質問者:
一般
アサギマダラ
登録番号4125
登録日:2018-06-03
植物(ユウスゲ)が咲いている草原を観察していた時のことです。尾瀬ヶ原のニッコウキスゲがチョウをポリネーターとして有性生殖をしていることはわかっていますが、最近の調査でニッコウキスゲの結実率が非常に低いことに気づき、心配をしています。みんなのひろば
昆虫(ポリネーター)を呼ぶ植物の香りについて
そうした中、草原に咲くユウスゲはどうだろうかと草原環境の調査を開始しました。ユウスゲの開花時間を考えるとチョウではなく蛾がポリネーターであろうと考えています。そこで、蛾を引き付けるために植物(ユウスゲ)が、どのような香り成分を作り、蛾をポリネーターにしようとして進化して来たのか、その共進化の仕組みを解明することで環境調査の分析に生かしたいと考えています。そのためには、まず、ユウスゲが出している匂いについて教えていただきたいと思っています。
その成分等について、また、その成分に引き付けられる昆虫(蛾)などについて教えて下さい。宜しくお願いします。
アサギマダラさま
質問コーナーへようこそ。歓迎いたします。回答お待ちどう様でした。ご質問については、この問題に取り組んでおられる東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻広域システム科学系の新田 梢先生に以下のように解説していただきました。
【新田先生のご回答】
ユウスゲは夜咲き(夕方に開花し翌朝に閉じる)花で、スズメガ類が花を訪れ花粉を運びます。花の色は薄い黄色で、甘い強い香りがあります。ユウスゲ(キスゲ)の進化については、私たちの研究グループ(九州大学の矢原徹一教授代表)も取り組んでいるテーマで、特に、ユウスゲの花の匂いの成分については、岐阜大学の岡本朋子さんとの共同研究で分析を行っています。ユウスゲの花の香りは、オシメンやリナノールなどのモノテルペン系、ベンゼノイド系のフェニルエチルアルコール、インドールなどの物質を含むことが明らかになりました(未発表データ)。
野外でユウスゲの花を訪れる主な昆虫は、スズメガの仲間で、夕暮れ時からの薄暗い時間帯(18時~21時頃)を中心に花を訪れることが観察されています。詳しい種については、地域に生息するスズメガ類が訪れます。福岡市内の大学圃場では、廣田峻さんによってセスジスズメとイッポンセスジスズメ(Hirota et al. , 2012)、コスズメ(Hirota et al. , 2013)、エビガラスズメが花を訪れることが観察されています(Hirota et al. ,投稿中)。また、大分県の久住高原ではベニスズメやエビガラスズメが観察されています(安元暁子さんによる観察)。
ユウスゲの花のもつ香り成分がスズメガの仲間を誘引しているとは考えられますが、花の香り成分のうち、どの物質が昆虫の誘引にきいているかの実証実験は難しく(条件を制御して物質に昆虫が反応するかどうかの行動実験などが必要)、ユウスゲでは、どの物質がスズメガの誘引に効果があるかは明らかにはなっていません。そして、香りの効果は複雑で複数の成分のセットが誘引に効果があることも考えられます。私たちは、ユウスゲの花の香りの進化について、アゲハ蝶の仲間によって花粉が運ばれる、同じ属の近縁種、ハマカンゾウと比較することによって議論しようとしています。ハマカンゾウは、昼咲き(朝に開花し、夕方から夜に閉花)で、赤色を帯びたオレンジの花色をしており、人の鼻では香りはあまり感じられません。例えば、ユウスゲのもつ成分のうちオシメンなどいくつかの成分は、ハマカンゾウにも共通に見られます。蝶に花粉を運ばれる花から、蛾に花粉を運ばれる花への進化に伴って、蝶を誘引する香り成分を持ちつつ、蛾の誘引に効果のある成分を出すようになったのかもしれません。今後、詳細な比較をすることによって、昼咲きの種から夜咲きの種への進化にともなって、夜咲きのユウスゲに特有の花の香り成分が、どのように進化したのかを議論したいと考えています。
ぜひ、質問者様の観察結果(花を訪れる昆虫の種類、時間帯や訪花頻度など)を自然史の記録として報告論文にされてください。
参考文献
Shun K. Hirota, Kozue Nitta, Yuni Kim, Aya Kato, Nobumitsu Kawakubo, Akiko A. Yasumoto and Tetsukazu Yahara (2012), Relative role of flower color and scent on pollinator attraction: experimental tests using F1 and F2 hybrids of daylily and nightlily. PLoS ONE 7(6): e39010.
