一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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コナラのどんぐりと実生について

質問者:   一般   inakamon
登録番号4043   登録日:2018-03-12
茨城県北部の海岸沿いに住んでいます。
ここにコナラの大木があり、沢山のどんぐりが落ちていました。こんなに生産されるのだから過去に散布されて育った稚樹や若木が至る所にあるに違いない、と思って林内を歩き回っても、稚樹は全くないのです。枯葉の供給は十分にあって生育するための土壌は厚く湿度も十分にありそうです。どんぐりの発芽を抑制している要因は何か、と疑問を覚えます。
一方で、シロダモ、アオキなどは芽生えがあり、個体数を増やしています。
考えられる理由があれば教えてください。
inakamonさん

植物 Q&A「みんなの広場」へようこそ。質問を歓迎します。
回答を植物生態学が専門の久米篤博士(九州大学教授)にお願いしました。

【久米先生のご回答】
ドングリなどコナラ属種子は堅果と呼ばれ、生り年(なりどし)の生産量はとても多いため、ツキノワグマやシカ、イノシシ、野ねずみ類やカケスなどの野生生物たちの重要な餌資源となっています(堅果類の豊凶調査は、各県のクマ出没予測のための重要な業務になっています)。また、落下したドングリを拾ってきて乾かさないようにしばらく置いておくと、中からイモムシがぞろぞろ出てきます。これはゾウムシの仲間やハマキ蛾の仲間の幼虫です。このことは、大量に落ちたドングリのほとんどは発芽に至る前に食べられてしまうことを示しています。一方、落ち葉の上に落ちたドングリは水が吸収できる土壌表面に到達することが出来ないので、発芽することが難しくなります。運良く、土壌表面に到達できたドングリは、素早く根を伸ばして春を待ちます。面白いことに、野ねずみ類やカケス類などはドングリを地中に埋めて隠すという貯食行動を取ることがあり、結果として種子散布や新規定着に大きく貢献していることがわかっています。
 さて、林床で運良く根を伸ばせたドングリは春になると芽を出そうとしますが、厚い落葉層に覆われていると、なかなかその上に葉を展開することが出来ません。また、うまく落葉層の上に出られたとしても、野ねずみ類によって根元をかみ切られてしまうことがあります。何とか葉を広げても、親木の下では育つために必要な光が十分に届かないため、菌類などに感染して枯れてしまいます。落葉性のコナラ属の仲間は夏季に十分に光が当たる必要があります。さらに、親木の近くでは、上の親木で増えた葉を食べるイモムシが下にある芽生えの葉を食べてしまうことが観察されています。つまり、ドングリが発芽して大きくなるためには、動物害が少なく、落葉層が薄く、親木によって覆われない環境である必要があります。これは、自然ではたとえば山火事跡などの環境が該当しますし、里山であれば薪炭用に伐採して林床の落葉かきをした環境が近いかもしれません。
 一方、シロダモやアオキの果実はヒヨドリやツグミなどの中型の鳥に食べられて、種子が糞として排出されることで発芽が促進されます。糞の中の種子を食べる動物はあまりいないので、結果として発芽率が高くなります。また、鳥が糞をする場所の地面は比較的開けた明るい場所が多いので、実生の生存率も高くなります。また、常緑性なので秋になって上層部の木々が葉を落とした後で光合成することが出来ます。そのため、生産する種子数は少ないのですが、実生の定着率は相対的に高いのです(さらに、アオキの場合は活発に栄養繁殖も行います)。ただし、親木の近くで見られる実生はやはり少ないと思います。
 このように、自然の植物の動態は植物の成長に直接関係する要因だけではなく、その植物と関係する他の生物、すなわち生態系レベルで調べることではじめて分かることも多いのです。


久米 篤(九州大学大学院農学研究院教授)
JSPPサイエンスアドバイザー
櫻井 英博
回答日:2018-04-15