質問者:
会社員
しの
登録番号3819
登録日:2017-07-14
松や梅は挿し木での繁殖がとても難しく、たくさん挿してもほとんど枯れてしまうと聞きます。そこでいろいろ調べてみた結果、明確な根拠はないものの挿し穂にする植物の菌根菌への依存度と挿し木の難易度とに多少なり相関があるのでは?と思うようになりました。みんなのひろば
松や梅の挿し木と菌根菌の関係
大部分の植物は菌根菌と共生しているそうですが、たとえば松はもともと南半球にはおらず、松を南半球に植林する際、松に合う菌根菌が土地に存在しなかったためはじめの頃は植林がうまくいかなかったと聞いたことがあります。このことから松は割と菌根菌に依存するタイプの植物なのかなという印象を受けます。また、梅や桜などバラ科の樹木の下に菌根による共生を行うキノコが生えるという話も聞きます。キノコが生えるほどとなると結構しっかり共生しているのかなという印象を受けます。薔薇に関しては「薔薇の菌根菌」なる製品もあるようで、本当に効果があるかはわかりませんがバラの挿し木するときに使うと成功しやすいそうです。
松や梅とは話がずれますが、ラン科のネジバナは地中にネジバナに合う菌根菌がいなければ種子が発芽せず、また野生ではたくましく生きているわりに鉢植えで栽培する場合ネジバナ単体では栽培難易度が結構高いとか、芝生の類と一緒に植えると発芽しやすく雑に扱ってもしっかり育つという話を聞いたことがあります。これも芝生があるおかげで菌根菌が繁殖しやすいため、菌根菌に依存しやすい(?)ネジバナにとって嬉しい環境なので育ちやすいのかなと考えました。これらのことから菌根菌にあまり依存しないタイプの植物は別として依存しやすいタイプの植物を育てたり挿し木したりするときは菌根菌の存在を無視できないのかなと考えています。
通常挿し木するときは雑菌ができるだけいない清潔な土を使って挿し木するので菌根菌がまぎれこみにくく、そのため菌根菌に依存するタイプの植物を挿し木するときは失敗しやすいのかなぁと思っています。荒っぽいやり方ですが、挿し穂の親木の根のあたりの土を少しもらってきて挿し木用の土にまぜて挿し木したら成功しやすくなるのかな?と考えました(いらない雑菌もついてきそうですが)。ただ、挿し木する場合、植物の茎を切って挿し穂にするわけですから根がない状態でそもそも菌根菌が土中にいたとしても共生できるものか?という疑問もあります。このあたりもご意見頂ければと思います。
しの様
みんなのひろばの植物Q&Aにご質問を頂きありがとうございます。
ご質問が多岐にわたっておりましたので、(1)植物の菌根婚への依存度と挿し木の難易度の関係に関する研究 (2)挿し穂への感染の可能性の2点に分けて回答を頂きました。回答を菌根菌の研究をされている齋藤雅典先生にお願いしましたところ、たいへん懇切丁寧に解説して下さいました。
【齋藤先生のご回答】
1.植物の菌根菌への依存度と挿し木の難易度との関係を調べた研究はありますでしょうか?
私は樹木の挿し木に関しては素人ですが、林学関係者に尋ねたところ、樹木の挿し木の難易度は不定根の発根性の違いによって決まっているのではないかとのことです。草本類を挿し木(挿し穂)で増殖させる場合も、その難易は同様に不定根の発根性によって決まっていると思います。こうした不定根の発根性の程度は、植物の菌根依存性と関係についての研究は、私も調べてみましたが見つかりませんでした。
アーバスキュラー菌根菌(VA菌根菌とも呼ばれる)が主に共生する草本類について、植物種の菌根依存性を調べた研究によると、主に根系の形態が重要と言われています。つまり、細根が少なく粗な根系(根の表面積が相対的に小さい)を有する植物種は、一般的に菌根依存性が高いと言われています。これは、こうした粗な根系の植物種は、根の表面積が小さく、土壌からの養分吸収効率がよくないからと考えられています。しかし、例外的な植物種にあるようですし、菌根依存性は植物の生息する環境条件に大きく左右されますので、解釈には注意が必要です。