Shun K. Hirota, Kozue Nitta, Yoshihisa Suyama, Nobumitsu Kawakubo, Akiko A. Yasumoto and Tetsukazu Yahara (2013), Pollinator-mediated selection on flower color, flower scent and flower morphology of Hemerocallis: evidence from genotyping individual pollen grains on the stigma. PLoS ONE 8(12): e85601.
三宅 崇 (2000)「第7章 花の香り:香りを介した植物と送粉者の関係とその進化」種生物学会 編「花生態学の最前線 美しさの進化的背景を探る」文一総合出版
質問コーナーへようこそ。歓迎いたします。回答お待ちどう様でした。ご質問については、この問題に取り組んでおられる東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻広域システム科学系の新田 梢先生に以下のように解説していただきました。
【新田先生のご回答】
ユウスゲは夜咲き(夕方に開花し翌朝に閉じる)花で、スズメガ類が花を訪れ花粉を運びます。花の色は薄い黄色で、甘い強い香りがあります。ユウスゲ(キスゲ)の進化については、私たちの研究グループ(九州大学の矢原徹一教授代表)も取り組んでいるテーマで、特に、ユウスゲの花の匂いの成分については、岐阜大学の岡本朋子さんとの共同研究で分析を行っています。ユウスゲの花の香りは、オシメンやリナノールなどのモノテルペン系、ベンゼノイド系のフェニルエチルアルコール、インドールなどの物質を含むことが明らかになりました(未発表データ)。
野外でユウスゲの花を訪れる主な昆虫は、スズメガの仲間で、夕暮れ時からの薄暗い時間帯(18時~21時頃)を中心に花を訪れることが観察されています。詳しい種については、地域に生息するスズメガ類が訪れます。福岡市内の大学圃場では、廣田峻さんによってセスジスズメとイッポンセスジスズメ(Hirota et al. , 2012)、コスズメ(Hirota et al. , 2013)、エビガラスズメが花を訪れることが観察されています(Hirota et al. ,投稿中)。また、大分県の久住高原ではベニスズメやエビガラスズメが観察されています(安元暁子さんによる観察)。
ユウスゲの花のもつ香り成分がスズメガの仲間を誘引しているとは考えられますが、花の香り成分のうち、どの物質が昆虫の誘引にきいているかの実証実験は難しく(条件を制御して物質に昆虫が反応するかどうかの行動実験などが必要)、ユウスゲでは、どの物質がスズメガの誘引に効果があるかは明らかにはなっていません。そして、香りの効果は複雑で複数の成分のセットが誘引に効果があることも考えられます。私たちは、ユウスゲの花の香りの進化について、アゲハ蝶の仲間によって花粉が運ばれる、同じ属の近縁種、ハマカンゾウと比較することによって議論しようとしています。ハマカンゾウは、昼咲き(朝に開花し、夕方から夜に閉花)で、赤色を帯びたオレンジの花色をしており、人の鼻では香りはあまり感じられません。例えば、ユウスゲのもつ成分のうちオシメンなどいくつかの成分は、ハマカンゾウにも共通に見られます。蝶に花粉を運ばれる花から、蛾に花粉を運ばれる花への進化に伴って、蝶を誘引する香り成分を持ちつつ、蛾の誘引に効果のある成分を出すようになったのかもしれません。今後、詳細な比較をすることによって、昼咲きの種から夜咲きの種への進化にともなって、夜咲きのユウスゲに特有の花の香り成分が、どのように進化したのかを議論したいと考えています。
ぜひ、質問者様の観察結果(花を訪れる昆虫の種類、時間帯や訪花頻度など)を自然史の記録として報告論文にされてください。
参考文献
Shun K. Hirota, Kozue Nitta, Yuni Kim, Aya Kato, Nobumitsu Kawakubo, Akiko A. Yasumoto and Tetsukazu Yahara (2012), Relative role of flower color and scent on pollinator attraction: experimental tests using F1 and F2 hybrids of daylily and nightlily. PLoS ONE 7(6): e39010.
Shun K. Hirota, Kozue Nitta, Yoshihisa Suyama, Nobumitsu Kawakubo, Akiko A. Yasumoto and Tetsukazu Yahara (2013), Pollinator-mediated selection on flower color, flower scent and flower morphology of Hemerocallis: evidence from genotyping individual pollen grains on the stigma. PLoS ONE 8(12): e85601.
三宅 崇 (2000)「第7章 花の香り:香りを介した植物と送粉者の関係とその進化」種生物学会 編「花生態学の最前線 美しさの進化的背景を探る」文一総合出版
新田 梢(東京大学大学院総合文化研究科)
JSPPサイエンスアドバイザー
勝見 允行
回答日:2018-06-30
勝見 允行
回答日:2018-06-30