところです。

【寺島先生の回答】
ツバキ(正式な和名は、ヤブツバキ)の陽葉と陰葉のクロロフィル量、光合成活性についての質問ですね。

ご承知のようヤブツバキは常緑樹です。教室の近くに生えているもので確かめてみましたが、6月中旬の段階で、3年目の葉がかなり残っています。一年目の葉に比べて、二年目、三年目の葉は緑が濃く、面積あたりのクロロフィル量が多くなるのは、クロロフィル計で測るまでもなく見ただけでもわかります。葉のおかれた光環境において、その葉が最大の光合成を行うためのクロロフィル量は、窒素などの無機栄養条件に依存し、かなりの確度で理論的に求めることができます。以前、計算したことがありますが、年を経た葉はクロロフィルを持ちすぎる傾向があるようです。クロマツやアカマツの古い葉についても同様です。

一年目の葉だけを考えてみましょう。例えば、種々の作物を含む一年生草本の葉は、展開し、面積が最大になるころに葉1枚あたりの光合成速度が最大になります。面積あたりの光合成速度の最大値は、葉が展開し終わる直前に得られます。ところが、常緑樹の葉はそうではありません。面積が最大になってから1月ぐらい後に、面積あたりの光合成速度が最大になります。最初からは、葉緑体を発達させないのです。展開終了後、まず、最初は細胞を丈夫にします。この期間、葉の緑色は薄く、飴色や、赤色を帯びているものもあります。細胞や葉緑体構築のための遺伝子発現が行われるので、アントシアニンやフラボノイドによってDNAやRNAをUV(紫外線)から守っていると考えられています。(林床のヤブツバキを材料とした研究では、最大光合成速度が得られるのは、林床が明るくなる秋も終わり頃になってからというデータもあります。これは林床の光環境への馴化を反映していると思われます。)

光合成が最大になる時期に常緑樹の陽葉と陰葉とを採取して比較すると、強い光を当てた時の最大光合成速度は陽葉の方が大きいのが一般的です。最大光合成速度を律速するのは、シトクロム類、ATP合成酵素、カルビン-ベンソンサイクルの酵素、とくにCO2を固定するルビスコ(正式名称は リブロース1,5-ビスリン酸 カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ)などの反応です。陽葉の葉緑体では、クロロフィルに比べてこれらの量が多い傾向があります。光吸収よりも光合成の最大速度の上昇を優先させるのです。一方、暗いところにある陰葉では、光吸収をより優先します。それでは葉の面積あたりのクロロフィル量はどうなるのかというと、タンパク質やクロロフィルなどの重要な成分である窒素などの無機栄養条件によって違います。暗い場所にある陰葉に窒素をたくさん投入しても光合成による見返りは少ないので、陽葉ほどには窒素量を投入しません。陰葉では、葉緑体の窒素のうち多くを、クロロフィルなどの光吸収のためのコンポーネントに優先的に投資するのですが、そもそもの窒素投入量が少ないのです。陽葉と陰葉の面積あたりのクロロフィル量はどちらが多いのか? という問いには、「こちらです」と答えることができないのです。光の強さと無機栄養環境の兼ね合いによるからです。

ヤブツバキは、照葉樹の林内でよく見る植物です。このような植物を強すぎる光の条件で栽培すると、慢性的な光阻害を受けて、葉が黄味をおびてきます。こういう状態では、直射光にさらされる陽葉のクロロフィル量は減少し、光合成速度も低くなります。暗いところにある陰葉はまず慢性的な光阻害を受けることはありません。この場合には、クロロフィルについても、光合成速度についても観察なさったような結果が得られるでしょう。

煮え切らない答えになりますが、 結果は、どのような時期にどのような葉を比較したのかによって異なると思われます。

 寺島 一郎(東京大学 大学院理学系研究科)
JSPPサイエンスアドバイザー
今関 英雅
回答日:2017-06-19