一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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樹木がヒコバエを発生させる条件について

質問者:   会社員   サエグサ
登録番号3844   登録日:2017-08-05
いつもこちらのQ&Aで勉強させていただいております。

質問させていただきたい内容ですが、タイトルの通り樹木(主に高木)がヒコバエを発生させる際に要因となるものがあるのか、ということです。

当方造園業に従事しておりまして、近年里山の大きくなりすぎた樹木の萌芽更新を行うことがよくあります。その際に樹種と時期、枝や脇芽等を考慮して幹を切詰めるのですが、どうしても枯れるリスクを孕んでの作業となります。もしヒコバエが多数出ていれば親株を伐採して子株への更新が容易になり、立ち枯れのリスクも回避できるのにと考えてしまいます。

ヒコバエが出やすい樹種や出にくい樹種等いろいろな条件はあるかと思いますが、何かきっかけになるようなご意見が少しでもいただければ幸甚であります。
一つご教授いただきますようよろしくお願いいたします。
サエグサ様

みんなのひろばへのご質問ありがとうございました。頂いたご質問の回答を東京大学植物園日光分園の舘野正樹先生にお願い致しましたところ、以下の様な詳しい回答をお寄せ下さいました。お役に立つと思います。

【舘野先生のご回答】
 ひこばえについてのご質問ですが、ひこばえが出てくる高木種、出てこない高木種などについて書きたいと思います。

1.積極的にひこばえを作り、それによって幹を更新する種
 常緑広葉樹のマテバシイ、落葉広葉樹のカツラ、イヌブナなどは伐採されなくともひこばえを出して幹の更新を行います。それによって株立ち状の樹形ができてきます。最初にできた幹が腐朽菌などによって侵されても、ひこばえを使うことで個体全体が枯死することはないようです。ただし、ひこばえが暗い森林の中で大きくなるには林冠を構成する葉からの有機物の転流が必要なため、ひこばえ形成にはかなりのコストがかかっているはずです。

2.伐採されるとひこばえが出てくる種
 私は植物園勤務なので、管理のために樹木の伐採をすることが良くあります。胸高直径が40cmを越えるような高木を伐採したとき、切り株からひこばえが出てくる種を観察してみました。ひこばえが良く出てくるのは、イチョウ、サクラ、ポプラなどだったと思います。高木ではないのですが、キササゲやクワもたくさんのひこばえが発生します。サクラについては出てこない種もあったように記憶しています。

3.伐採後にひこばえが出てこない種
 これも胸高直径の大きなものについての観察ですが、ひこばえが出てこないのは、アカマツ、スギ、カラマツ、サワラ、モミ、ヒノキなどの針葉樹でした。園芸品種のアカマツには八房性と呼ばれるものがありますが、これは不定芽形成を行う突然変異体ではないかと思います。このアカマツはひこばえを作るかもしれません。また、北山スギはひこばえを作ることが知られています。モミは幹の高い位置では不定芽を作るようですが、根元でひこばえを出すことはありませんでした。

4.若い木ならばひこばえが出てくる種
 雑木林を構成するコナラなどの落葉広葉樹は、少なくとも幹が細いときにはひこばえが出てきます。この性質を使って木炭の生産を行っていたのですね。伐採後に出てきたひこばえがあまり太くならないうちに再度伐採することで、木炭に適した細い幹を得られる上、ひこばえがたくさん出てきます。コナラ以外ではどのような種がひこばえを作るのかということについては確実なことはいえませんが、雑木林を構成する種はすべてひこばえを作るはずです。コナラの場合、太くなるとひこばえはあまり出てきません。こうした種は、不定芽によってひこばえが作られるのではなく、葉腋の芽がしばらくの間休眠芽となっていて、それがひこばえを作るのかもしれません。備長炭を作るウバメガシもこのような種なのかもしれません。

 こうしてみると、ひこばえが期待できないのは針葉樹と老木ということになりそうです。余談ですが、多雪地のブナは「あがりこ」という高い位置からひこばえが発生した形となっていることがあります。これは春先に雪面すれすれで伐採したことによってできるのではないかと思います。ブナも大木からはひこばえが出てこないように思うので、あがりこも結構若いうちに伐採されたのかもしれません。

 舘野 正樹(東京大学植物園日光分園)
JSPPサイエンスアドバイザー
柴岡 弘郎
回答日:2017-08-08