主に樹木に共生する外生菌根菌への樹種ごとの依存性については、これも依存性の評価が難しいので、あまり分かっていません。外生菌根菌と宿主となる樹種との間には、宿主特異性があり、それに応じて共生する外生菌根菌も地理的に分布しています。質問者がご指摘になっているように、樹木をこれまで植林履歴のない地理的に隔離した場所で生育させる場合、対象の樹木に共生できる外生菌根菌がいないために樹木の生育が遅れるという事例はあります。なお、上述のアーバスキュラー菌根菌には宿主特異性はほとんどありません。
サクラやウメは主にアーバスキュラー菌根菌と共生しますが、外生菌根菌にも共生します。サクラに共生する外生菌根菌は弱い寄生性を示す菌で、サクラの樹勢を弱めるという研究例があります。つまり、キノコが出るのはサクラにとってあまりよくないようです。
特殊な菌根菌が共生するラン科については、菌根菌が共生することによって発芽が促進される共生発芽という現象があり、菌根菌依存性が非常に高いと考えられています。この例は、発芽時に菌根菌が発芽種子と共生しているという点で、きわめて特殊ですが、ラン菌根菌も、ランの出根後、根に共生し茎葉部に共生することはありません。ツツジ科、シャクジョウソウ科の植物については、それらの植物が生息する環境に適応するために、菌根菌の共生が必須だと考えられています。これらの科に限らず希少植物種の生存に、その植物種に共生する菌根菌の存在が必要である(望ましい)という研究事例はいくつかあります。
挿し木の増殖を促進するために、菌根菌の接種が有効であると言われています。ご質問のバラやリンゴの挿し木にアーバスキュラー菌根菌の接種が有効であるという報告があります。ツツジ科の果樹であるブルーベリーにツツジ科型菌根菌(エリコイド菌根菌)の接種が有効であるとの報告もありす。
菌根菌は根に共生するので、挿し木が発根しなければ菌根菌の働く余地はありません。菌根菌ではなく、エンドファイトと呼ばれる植物の体内(茎あるいは根)に内生する菌類の中には、植物生育促進する機能を有するものが知られており、メリクロン培養苗などの馴化に菌を接種すると効果があり、一部実用化されているようです。
2.挿し木の時、挿し穂に菌根菌は感染できるのでしょうか?(菌根菌は根に特異的に接着、感染するのでしょうか?根に特異的だとするとその機構はわかっているのでしょうか?)
菌根菌が共生できるのは根組織に限定されると思われます。ニンジンなどのカルス培養ではアーバスキュラー菌根菌を共生させることはできませんが、器官分化させた根器官培養や、アグロバクテリウムで形質転換させた毛状根培養でアーバスキュラー菌根菌を共生させることができます。外生菌根菌やほかの菌根菌について、同様の研究例があるかどうかはよく分かりません。前述のように、挿し木の不定根にも菌根菌は感染します。
アーバスキュラー菌根菌の根への共生は、根からのシグナル(ストリゴラクトン)と菌根菌からのシグナル(リポキチンオリゴサッカライド)のクロストークによって、共生が成立(菌根菌の根への侵入、共生器官形成)します。根以外の器官からでは、共生に必要なシグナルは分泌されませんし、根粒形成と同様に、菌根菌が共生に至るまでに植物と菌の間で複雑な遺伝子発現制御が行われますので、根以外の器官に菌根共生器官が形成されることはありません。樹木の根と外生菌根菌の間のシグナル物質についてはよく分かっていませんが、アーバスキュラー菌根に類似するシステムがあると考えられています。
斎藤 雅典(東北大学大学院農学研究科)
なお、植物Q&Aに菌根菌(登録番号0915, 1487, 1801, 1884, 2786)やネジバナ(登録番号0849)の解説がありますので併せて参考になさって下さい。
みんなのひろばの植物Q&Aにご質問を頂きありがとうございます。
ご質問が多岐にわたっておりましたので、(1)植物の菌根婚への依存度と挿し木の難易度の関係に関する研究 (2)挿し穂への感染の可能性の2点に分けて回答を頂きました。回答を菌根菌の研究をされている齋藤雅典先生にお願いしましたところ、たいへん懇切丁寧に解説して下さいました。
【齋藤先生のご回答】
1.植物の菌根菌への依存度と挿し木の難易度との関係を調べた研究はありますでしょうか?
