一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

植物Q&A

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蜜腺について教えてください

質問者:   自営業   malo
登録番号4082   登録日:2018-04-26
素人からの質問でご面倒をかけます。
キンポウゲからキクまで、たくさんの被子植物が「蜜腺」を持ち、蜜を分泌しています。しかも腺点としての位置は、花内から花外までさまざまです。また目的も、媒介者への報酬から、保護者の誘引といろいろ説明があります。被子植物の進化の上で、「蜜腺」をどのように理解すればよいのでしょうか。
melo様

みんなのひろばの植物Q&Aをご利用下さりありがとうございます。

植物の受粉のしくみには、風や水など非生物的なものによるものと昆虫などの生物的なものによるものがあります。裸子植物は風による風媒ですが、被子植物の祖先や初期の被子植物は風媒か昆虫による虫媒によっていたと言われています。この時点での虫媒は、昆虫が花粉や胚珠などを食するために訪花習性を獲得したものでした。

やがて、送粉の報酬として、花粉などの花器官の代わりに花蜜を提供する植物が現れると、蜜を直接吸うことのできるストロー状の口吻を持つ一群の昆虫が出現し、植物と昆虫の関係は大きく変わります。

花の内側にある蜜腺(花内蜜腺)は、多くは子房の基部あるいは子房と雄ずいの間にあります。花が平面的ですと、口吻の長さが短い多くの昆虫が訪花できますが、必ずしも同じ種の花に花粉を届けてくれるとは限りません。花が立体的になり蜜腺までの距離が長くなると、蜜腺に届くような長い口吻を持つ昆虫だけが蜜にありつけ、訪花するようになり、その結果、効率良く受粉が行われることになります。一方、長い口吻を持つ昆虫にとっては短い口吻を持つ昆虫に蜜を奪われることがなく独占的に蜜を得ることが可能になるというメリットがあります。このようにして、植物の花は平面的な放射相称の花から、立体的な左右相称の花へ、さらに複雑な立体構造を持つ花へと進化して多様化してきたと考えられています。

花の構造と送粉者の口吻構造の他にも、花の色や香りと昆虫の識別能力や好み、蜜の組成や濃度と昆虫の栄養要求や好み、開花時期や時刻と昆虫の発生時期や活動時刻などと相まって、多くの植物が訪花者の中から特定の送粉者と個別的な関係を結ぶことによって種分化して、多様化したと考えられています。

現在、約25万種の維管束植物のうち被子植物は96.3%を占めますが、蜜腺はこのように多様な種分化を生み出した大きな原因と言えるでしょう。

上記のように、被子植物は虫媒花の出現によって多様な植物を生み出し、進化してきたと思われますが、送粉方式の進化の方向は単純ではありません。例えば、キンポウゲ科植物の大半は虫媒による送粉を行ないますが、カラマツソウ属のものは風媒によります。キク科植物の多くは虫媒によりますが、ブタクサ属、ヨモギ属、オナモミ属のものは風媒です。このように、多くの科に風媒花を持つ植物が散在していますが、それらの植物の間の系統関係は薄く、多くの場合、それぞれの植物群が進化の過程で直面した生態的条件に応じて送粉方式を変化させた、平行進化によるものであると考えられています。

虫媒送粉型から風媒送粉型に変化したと思われる植物群はステップやサバンナのような乾燥した、広大な草原に分布するものが多いようです。このような環境では、ごく少数の種がしばしば単一のきわめて大きな集団をつくり、風媒によって十分送粉が可能です。わざわざ密腺を作ってまで虫媒という送粉方法をとる必要がなくなったためかと思われます。

さらに虫媒送粉型から風媒送粉型に変わった植物群から派生して、湿度の高い気候帯に侵入したり、森林の林床に入り込んだ植物で、再び虫媒型に変化したと思われる例も知られており、送粉型は進化の過程で複雑に変化しているようです。

 なお、花内蜜腺の他に、多くの植物の葉の基部や萼片の外など花の内側でないいろいろな場所に蜜腺(花外蜜腺)があり、蟻がよく集まっていることから、蟻を誘引することによって昆虫やその幼虫の食害から保護するのに役立っているのではないかと言われています。花外蜜腺は、しだ植物にも知られていて、花内蜜腺より早い時期から存在したと言われています。植物は送粉のためにいろいろな方法で昆虫を誘引しますが、誘引した昆虫やその幼虫の食害から蟻を使って護っているのかもしれません。

 この回答は、平凡社刊の「花に引き寄せられる動物」(井上民二、加藤 真編)、「昆虫を誘い寄せる戦略」(井上 健、湯本貴和編)を参考にしてつくりましたが、植物Q&Aにも蜜腺で検索すると9項目でてきます。参考になるかと思います。




庄野 邦彦(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2018-05-09