質問者:
自営業
アグネス
登録番号4127
登録日:2018-06-04
リン酸肥料の効果の一つに作物の徒長防止効果と記載されたものを見ます。みんなのひろば
作物の徒長抑制へのリン酸の効果
リン酸に徒長防止効果が本当にあるのか、あるとしたらどの様なシステムによるものか。教えてください。
アグネスさま
栽培植物起源は野生植物です。草本性植物の種子は生存戦略的に有利な時期に芽を出し、葉を展開して茎をのばし光合成を行い(栄養成長期)、次に花芽をつけ、花を咲かせ、種子をつけます(生殖成長期)。栄養成長期から生殖成長期への移行は、植物によりさまざまです。その仕組みが相当程度解明されているものには、日長による花芽形成の制御(「みんなの広場」で長日植物、短日植物など用語検索し、[登録番号1630]など多くの回答参照)、花芽形成や開花に低温処理を必要とするもの([登録番号2542]ほか)などがあります。
「アグネスさん」の質問にあるように、農業技術的には、リン酸は作物の花や実をつけるのを促進することが知られています([登録番号2010]参照)。この質問は言い換えると、「窒素肥料の過多が植物の葉を茂らせるばかりで、実の生産量の低下を招くのはどのようなシステムによるのか」となりますが、農業技術的には広く知られていることがらでも、植物生理学分野からの説明はまだほとんどできていません。そこで、これに関連する問題を少し広く考えてみました。
植物は、葉を展開して光合成によって有機化合物を生産し、多くのものは、適当な時期になると花芽をつけ、花を咲かせ、種子を作ることにより、命を伝えてきました。光合成にはタンパク質やクロロフィルなどの窒素を含む化合物が大量に必要です。一般に、窒素栄養の供給には限りがあるので、植物体はこれを最も必要としている器官や組織に優先的に割り当てます。多くの植物は、茎から葉を次々と伸ばしつつ生長しますが、成長につれて下位にある葉は太陽光を十分受けることができなくなります。すると下位にある葉は細胞内の窒素を含む化合物を分解し、これを光がよく当たり成長が盛んな上位にある葉に送り、外観上からも下位の葉の緑色は薄くなります。種子植物では、次世代に引き継がれる種子をできるだけ大量に、良い状態で作ることが生存競争上有利です。それには、栄養成長が適当に進んだ段階で生殖成長への切り替えが起こり、葉や茎の有用な成分を種子に送る必要がありますが、この輸送と結実にも光合成によるエネルギー供給が必要です。秋に結実する種子では、切り替えが遅れると、実を十分つけない内に低温に見舞われることになります。初夏に結実する種子の場合は、実を十分つけない内に周辺の他の植物が成長して太陽光を十分受けられなくなります。逆に切り換え時期が早すぎると、太陽光を十分には利用できないことになります。このように、栄養成長から生殖成長への切り替えのタイミングは重要です。土壌中の窒素栄養が低下して生殖成長期に入ると、窒素は葉や茎から転用されるが、リンは外部からの供給を多く必要とするのではないかと考えられます。栄養成長期切り替えには、植物ホルモンのうち、細胞分裂促進効果のあるものの濃度低下、老化に関係するものの濃度上昇がなど可能性として考えられ、これにリン酸栄養が関係している可能性も考えられていますが、はっきりしたことはまだ分かっていないと思います。
野生植物にとっては、環境中に窒素栄養が十分あるなどということはめったにないことなので、窒素栄養が十分ある場合は、栄養成長を長く続けるという性質をもつものが多くの場合生存競争上有利だったのではないかと考えられます。多くの栽培植物も、この傾向を引き継いでいるのではないでしょうか。なお、栽培技術的には、施肥、光、温度などを人工的に適当にコントロールすることにより、トマトを最初は大きく生い茂らせ、次いで長期間にわたり果実を収穫することがオランダ、イギリスなどのヨーロッパ高緯度地域で実用化されています。1985年のつくば万博では、1粒のトマトの種から、6か月の開催期間中に16,000個の果実を収穫したと報告されています。農地や家庭菜園では、輪作と手入れの関係上、早く育ち、適当な期間にわたり実をつけて、とっとと収穫期が終わることが有益です。
