質問者:
公務員
のぶちん
登録番号4178
登録日:2018-07-31
本質問コーナーで、トマトが成熟するとクロロフィルの分解が始まり、かくれていたリコペンの色が出てきてトマトが着色するという回答がありました。成熟に伴うクロロフィルの分解にはどのようなことが影響しますか?紫外線の有無は影響しますか?
みんなのひろば
トマトの着色について
のぶちん 様
本コーナーをご利用くださりありがとうございます。
ご質問には、クロロフィルの分解について研究されている田中 歩先生(北海道大学)から下記の回答をいただきましたので、ご参考になさってください。
【田中先生からの回答】
ご質問にお答えする前に、まずは良く調べられている緑葉でのクロロフィルの分解経路についてご説明しましょう。
クロロフィルは光合成において大切な役割を担っていますが、活性酸素を発生させる危険な分子でもあるため、この役割が必要なくなった場合は直ちに分解し、なるべく早く安全な分子に転換しなければなりません。また、クロロフィルは植物の中ではタンパク質に結合した形で存在しており、このクロロフィル結合タンパク質の窒素を再利用するために、クロロフィルの分解が必要です。クロロフィル分解は、クロロフィルの中心金属であるMgを引き抜くことから始まります。Mgが抜けたクロロフィルは、いくつかの反応を経た後、安全な分子に変換され、細胞の中の液胞にたまります。クロロフィルからMgを引き抜く反応は、SGR(Mg-脱離酵素)と呼ばれる酵素で行われます。SGRがなければクロロフィルは分解せず、葉は緑を長く維持してしまいます。余談ですが、メンデルが遺伝学の研究に用いた青豆は、SGRの変異株でした。
このようなクロロフィル分解は、内在的なプログラムによって制御される場合と、外部環境によって引き起こされる場合があります。
内在的なプログラムは老化や種子形成など、植物の生活環を制御しているものです。最初に展開した葉はしばらくは緑を保っていますが、大きくなるにつれて次第にクロロフィルが分解されていきます。これは、古い葉の中の窒素を新しく展開した葉に輸送するためです。植物が個体として老化する場合も、クロロフィルは分解されます。これらの過程は、主に内在的なプログラムによって進行しますが、光や土壌中の栄養条件など外部環境も大きく影響します。また種子形成の前期にはクロロフィルが合成されますが、プログラムに従って種子形成後期にはこれらのクロロフィルは分解されます。
外部環境によるクロロフィル分解としては、植物が強いストレスを受けた場合が挙げられます。この過程は、細胞死を伴うこともありますが、環境適応の機構としても重要です。例えば強光ストレスを受けた場合、植物がなるべく光を吸収しないように、長期的な適応としてクロロフィルの分解が始まります。一方、植物を長く暗所に置いてもクロロフィルの分解が始まります。これは、老化と一部共通した仕組みのようです。ご質問の紫外線(UV)に関しては、少し複雑なようです。UV照射がクロロフィルの分解速度を速める、反対に分解を抑制するという報告があります。このような矛盾した結果には、UV以外の他の環境因子が影響しているのかも分かりません。
以上にみられる全てのクロロフィル分解において、酵素が中心的な役割を担っており、クロロフィルの分解酵素は、エチレンや、ジャスモン酸、アブシジン酸などの植物ホルモンによって誘導されます。フィトクロームが関わる赤色光を認識するシステムもクロロフィルの分解に関与しているようです。
それでは具体的にトマトのクロロフィル分解について考えてみましょう。
トマトがクロロフィルを失い、赤色になっていくのは、生活環の一つとしてプログラムされていると考えられます。その時に大切な役割を担っているのは、緑葉と同じくクロロフィル分解酵素のSGRです。実際、トマトのSGRの突然変異株は成熟してもクロロフィルが分解されません。最近の研究では、リコペンはトマトの成熟過程で合成されることが明らかにされています。そのため、トマトのSGR変異株はクロロフィルとリコペンの両方を持っており、両者の色が重なり茶色~黒になります。このような違った色をしたSGR突然変異体のトマトは、スーパーなどで売られているようです。トマトのクロロフィルも緑葉のクロロフィル分解と似た機構で分解されると想像できます。実際、葉と同じように、植物ホルモンのエチレンが重要な役割を担っているようです。エチレンが働かなくなると、SGRが合成されず、その結果クロロフィルが分解されず、緑のトマトになってしまいます。
一方で、トマトの果実のクロロフィル分解は、葉とは少しだけ違った酵素が関与しているとの報告もあります。残念ながらトマトのクロロフィル分解の制御についてはあまり研究されておらず、その詳細は分かっていません。クロロフィル分解に及ぼす温度などの環境要因に関しては、農家の方がよくご存知かもわかりませんね。