私は樹木の挿し木に関しては素人ですが、林学関係者に尋ねたところ、樹木の挿し木の難易度は不定根の発根性の違いによって決まっているのではないかとのことです。草本類を挿し木(挿し穂)で増殖させる場合も、その難易は同様に不定根の発根性によって決まっていると思います。こうした不定根の発根性の程度は、植物の菌根依存性と関係についての研究は、私も調べてみましたが見つかりませんでした。
アーバスキュラー菌根菌(VA菌根菌とも呼ばれる)が主に共生する草本類について、植物種の菌根依存性を調べた研究によると、主に根系の形態が重要と言われています。つまり、細根が少なく粗な根系(根の表面積が相対的に小さい)を有する植物種は、一般的に菌根依存性が高いと言われています。これは、こうした粗な根系の植物種は、根の表面積が小さく、土壌からの養分吸収効率がよくないからと考えられています。しかし、例外的な植物種にあるようですし、菌根依存性は植物の生息する環境条件に大きく左右されますので、解釈には注意が必要です。
主に樹木に共生する外生菌根菌への樹種ごとの依存性については、これも依存性の評価が難しいので、あまり分かっていません。外生菌根菌と宿主となる樹種との間には、宿主特異性があり、それに応じて共生する外生菌根菌も地理的に分布しています。質問者がご指摘になっているように、樹木をこれまで植林履歴のない地理的に隔離した場所で生育させる場合、対象の樹木に共生できる外生菌根菌がいないために樹木の生育が遅れるという事例はあります。なお、上述のアーバスキュラー菌根菌には宿主特異性はほとんどありません。
サクラやウメは主にアーバスキュラー菌根菌と共生しますが、外生菌根菌にも共生します。サクラに共生する外生菌根菌は弱い寄生性を示す菌で、サクラの樹勢を弱めるという研究例があります。つまり、キノコが出るのはサクラにとってあまりよくないようです。
特殊な菌根菌が共生するラン科については、菌根菌が共生することによって発芽が促進される共生発芽という現象があり、菌根菌依存性が非常に高いと考えられています。この例は、発芽時に菌根菌が発芽種子と共生しているという点で、きわめて特殊ですが、ラン菌根菌も、ランの出根後、根に共生し茎葉部に共生することはありません。ツツジ科、シャクジョウソウ科の植物については、それらの植物が生息する環境に適応するために、菌根菌の共生が必須だと考えられています。これらの科に限らず希少植物種の生存に、その植物種に共生する菌根菌の存在が必要である(望ましい)という研究事例はいくつかあります。
挿し木の増殖を促進するために、菌根菌の接種が有効であると言われています。ご質問のバラやリンゴの挿し木にアーバスキュラー菌根菌の接種が有効であるという報告があります。ツツジ科の果樹であるブルーベリーにツツジ科型菌根菌(エリコイド菌根菌)の接種が有効であるとの報告もありす。
菌根菌は根に共生するので、挿し木が発根しなければ菌根菌の働く余地はありません。菌根菌ではなく、エンドファイトと呼ばれる植物の体内(茎あるいは根)に内生する菌類の中には、植物生育促進する機能を有するものが知られており、メリクロン培養苗などの馴化に菌を接種すると効果があり、一部実用化されているようです。
2.挿し木の時、挿し穂に菌根菌は感染できるのでしょうか?(菌根菌は根に特異的に接着、感染するのでしょうか?根に特異的だとするとその機構はわかっているのでしょうか?)
菌根菌が共生できるのは根組織に限定されると思われます。ニンジンなどのカルス培養ではアーバスキュラー菌根菌を共生させることはできませんが、器官分化させた根器官培養や、アグロバクテリウムで形質転換させた毛状根培養でアーバスキュラー菌根菌を共生させることができます。外生菌根菌やほかの菌根菌について、同様の研究例があるかどうかはよく分かりません。前述のように、挿し木の不定根にも菌根菌は感染します。
アーバスキュラー菌根菌の根への共生は、根からのシグナル(ストリゴラクトン)と菌根菌からのシグナル(リポキチンオリゴサッカライド)のクロストークによって、共生が成立(菌根菌の根への侵入、共生器官形成)します。根以外の器官からでは、共生に必要なシグナルは分泌されませんし、根粒形成と同様に、菌根菌が共生に至るまでに植物と菌の間で複雑な遺伝子発現制御が行われますので、根以外の器官に菌根共生器官が形成されることはありません。樹木の根と外生菌根菌の間のシグナル物質についてはよく分かっていませんが、アーバスキュラー菌根に類似するシステムがあると考えられています。
斎藤 雅典(東北大学大学院農学研究科)
なお、植物Q&Aに菌根菌(登録番号0915, 1487, 1801, 1884, 2786)やネジバナ(登録番号0849)の解説がありますので併せて参考になさって下さい。
JSPPサイエンスアドバイザー
庄野 邦彦
回答日:2017-08-11
庄野 邦彦
回答日:2017-08-11