(回答は、山谷知行博士(東北大学総長特命教授)と櫻井が意見を交換しながら作成しました。)
栽培植物起源は野生植物です。草本性植物の種子は生存戦略的に有利な時期に芽を出し、葉を展開して茎をのばし光合成を行い(栄養成長期)、次に花芽をつけ、花を咲かせ、種子をつけます(生殖成長期)。栄養成長期から生殖成長期への移行は、植物によりさまざまです。その仕組みが相当程度解明されているものには、日長による花芽形成の制御(「みんなの広場」で長日植物、短日植物など用語検索し、[登録番号1630]など多くの回答参照)、花芽形成や開花に低温処理を必要とするもの([登録番号2542]ほか)などがあります。
「アグネスさん」の質問にあるように、農業技術的には、リン酸は作物の花や実をつけるのを促進することが知られています([登録番号2010]参照)。この質問は言い換えると、「窒素肥料の過多が植物の葉を茂らせるばかりで、実の生産量の低下を招くのはどのようなシステムによるのか」となりますが、農業技術的には広く知られていることがらでも、植物生理学分野からの説明はまだほとんどできていません。そこで、これに関連する問題を少し広く考えてみました。
植物は、葉を展開して光合成によって有機化合物を生産し、多くのものは、適当な時期になると花芽をつけ、花を咲かせ、種子を作ることにより、命を伝えてきました。光合成にはタンパク質やクロロフィルなどの窒素を含む化合物が大量に必要です。一般に、窒素栄養の供給には限りがあるので、植物体はこれを最も必要としている器官や組織に優先的に割り当てます。多くの植物は、茎から葉を次々と伸ばしつつ生長しますが、成長につれて下位にある葉は太陽光を十分受けることができなくなります。すると下位にある葉は細胞内の窒素を含む化合物を分解し、これを光がよく当たり成長が盛んな上位にある葉に送り、外観上からも下位の葉の緑色は薄くなります。種子植物では、次世代に引き継がれる種子をできるだけ大量に、良い状態で作ることが生存競争上有利です。それには、栄養成長が適当に進んだ段階で生殖成長への切り替えが起こり、葉や茎の有用な成分を種子に送る必要がありますが、この輸送と結実にも光合成によるエネルギー供給が必要です。秋に結実する種子では、切り替えが遅れると、実を十分つけない内に低温に見舞われることになります。初夏に結実する種子の場合は、実を十分つけない内に周辺の他の植物が成長して太陽光を十分受けられなくなります。逆に切り換え時期が早すぎると、太陽光を十分には利用できないことになります。このように、栄養成長から生殖成長への切り替えのタイミングは重要です。土壌中の窒素栄養が低下して生殖成長期に入ると、窒素は葉や茎から転用されるが、リンは外部からの供給を多く必要とするのではないかと考えられます。栄養成長期切り替えには、植物ホルモンのうち、細胞分裂促進効果のあるものの濃度低下、老化に関係するものの濃度上昇がなど可能性として考えられ、これにリン酸栄養が関係している可能性も考えられていますが、はっきりしたことはまだ分かっていないと思います。
野生植物にとっては、環境中に窒素栄養が十分あるなどということはめったにないことなので、窒素栄養が十分ある場合は、栄養成長を長く続けるという性質をもつものが多くの場合生存競争上有利だったのではないかと考えられます。多くの栽培植物も、この傾向を引き継いでいるのではないでしょうか。なお、栽培技術的には、施肥、光、温度などを人工的に適当にコントロールすることにより、トマトを最初は大きく生い茂らせ、次いで長期間にわたり果実を収穫することがオランダ、イギリスなどのヨーロッパ高緯度地域で実用化されています。1985年のつくば万博では、1粒のトマトの種から、6か月の開催期間中に16,000個の果実を収穫したと報告されています。農地や家庭菜園では、輪作と手入れの関係上、早く育ち、適当な期間にわたり実をつけて、とっとと収穫期が終わることが有益です。
(回答は、山谷知行博士(東北大学総長特命教授)と櫻井が意見を交換しながら作成しました。)
櫻井 英博(JSPPサイエンスアドバイザー)
回答日:2018-07-19