質問者:
その他
アサギマダラ
登録番号3831
登録日:2017-07-28
植物で、ネバリノギランやノアザミなど、花や苞の部分に粘りがありますが、この粘りはチョウやハチなど放花昆虫との間に、何か共進的な関係があるのでしょうか。また、そもそも、この粘りはどんな成分でできていて、どのように作られ、植物にとってどんなメリットがあるのでしょうか。植物のねばり
教えて下さい。宜しくお願いします。
アサギマダラ様
みんなのひろばの植物Q&Aをご利用下さりありがとうございます。
回答は送粉生態の研究をされておられる川窪先生にお願い致しました。
最新の研究の話も含めて、懇切丁寧な、たいへん興味深い回答を頂きました。
【川窪先生の回答】
そうなんです。お考えのように,花や苞の部分のベタベタは,ずばり,昆虫たちとの関係で進化してきたと考えられます。しかし,植物たちと昆虫たちとの生態的関係である「ベタベタ関係」は単純ではなく,ときに非常に複雑で,驚くほど巧妙であることがわかってきています。
植物はいろいろなところ(部分)がベタベタです。このようなベタベタにする粘りのある液を一般に「粘液」と呼びます。粘液は,ご質問にあるような花や苞の周辺から,葉,茎,そして根の先端に至るまで,さまざまな場所の分泌細胞,腺点や腺毛からにじみ出てきます。
粘液は,単純な糖液ではなく,基本的に糖をかなり含んだ糖タンパク質からできています。だから,空気にさらされてもすぐに乾燥して粘りを失うことはありません。それら糖タンパク質の種類はいろいろで,植物の種類や分泌する部分(器官)によって,また粘液の果たす役割(機能)よっても異なっています。粘液の本来的な役割は, 植物体表面の細胞を物理的障害から保護したり,乾燥した空気から保護(保湿)したり,雌しべの先端で花粉をうまく受け取れるようにしていたりと,いろいろです。でも今回は,その中でも,ご質問の昆虫たちとの生態的関係に絞って,粘液(ベタベタ)がどのような生態的な役割を果たしているかをお話ししましょう。
まず,ご質問の「ネバリノギランやノアザミなど、花や苞の部分」のベタベタと昆虫たちの関係です。このベタベタは確かにチョウ類やハナバチ類などの訪花昆虫と関係しています。しかし,花の周辺のベタベタが,直接的にそれらの訪花昆虫に作用するのではありません。間接的に訪花昆虫の飛来を維持しているのです。訪花昆虫を呼びよせるために植物は,花の中に糖液(花蜜)などを用意します。それをアリたちなどの食害昆虫から防衛するために,まるで,お城のお堀や,穀物倉庫のネズミ返しのようにベタベタが障害物として働いています。
ご存じのように「ネバリノギランやノアザミなど」の花に訪れる昆虫たちは,花蜜や花粉を採食するためにやってきます。つまり訪花は,植物が花蜜や花粉を食物報酬として与えるかわりに,訪花昆虫が,花粉を運び出したり,持ち込んだりする労働(送粉)をする関係と理解できます。しかし,ここで問題となるのは,送粉しない昆虫にとっても,花蜜や花粉が栄養豊富な食物である事実です。ですから植物は,チョウ類やハナバチ類といった送粉してくれる昆虫(送粉昆虫)だけとの労働契約を継続できるように,働かないで花蜜や花粉を盗むだけの昆虫を排除したいわけです。したがって,花を咲かせる植物の一部は,地上から花への侵入経路である花茎や苞をベタベタにすることで,送粉昆虫への報酬である花粉や花蜜を食害昆虫から防衛しています。ですから植物表面のベタベタをめぐって,植物と送粉昆虫と食害昆虫の3者の生態的関係が成立していると理解できます。
さて近年,植物表面で起こるベタベタ関係で,上記とは異なる非常に興味深い3者関係が起きていることが, “粘りつよい” 研究者たちの探求で明らかになってきました。この3者関係では,ベタベタな植物が昆虫のウンチ(糞)から栄養を得ているというのです。それも,「消化酵素を使わずに」です。研究の話は,消化酵素を分泌しない奇妙な食虫植物から始まります。
ご存じのように,モウセンゴケのような食虫植物は,葉の表面に生える粘りつく腺毛に絡め捕られた昆虫を,粘液に含まれる消化酵素で溶かして,その溶けた液を葉の表面から吸収し窒素栄養源とします。しかし,南アフリカの湿地に分布する小低木のロリドゥラ属植物(ロリドゥラ科)は,ベタベタの長い腺毛が生える細長い葉に,昆虫の死骸がたくさん付着させているのに,その分泌粘液には消化酵素が含まれていないのです。そこで当初,研究者たちは,昆虫死骸からの窒素栄養を直接的に葉から吸収するのではなく,付着した昆虫の死骸を株の根元に落として根から栄養を吸収しているのだろうと考えました。