本コーナーをご利用くださりありがとうございます。
ご質問には、クロロフィルの分解について研究されている田中 歩先生(北海道大学)から下記の回答をいただきましたので、ご参考になさってください。
【田中先生からの回答】
ご質問にお答えする前に、まずは良く調べられている緑葉でのクロロフィルの分解経路についてご説明しましょう。
クロロフィルは光合成において大切な役割を担っていますが、活性酸素を発生させる危険な分子でもあるため、この役割が必要なくなった場合は直ちに分解し、なるべく早く安全な分子に転換しなければなりません。また、クロロフィルは植物の中ではタンパク質に結合した形で存在しており、このクロロフィル結合タンパク質の窒素を再利用するために、クロロフィルの分解が必要です。クロロフィル分解は、クロロフィルの中心金属であるMgを引き抜くことから始まります。Mgが抜けたクロロフィルは、いくつかの反応を経た後、安全な分子に変換され、細胞の中の液胞にたまります。クロロフィルからMgを引き抜く反応は、SGR(Mg-脱離酵素)と呼ばれる酵素で行われます。SGRがなければクロロフィルは分解せず、葉は緑を長く維持してしまいます。余談ですが、メンデルが遺伝学の研究に用いた青豆は、SGRの変異株でした。
このようなクロロフィル分解は、内在的なプログラムによって制御される場合と、外部環境によって引き起こされる場合があります。
内在的なプログラムは老化や種子形成など、植物の生活環を制御しているものです。最初に展開した葉はしばらくは緑を保っていますが、大きくなるにつれて次第にクロロフィルが分解されていきます。これは、古い葉の中の窒素を新しく展開した葉に輸送するためです。植物が個体として老化する場合も、クロロフィルは分解されます。これらの過程は、主に内在的なプログラムによって進行しますが、光や土壌中の栄養条件など外部環境も大きく影響します。また種子形成の前期にはクロロフィルが合成されますが、プログラムに従って種子形成後期にはこれらのクロロフィルは分解されます。
外部環境によるクロロフィル分解としては、植物が強いストレスを受けた場合が挙げられます。この過程は、細胞死を伴うこともありますが、環境適応の機構としても重要です。例えば強光ストレスを受けた場合、植物がなるべく光を吸収しないように、長期的な適応としてクロロフィルの分解が始まります。一方、植物を長く暗所に置いてもクロロフィルの分解が始まります。これは、老化と一部共通した仕組みのようです。ご質問の紫外線(UV)に関しては、少し複雑なようです。UV照射がクロロフィルの分解速度を速める、反対に分解を抑制するという報告があります。このような矛盾した結果には、UV以外の他の環境因子が影響しているのかも分かりません。
以上にみられる全てのクロロフィル分解において、酵素が中心的な役割を担っており、クロロフィルの分解酵素は、エチレンや、ジャスモン酸、アブシジン酸などの植物ホルモンによって誘導されます。フィトクロームが関わる赤色光を認識するシステムもクロロフィルの分解に関与しているようです。
それでは具体的にトマトのクロロフィル分解について考えてみましょう。
トマトがクロロフィルを失い、赤色になっていくのは、生活環の一つとしてプログラムされていると考えられます。その時に大切な役割を担っているのは、緑葉と同じくクロロフィル分解酵素のSGRです。実際、トマトのSGRの突然変異株は成熟してもクロロフィルが分解されません。最近の研究では、リコペンはトマトの成熟過程で合成されることが明らかにされています。そのため、トマトのSGR変異株はクロロフィルとリコペンの両方を持っており、両者の色が重なり茶色~黒になります。このような違った色をしたSGR突然変異体のトマトは、スーパーなどで売られているようです。トマトのクロロフィルも緑葉のクロロフィル分解と似た機構で分解されると想像できます。実際、葉と同じように、植物ホルモンのエチレンが重要な役割を担っているようです。エチレンが働かなくなると、SGRが合成されず、その結果クロロフィルが分解されず、緑のトマトになってしまいます。
一方で、トマトの果実のクロロフィル分解は、葉とは少しだけ違った酵素が関与しているとの報告もあります。残念ながらトマトのクロロフィル分解の制御についてはあまり研究されておらず、その詳細は分かっていません。クロロフィル分解に及ぼす温度などの環境要因に関しては、農家の方がよくご存知かもわかりませんね。
田中 歩(北海道大学低温科学研究所)
JSPPサイエンスアドバイザー
佐藤 公行
回答日:2018-08-07
佐藤 公行
回答日:2018-08-07