ところが,そのベタベタの腺毛の上では,びっくりする関係が成立していたのです。なんと,腺毛に絡め捕られた昆虫を食べにくる肉食の昆虫(カスミカメムシ科のカメムシ)がいて,その肉食性昆虫の糞を植物は葉から吸収していたのです。つまりロリドゥラ属植物は,窒素に乏しい湿地の土壌から栄養を摂るのではなく,肉食性昆虫の窒素豊かな糞から栄養を摂るのです。このベタベタ関係では,カメムシは食物となる昆虫を飛び回って探し回るのではなく,ベタベタの植物の上を歩きまわるだけで小型昆虫を効率よく食べていたわけです。
しかし素朴な疑問が生まれます。そうです。研究者の次なる課題は,「なぜ肉食性のカメムシは,腺毛のベタベタに絡め捕られないのか?」です。これも“粘りづよく”詳細に研究されました。なんと,このカメムシは体表に特殊な脂質の層をもち,それが体表から剥がれて,あたかも絨毯のようにベタベタ粘液の上を包むように敷かれ,植物の上を自由に歩き回れるようになっていました。そして今では,このベタベタ関係は,カメムシとロリドゥラ属植物との相利共生の関係であると考えられています。
さらにMadia属植物では,ベタベタが植食性昆虫の食害からの防衛を間接的に担っていることが明らかになりました。北米に分布するキク科の一年生草本のMadiaelegansは堅い短毛で覆われていてベタベタします。このベタベタに付着している小型の昆虫類の死骸が,いろいろな肉食性昆虫を呼びよせ,その結果,チョウなどの鱗翅目の幼虫であるイモ虫の食害からの植物体を防衛しているというのです。実際,「肉食性昆虫の食物となる昆虫死骸の付着数が多ければ多いほど,植物はイモ虫の食害を受けない」ことが実験で確かめられました。イモ虫は植食性昆虫の中では大型で,少々のベタベタを気にせずに行動し,花芽や葉を食べてしまいます。でもイモ虫は多くの肉食性昆虫の好物です。ですから,ベタベタに付着した昆虫を食べに来た肉食昆虫は,イモ虫を見つければ捕らえます。肉食性昆虫がベタベタに絡め捕られた昆虫の死骸を食物報酬として,そのベタベタになっている植物をガードする労働をしていると理解できるのです。
いやいや,植物たちと昆虫たちの「ベタベタ関係」は本当に濃厚ですね。
川窪 伸光(岐阜大学応用生物科学部)
みんなのひろばの植物Q&Aをご利用下さりありがとうございます。
回答は送粉生態の研究をされておられる川窪先生にお願い致しました。
最新の研究の話も含めて、懇切丁寧な、たいへん興味深い回答を頂きました。
【川窪先生の回答】
そうなんです。お考えのように,花や苞の部分のベタベタは,ずばり,昆虫たちとの関係で進化してきたと考えられます。しかし,植物たちと昆虫たちとの生態的関係である「ベタベタ関係」は単純ではなく,ときに非常に複雑で,驚くほど巧妙であることがわかってきています。
植物はいろいろなところ(部分)がベタベタです。このようなベタベタにする粘りのある液を一般に「粘液」と呼びます。粘液は,ご質問にあるような花や苞の周辺から,葉,茎,そして根の先端に至るまで,さまざまな場所の分泌細胞,腺点や腺毛からにじみ出てきます。
粘液は,単純な糖液ではなく,基本的に糖をかなり含んだ糖タンパク質からできています。だから,空気にさらされてもすぐに乾燥して粘りを失うことはありません。それら糖タンパク質の種類はいろいろで,植物の種類や分泌する部分(器官)によって,また粘液の果たす役割(機能)よっても異なっています。粘液の本来的な役割は, 植物体表面の細胞を物理的障害から保護したり,乾燥した空気から保護(保湿)したり,雌しべの先端で花粉をうまく受け取れるようにしていたりと,いろいろです。でも今回は,その中でも,ご質問の昆虫たちとの生態的関係に絞って,粘液(ベタベタ)がどのような生態的な役割を果たしているかをお話ししましょう。
まず,ご質問の「ネバリノギランやノアザミなど、花や苞の部分」のベタベタと昆虫たちの関係です。このベタベタは確かにチョウ類やハナバチ類などの訪花昆虫と関係しています。しかし,花の周辺のベタベタが,直接的にそれらの訪花昆虫に作用するのではありません。間接的に訪花昆虫の飛来を維持しているのです。訪花昆虫を呼びよせるために植物は,花の中に糖液(花蜜)などを用意します。それをアリたちなどの食害昆虫から防衛するために,まるで,お城のお堀や,穀物倉庫のネズミ返しのようにベタベタが障害物として働いています。
ご存じのように「ネバリノギランやノアザミなど」の花に訪れる昆虫たちは,花蜜や花粉を採食するためにやってきます。つまり訪花は,植物が花蜜や花粉を食物報酬として与えるかわりに,訪花昆虫が,花粉を運び出したり,持ち込んだりする労働(送粉)をする関係と理解できます。しかし,ここで問題となるのは,送粉しない昆虫にとっても,花蜜や花粉が栄養豊富な食物である事実です。ですから植物は,チョウ類やハナバチ類といった送粉してくれる昆虫(送粉昆虫)だけとの労働契約を継続できるように,働かないで花蜜や花粉を盗むだけの昆虫を排除したいわけです。したがって,花を咲かせる植物の一部は,地上から花への侵入経路である花茎や苞をベタベタにすることで,送粉昆虫への報酬である花粉や花蜜を食害昆虫から防衛しています。ですから植物表面のベタベタをめぐって,植物と送粉昆虫と食害昆虫の3者の生態的関係が成立していると理解できます。
さて近年,植物表面で起こるベタベタ関係で,上記とは異なる非常に興味深い3者関係が起きていることが, “粘りつよい” 研究者たちの探求で明らかになってきました。この3者関係では,ベタベタな植物が昆虫のウンチ(糞)から栄養を得ているというのです。それも,「消化酵素を使わずに」です。研究の話は,消化酵素を分泌しない奇妙な食虫植物から始まります。
ご存じのように,モウセンゴケのような食虫植物は,葉の表面に生える粘りつく腺毛に絡め捕られた昆虫を,粘液に含まれる消化酵素で溶かして,その溶けた液を葉の表面から吸収し窒素栄養源とします。しかし,南アフリカの湿地に分布する小低木のロリドゥラ属植物(ロリドゥラ科)は,ベタベタの長い腺毛が生える細長い葉に,昆虫の死骸がたくさん付着させているのに,その分泌粘液には消化酵素が含まれていないのです。そこで当初,研究者たちは,昆虫死骸からの窒素栄養を直接的に葉から吸収するのではなく,付着した昆虫の死骸を株の根元に落として根から栄養を吸収しているのだろうと考えました。
ところが,そのベタベタの腺毛の上では,びっくりする関係が成立していたのです。なんと,腺毛に絡め捕られた昆虫を食べにくる肉食の昆虫(カスミカメムシ科のカメムシ)がいて,その肉食性昆虫の糞を植物は葉から吸収していたのです。つまりロリドゥラ属植物は,窒素に乏しい湿地の土壌から栄養を摂るのではなく,肉食性昆虫の窒素豊かな糞から栄養を摂るのです。このベタベタ関係では,カメムシは食物となる昆虫を飛び回って探し回るのではなく,ベタベタの植物の上を歩きまわるだけで小型昆虫を効率よく食べていたわけです。
しかし素朴な疑問が生まれます。そうです。研究者の次なる課題は,「なぜ肉食性のカメムシは,腺毛のベタベタに絡め捕られないのか?」です。これも“粘りづよく”詳細に研究されました。なんと,このカメムシは体表に特殊な脂質の層をもち,それが体表から剥がれて,あたかも絨毯のようにベタベタ粘液の上を包むように敷かれ,植物の上を自由に歩き回れるようになっていました。そして今では,このベタベタ関係は,カメムシとロリドゥラ属植物との相利共生の関係であると考えられています。
さらにMadia属植物では,ベタベタが植食性昆虫の食害からの防衛を間接的に担っていることが明らかになりました。北米に分布するキク科の一年生草本のMadiaelegansは堅い短毛で覆われていてベタベタします。このベタベタに付着している小型の昆虫類の死骸が,いろいろな肉食性昆虫を呼びよせ,その結果,チョウなどの鱗翅目の幼虫であるイモ虫の食害からの植物体を防衛しているというのです。実際,「肉食性昆虫の食物となる昆虫死骸の付着数が多ければ多いほど,植物はイモ虫の食害を受けない」ことが実験で確かめられました。イモ虫は植食性昆虫の中では大型で,少々のベタベタを気にせずに行動し,花芽や葉を食べてしまいます。でもイモ虫は多くの肉食性昆虫の好物です。ですから,ベタベタに付着した昆虫を食べに来た肉食昆虫は,イモ虫を見つければ捕らえます。肉食性昆虫がベタベタに絡め捕られた昆虫の死骸を食物報酬として,そのベタベタになっている植物をガードする労働をしていると理解できるのです。
いやいや,植物たちと昆虫たちの「ベタベタ関係」は本当に濃厚ですね。
川窪 伸光(岐阜大学応用生物科学部)
JSPPサイエンスアドバイザー
庄野邦彦
回答日:2017-09-28
庄野邦彦
回答日:2017-09-28